直也はある過去の父親の言葉を思い出していた。直也の父は直也に物心がついた頃から『人の器と素質』の話をしていた。幼少期の直也にとって父の話は意味不明の言葉だった。中学へ入学し大切な友を失った心に父の言葉があった。怒りと憎しみに耐えながら、直也は父の言葉の意味を知り父の言葉にすがり耐える事ができていたのだろう。直也は父の言葉の意味をしり自分自身というものを探し始める事になる。意味不明な言葉、その答えを探し始める直也。幼き頃からの友との血まみれの喧嘩によって父の言葉を思い出す事になり直也は自らの心の中に持つ『怒りと憎しみ』を抑える為にある行動を起こす。幼少期から直也に片思いをしていた『=小幡由子=(オバタユウコ)』が同じクラスで会長を務めていた。由子の叔父は『ボクシングジムの会長』や『こども会の会長』を務める人物だった。直也は由子の思いを知っていたが、その思いは受け入れる事はできなかった、それはこれ以上、何も失いたくないと直也は思っていたからだ。直也は自分と関わると由子まで失うかもしれないと思っていた。由子に声をかけ相談にのってもらう事にした。この時、直也が相談できる相手は由子しかいなかった。由子なら理解してもらえると思っていたのだ。そして直也はボクシングジムに通いたいと由子に相談する。由子は叔父に直也に相談された事を話すと、すぐに承諾を得る事ができた。直也は自分の進むべき道をボクシングで探そうとしていた。由子の叔父は多くの仲間からの信頼があり仲間達から慕われるだけの器を持つ大島直也を良く知っていた為、すぐにボクシングジムに通う事を承諾したのだ。由子の叔父は、すぐに学校へも連絡をしていた。そして仲間達には、いっさい伝える事はしなかった直也だった。仲間達は直也の思いを感じとっていた為か、いつも一緒にいた直也を探そうともしなかった。そして直也に仲間達は理由を聞く事もなかった。直也がボクシングジムに通う事を知っていたのは、担任の教師と両親、そして由子だけである。中学の教師達も直也の気持ちを知っていた、そして直也がどういう人物かも知っていた。直也は教師達や仲間達に見守られていたのだ。教師達の目に映る直也には仲間から慕われるだけの器があった事を気づいていたが教師達は直也にできるのは見守る事しかできなかった。
この先、自ら気づけるよう見守る中で対応を考えていく。この対応は中学を卒業し高校への進学時に申し送る内容の1つでもあった。この頃には『柔道・剣道・空手教室』などがあった。直也はボクシングを選んだ理由は2つの理由があったのかもしれない。1つは、直也と由子の関係とジム経営は由子の叔父である事。由子の気持ちを知っている直也は、この時は誰かにすがりたかったのだと思う。由子は片思いしていた事は直也に直接的ではなく、由子の同級生から間接的に伝えられていた。由子にとっては自分の片思いが直也を助けられると思っていたのかもしれない。
直也にとって由子の『恋』にすがるのは絶対してはいけないと思っていたはずだったが、この時の直也は由子の恋に、どうしてもすがるしかなかったのだ。由子の伯父のボクシングジムへ通う事により由子は必ず直也のもとへ足を運ぶようになる。2つ目はボクシングを学ぶ事によって怒りと憎しみを無心になりサンドバックを全力で殴りつける事で全てを忘れたかったのだろう。直也がボクシングジムに通う夕暮れ時からの日々が続く。
そんな直也のいるジムのベンチには、由子が必ず座り由子は直也を見つめている。由子は直也を見つめながら幼き頃の出来事を思い出していた。
直也がジムに通い始めて2週間が経った頃、スパーリングをする事になる。相手はプロテスト前の人物だった。
名前は『クドウ ヤスシ』といった。
スパーリングは始まり、1ラウンド3分、休憩1分、3ラウンド目『ヤスシのアッパー』一発で直也のマウスピースは宙に飛んだ。
意識を失い横たわる直也の横には由子の姿があった。『バカ』と、小さな由子の声。
直也は天井を観ながら自分よりも強い相手とのスパーリングで、自分に何かを感じるようになった。ぽっかり空いた直也の心は涙を流し悔しさの直也を見て現実の涙を封印していた時だった。
「いじめってなくならないよね、直也、無理だよね」と小さな声で由子は直也に言った。直也は瞳を閉じて由子の言葉で中学2年の直也は幼き頃からの過去を振り返っていた。小学校高学年の時、直也と仲間達は海で波乗りを楽しんでいた。そんな時、負けず嫌いの『=加藤真一(かとうしんいち)=』と出会い波乗りを競い合った。直也と同じ性格を持つ真一は、たった1日でライバルでもあり、心の許せる友となったが、その後は真一と会う事はなかった。しかし中学1年の時、転校生として直也と真一は再会をしたが父親の転勤と共に8月1日に転校してしまう。たった4ヶ月の再会であったが7月中の夏休みの一週間、海辺で思い出をつくっていた。もう二度と会う事はないだろうと思っていた直也だった。
さらに過去を思い出す直也。
中学二年の一学期には久美子や春樹の2人を永遠に失う事になった。直也の抱く『悲しみと苦しみ』は『怒りと憎しみ』となり、自分自身をコントロールできなくなっていた。
「直也好きだよ、直也は何でもできると思う、だから誰よりも強くなって欲しい、私は片思いでも十分だから、直也には強くなって欲しい」
由子は直也が天井を見ながら過去を振り返っていた時に言った。
「由子、強くなるって、どうしたらなれるかな?」
直也は由子に聞いた。
「直也は、何かをする為に生きているんだと思う、だから今、その何かを見つけて欲しいの」
由子の言葉は直也の心に勇気を与えていた。由子の言葉は直也の心の中の隙間を埋めようとしていたのだ。直也はただ失ったもの心に抱くものから逃れたかっただけだったが由子の言葉でボクシングをする意味を見つけた。自分自身の感情だけではなく中学へ入学した当時から見ていた『いじめと暴力』万引きの強制、集団リンチ、カツアゲをする先輩達や同級生達、まるで戦国時代のようだった。誰かが何をしなければならない事、直也は由子の言う通り誰よりも強くなり自分の中の『怒りと憎しみ』『いじめと暴力』に立ち向かう道を選ぶのだ。
その為には精神的にも強くならなければならないと直也は思っていた。直也は自分自身だけでなく、いじめや暴力に対しても立ち向かう事を、なぜ考えたのだろうか?
その背景には直也が尊敬する人物がいた。マムシの娘『濃姫』の言葉によって『鬼』となり『天下布武』を志し『戦』を始めた歴史上の偉人の存在である。歴史は繰り返されると言うが、由子の言葉によって『目的』を持ち宿命的な人生の流れに導かれていく直也の思いは、まるで『信長』のようであった。直也の産まれ持つ『存在感』や『素質』は周囲を巻き込み環境を変えてしまう『要素』のようなものだったのかもしれない。
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