相手は直也が、よろけた瞬間、ロープからのカウンターを狙ってきたが、直也は相手にクリンチで逃げ、クリンチ後だった。
『カーン!』
1ラウンドのゴングで、ギリギリの直也は助かった。
直也は自分のコーナーへ戻らず、何かを考えていたのか分からないが、もうろうとしていた。
相手選手のフックをまともに受けたせいか、自分のコーナーを一時、見失っていた。
「直也! こっちだー!」
コーナーサイドからのコーチの声で、息を荒くしながらコーナーへと戻る直也であった。
「直也、大丈夫か? 左腕が下がってるぞ」
「ああ、すみません・・・」
「左腕は、きついか?痛みはどうだ?」
「腕は下げてみたんです、何かを見つけないと勝てない」
「左腕は、大丈夫なんだな」
「はい、問題ないです、ただ相手のパンチ力は凄いです」
コーチと直也の会話を聞きながら、ヤスシは・・・。
「直也、お前何か、見つけたか?」
「何となくですけど、どうしたらいいのか判らないです」
「なら、当たりにいき、当たった瞬間後ろに下がる事ができるか?」
「え?当たりにいくんですか?」
直也はボディを受けた時の事を考えていた。
相手のパンチが顔面を打ってきた時も、ボディの時と同じように、当たりながら後ろに下がる事ができれば、相手のパンチ力を軽くできると直也は考えていた。
2ラウンド目、直也は実行に移す事を考える。
「フェイントで、隙を作り、当たりにいく、か・・・」
直也は深呼吸をした時だった。
「カーン!」
2ラウンド目のゴングが鳴った。
ゴングが鳴った時、直也はすぐに立ち上がろうとはしなかった。
1ラウンド最終の時の相手のパンチでよろけ、直也の体力は落ち、気力はあっても身体が思うように動かなかった。
直也が立ち上がらない・・・
観客達はざわめきだした時、直也は焦るかのように立ち上がり、リングの中央に向かう。
体力だけでなく、直也の足にも何かしらの影響があったのだ。
この2ラウンド、直也のフットワークは、限界に達していたのか。
相手の選手は直也の動きを見ながら、おそらくノックアウト、KO勝ちを狙っている。
相手も1ラウンドでノックアウト勝ちを狙いパンチの数は多く、体力も落ちていたが、軽いフットワークは1ラウンドと同じように素速いものだった。
直也は相手からの軽いジャブに圧され、ピンチの状態が続く。
「大島!直也!大島!直也!大島!直也!・・・」
観客の声援が直也の応援に変わっていくが、直也の動きは完全に相手のペースによって崩され、相手のパンチは、思い通りに直也の顔面をとらえていた。
「やばい!やばい!やばいぞ!」
「直也!離れろ!直也!離れろ!直也!離れろ!」
リングサイドからの声は、もう直也の耳に入る事なく、直也の左腕は、下がりつつあり、ガードは右腕しかない。
「よーし!行けー!行けー!行けー!」
相手サイドからの声だけが聞こえてくる。
直也はいつまで耐えられるのか?このまま続けられるのか?
「もう無理だ、直也、あきらめろ!・・・」
会長はコーチの肩をたたき、コーチはタオルを握る。
「もう無理だ、立っているだけで、もう直也には無理だ」
ヤスシも首を振り、もう直也には無理だと言っているようだった。
しかし、コーチがタオルを投げようとした時、ユウコはコーチの持つタオルを奪い握り手離す事はなかった。
「なんだお前もう終わりだ!無理だ、直也は限界なんだ」
「直也は何かしようとしてるんだと思う」
「あれを見てみろ!もう無理だ!直也を殺す気か!」
「もう直也は死んでるわ、きっと戻って来るから」
「女のお前に何がわかる?」
「女の私だから、わかるのよ!」
ユウコはコーチからも会長からも、ヤスシからも全てのタオルを強引にとりあげるのだ。
「タオル投げるなら、私が投げるから」
ユウコは直也がどんな思いでリングの上で、打たれ続けているのかを理解していた。
3つのタオルを抱え、ドリームキャッチャーを握りしめ、直也を信じて待っていた。
「お前は、直也を殺す気か!?」
「叔父さん、直也は絶対に倒れないよ、しっかり見て」
打たれ続ける直也、相手選手は思い通りにジャブにフックとボディを打ってくる。
それでも倒れない直也、ノックアウトを狙う相手選手だった。
直也は痛みに耐えながら、リング上に倒れるわけにはいかなかった。
相手の思うがままに、打たれ続ける直也。
しかし、直也は相手選手のパンチ力を最小限にして打たれ続け倒れるような様子ではなかった。
会長やコーチは焦りながらも直也の様子を冷静に見始めた。
