先週から降り続いた雨は、西日本に甚大な被害をもたらし、200名あまりの尊い命が奪われました。
被災にあわれた皆様には心からお見舞い申し上げると共に、お亡くなりになられた皆様にはエル・カンターレ霊団からの救いの手が一刻も早く差し伸べられますことを、心よりお祈り申し上げます。
そして、遺族の皆様に対しては宗教的な諭しによる心の救済と共に、現実の生活支援に、少しでもお役に立たせて頂きたいと思います。
今回の大災害には、大きな大きな教訓が含まれていると、個人的には考えております。
通常、梅雨が明け、夏が来る前には、南の湿った暑い高気圧(太平洋気団)と、北の湿った冷たい高気圧(オホーツク気団)がぶつかり合い、その温度差によって、強い上昇気流が起こることで、大雨が降ることが多々あります。
つまり今の時期は、大雨が降ることで季節が変化できるのであること、そして寒暖差の激しい気団のぶつかる地点が予想できないことから、どこでどのような雨が降るのかは、人的には全く予想ができないのですし、台風ならば移動してくれるのですが、停滞前線は、力士がガップリ四つで動かないようなもので、なかなか雨が降り止まないことが多々あるのが難儀なところです。
さて問題は、国家行政が、そのことについて、心配りをしていたかということです。
心配りをしていたならば、西日本全域が大ダメージを食らっている今、国会で、カジノ法案の審議を優先するなどということはできないのではないでしょうか?
国会は必要な予算を創出し、なおかつ被害地域への減税措置など、具体的で効果的な措置を、議論するべきなどではないでしょうか?
思えば、昨年は北九州や山陰、そして新潟や北陸が大水害を経験し、その前は、確か福島が豪雨に見舞われています。おそらくは、その前年も前々年も、全国のどこかで、この時期特有の大水害に見舞われているはずで、これらを総括して考えるならば、長年、マスコミなどのゼネコンに対する政府への批判などから、公共事業が年々小規模になってきていることと、無関係ではなかろうと推測いたします。
また、今回被害の大きかった地域は、広島・岡山・愛媛の3県と、かなりの広範囲であったのですが、この地域の気象の共通点は、年間降水量が少ない地域であることから、大雨対策は、ともすれば弱い地域であっただろうと推測します。
いや、河川が広く、急流が多く、大雨が降っても水がはけやすくて雨に強い高知と言えども、今回の豪雨が、もし断続的でなく連続して、2000㎜の雨が短い期間で降られていたら、壊滅していたでしょうから、自然災害対策に余念があってはなりません。
ただ、今回の災害から神意を読み取るならば、「国として、手薄になっているところはないか調べ、そこを強化せよ。」というメッセージがあるのではないかとも考えます。
北朝鮮問題に解決の糸口が見えてくると、とたんに防衛費削減などの世論喚起が起こりうるのですが、時代の宿題は「中華人民共和国の民主化」という大きな歴史的テーマがあるわけで、その時代に突入する際に、隙を作ったり、手を緩めてはいけないとも思うからです。
そんな中、7月12~13日にかけて高知を訪れる予定の釈量子幸福実現党党首が、その直前に、現地視察と災害対策本部立ち上げのため広島入りし、幸福実現党ホームページに投降していました。
聞くところによると、現地はまだ災害の爪痕が生々しく、一般人が手伝いができる状況ではなかったようで、いつものはつらつとした釈量子党首らしくなく、何か、悔しさを含んだような、もの悲しい表情の画像が印象的です。
まずは、釈量子党首の報告記事をご紹介します。
平成30年7月豪雨 幸福実現党 3県で現地対策本部を設置
釈党首が広島を視察 2018.07.10 https://info.hr-party.jp/2018/6716/
幸福実現党は、豪雨により甚大な被害が出ている広島県本部、岡山県本部、愛媛県本部に現地の災害対策本部を設置しました。
幸福実現党広島県本部は8日に災害対策本部(対策本部長:国領豊太県本部代表)を設置し、各地の被害状況の確認や、今後の支援活動の準備を行っています。
広島県では相次ぐ土砂崩れで山陽道など高速道路の通行止めが続き、JR在来線も一部区間では運転再開の見込みが立っていません。停電や断水など、ライフラインの復旧にも相当の時間がかかるとみられています。
釈量子党首は8日に広島市、9日に呉市を慰問しました。以下は、現地の様子です。
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数十年に一度ともされる今回の豪雨によって、亡くなられた皆様のご冥福をお祈り申し上げます。天候は回復し、雨は止んだものの、各地では生活の復旧の見通しが立たず、避難生活を余儀なくされている方もいらっしゃいます。
今回、広島入りするにあたり、広島空港に着陸する前に飛行機から下を見た時に、流木と土砂が流れ込んで道路を寸断している様子が見えました。空港周辺の東広島市も、土砂崩れで亡くなる方が多数出ています。
中国自動車道経由で広島市に入りましたが、スーパーやガソリンスタンドに入るために渋滞が発生しています。店には商品がほとんど並んでいない状態でした。
呉市では、道路が至るところで寸断されて通行止めになり、復旧作業が進められていました。軍港としても知られる呉は、「九嶺(きゅうれい)」が語源との説もあるように、山に囲まれた地域です。市内では孤立している集落も出ており、救助活動が続いているといいます。道路の一部が陥没している箇所も多くありました。


断水に伴って給水車もフル稼働しており、長蛇の列ができていました。自動販売機やスーパーも含めて水はどこも売り切れになっていて、とにかく水が足りません。道路の多くは通行止めになっており、JR呉線は復旧の見込みが立っていません。また、携帯電話はケーブルの故障でつながらない状況でした。

市内では何度も自衛隊車両とすれ違いましたが、救助や捜索活動に尽力する自衛隊員が本当に頼もしく、感謝の気持ちが湧いてきました。
土砂崩れが発生した場所の付近で「宅地造成工事規制区域」の看板が見られました。広島県は水を含むと土砂崩れしやすい「真砂土」の土壌が広がっており、土砂災害が起こりやすい地域です。広島県の「土砂災害警戒区域」は約4万9500カ所と推定されますが、その数は47都道府県の中で最多です。

広島県では、これまでも大雨のたびに、繰り返し土砂災害が起きて多くの方が亡くなっており、地元の方はたいへんな恐怖を感じていらっしゃいます。今回の大災害を機に、国も建設国債などによって、抜本的に広島県の「国土強靭化」に取り組むべきではないかと感じます。
災害対策は、自助・共助・公助と言われます。政府は自助の例として「1日当たり3リットルの水を3日分」確保することを推奨していますが、被災直後は現地に支援物資を届けることがどうしても物理的に難しくなってしまうためです。今回、土砂災害に見舞われなかった地域でも、ぜひ、まずご自身のできるところから取り組んでいただけたらと思います。
幸福実現党としては、各地の市議・町議とも連携し、今回の災害からの復旧に向けて活動するともに、地域の実情に合わせた災害対策を進めてまいります。 幸福実現党 党首 釈量子
さて我らが親しみを込めて「オヤカタ様」と呼ぶ釈量子党首が、7月12日には四万十支部入り、そして7月13日に高知城ホールで講演予定です。
今回の広島の状況を見た釈量子党首、この女史ならば、今後必要な災害対策や平時の組織構想なども聞けるだろうし、中国と対峙できる日本の国家ビジョンなども、現時点でもっとも確かな眼を持った政治活動家でもありますので、どのようなお話が利けるのかが楽しみです。
本日は、東日本大震災直後に発刊された経典『逆境の中の希望』(幸福の科学出版)より、一部抜粋をお届けいたします。
多くの方々に、「現代における逆境の中の希望」としての幸福の科学を知っていただきたいですし、『日本の』マスメディアの方々も、世界に倣い、その眼を開き、本来のマスメディアの使命に目覚めていただきたいと思います。
また関連記事として、「あんたらがいたら、津波が来ないんだろ?」も、ぜひ一読いただければと存じます。
(ばく)
大阪城ホール1万人に釈量子渾身の政策スピーチ!(立党7周年大会)
【TVCM】経済政策編(15秒)
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=25
日本国民は、まだまだ、本当の意味でスピリチュアルに啓蒙されてはいません。
まだ、スピリチュアルなものを「際物だ」と思っているでしょうし、霊的なものを本心から信じてはおらず、個人的な趣味のレベルのものだと思っています。
「少なくとも、公のメディアで流すようなものではないし、新聞等、公の活字に出るようなものではない。お好きなら、各個人で勝手にどうぞ」という程度にしか見ておらず、公的なものだとは思っていないのです。
この点が、国営放送等で私の説法を流している国との違いです。これを知らなくてはいけません。それは、「事実がどうか。真実がどうか」ということではなくて、単なる考え方の問題なのです。
唯物論の国であれば、宗教的な説法は公のメディアでは流れないでしょう。単に、そういうことです。「日本人の、このへんの考え方を変えさせていかなければ、この国自体は、まだまだ変わっていかないのだ」ということを知らなければいけません。
繰り返しになりますが、仏教国であり、「仏陀生誕の地」と言われる、ネパールやインドにおいて、私が堂々と「仏陀再誕」を宣言し、“I have now returned.”(我、ここに再誕す)と言って英語で説法を行ったところ、それが、そのまま国営放送等で国民向けに放映されたのです。
その観点から見れば、「この日本という国が、どれほど、宗教に対して無知で判断能力がなく、むしろ、事実上、迫害者になっているか」ということを知らなくてはいけないのです。
その結果、さまざまな天変地異を招いたり、場合によっては、他国からの侵略を招いたりすることになるのであれば、それには、かなり自業自得に近いものがあると思います。(中略)
少なくとも政治だけを見ても、ここ二、三年、私が政治に関して発言してきたことの多くは、そのとおり、現実として当たっていますし、マスコミ等も、結局、一年や二年遅れて、同じことを後追いで記事にし、載せているのですが、彼らには、それについての正直さがないと感じています。
マスコミ等には、「今、国師が現れて日本の国を導き、また、世界教師として、世界のあるべき姿を指し示しているのだ」ということを、きちんと伝える義務があるだろうと思います。
マスコミは“不幸産業”だけに浸っていてはいけないのです。
『逆境の中の希望』(幸福の科学出版)P49~52