「あいつ、まさか・・・最後まで戦うつもりか?」
「でも、会長、直也の眼は相手を見てますよ」
ヤスシはユウコが見ている目線で直也を見つめ、相手のパンチ力が弱いと感じとっていた。
直也は喧嘩をしていた時の事や仲間達への思い、そして、直也の中にある怒りや憎しみの感情を打たれ続けている中で思い出していたのだ。
『打てよ、打てよ、打てよ、打てよ、打てー!』
直也は心の中で打たれる痛みよりも、大切なものを失った苦痛の方が何よりも痛みを感じていたのだ。
そして、直也自ら相手のパンチに頭突きのように、直也は気づかないうちに、打たれ強い自分を相手にも周囲の観客にも、レフリーや「ジャッジ」審判員にも印象付けていたのだ。
直也は何時しか、何も考える事なく、野性的な本能だけで戦っていた。
『もっと打てよ、もっと打てよ、もっと打てよ・・・』
このまま時間が流れ、判定まで持ち込んでも勝利はない。
この2ラウンドは、直也にとってこれまでより苦しい戦いだった。
それでも、よろけながらでも打たれ続ける直也だった。
相手の選手は必死にノックアウトに焦り始め、パンチが当たっているはずが、どんなにパンチを打っても、直也は立ち続けてる事に、どんどん焦り始め、直也への恐怖心を持つようになっていく。
「ダッシュ!ダッシュ!ダッシュ!ダッシュだー!」
相手のコーナーサイドからの声が、冷静さを取り戻し始めた直也には良く聞こえるようになる。
『もっと打て、もっと打て、もっと打て!・・・』
直也の心は研ぎ澄まされていく、もろい刃が鋼鉄の刃になる。
「直也!離れろ!直也!離れろ!直也!離れろ!」
直也のコーナーのコーチ達の声も聞こえるようになると、直也は何かに獲りつかれたように打たれる事に笑みを見せる。
『来いよ!殺してみろよ!来い!来い!来い!』
直也は自分が見えなくなっていく、もうボクシングではないと誰もが思っていたかもしれない。
この2ラウンドは直也を無心にし、直也の持つ素質が育ち始めていた。
「もう無理だって!大島直也を!やめさせろ!」
誰がどんなに叫んでいても、叫び声は直也の耳に入る事はなくなった。
『俺なんか生きていても仕方がないよなクーコ、春樹』
直也の中にある思いが、久美子の命、春樹の命を蘇らせようとしていた。
そんな時だった。
「カーン!」
2ラウンド目の終了のゴングが鳴った。
直也は、よろけながらでも笑みを浮かべながら、何かに獲りつかれたように、真っ直ぐ自分のコーナーの椅子へ足を向ける。
「直也!聞こえるか!」
「へへへ、はい、次です次ですよ、俺が勝つのはね」
2ラウンド終了後、直也は狂ってしまったのだろうか?
会長やコーチは直也の脳へのダメージを考えていたが、ヤスシは直也の前に立ち、直也の瞳を見つめる。
「お前、まだやるつもりか?マジで勝つもりか?」
「俺は勝つ、必ず俺は勝つ、俺は必ず・・・勝つ!」
ヤスシは直也の頬を軽く叩き、声をかけていた。
そして、ヤスシが直也を見る限り、直也の眼つきは死んではいない、むしろ輝いているかのように見えていた。
「直也、思い通りに戦え、戦って優勝を勝ちとれ!」
ヤスシとユウコだけは、直也を信じてみようと思っていた。
そして、直也の本当の姿を見たような気がしていた。
『直也なら、どんな事をしても勝てる、優勝は目の前』
由子は久美子の渡された、ドリームキャッチャーをさらに強く握りしめる。
「カーン!」
ラスト最終の3ラウンド始まりの鐘が鳴った。
疲れきっているのは直也だけではない、相手の選手も同じだ。
ラストチャンスへ向けて、両者リングの中央に走る。
その時、リングの中央で起きた出来事は誰もが予期せぬ事だった。
息を荒くしガードの下がった直也の顔面を、相手の選手は、右ストレートを放ち、直也はまともにパンチを受けてしまう。
「ダウン!ダウン!ダウン!ダウン!ダウン!」
直也の力は抜け、ロープの前で膝をつき、全ての終わりのように、リングの上に倒れ込んでしまう。
カウントダウンの声だけが直也に聞こえてくる。
観客達や関係者等は総立ちとなり、直也の経過を見守っている。
「直也! 見てよ、こっち向いてみてよ!」
ユウコの必死な声は直也の眼を開けさせ、ユウコが直也に、見せていたのは、久美子が仲間達に残したドリームキャッチャーである。
久美子が生前に仲間達に残したお守りでもあった。
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