黒沢永紀オフィシャルブログ(旧・廃墟徒然草)

産業遺産と建築、廃墟、時空旅行、都市のほころびや不思議な景観、ノスタルジックな街角など、歴史的“感考”地を読み解く

池島炭鉱十年の変貌 04選炭工場

2017-06-08 13:06:16 | 池島炭鉱
第二の軍艦島といわれる、
軍艦島と同じ長崎市にある炭鉱跡<池島>の全貌をまとめた、
『池島全景 離島の《異空間》』(三才ブックス)の発売記念として、
書籍に収録できなかった池島を、シリーズでお送りしたいと思います。

取材で通った2004年〜2017年の約12年の間に、池島がどう変わったか。
今回は、池島港に面した傾斜地にある<選炭工場>です。

池島炭鉱の港にある選炭工場

画像は2005年(平成17)の選炭工場。
この時代は、まだ研修センターとして機能していたので、
選炭工場も一部稼働していました。
多少錆がでているものの、
ほぼ操業時の姿を留める全貌です。





池島炭鉱の港にある選炭工場

そしてこれが10年後の、2015年(平成27)の様子。
傾斜地の最上部に建つ横長の角型原炭ポケットと、
その右に建つサイロ型原炭ポケットを繋いでいたコンベア建屋が、
完全に崩落。
下画像はその部分のアップ。

池島炭鉱の港にある選炭工場

また、角型原炭ポケットの窓も、
周囲の壁面とともにいくつも剥落し、
右端の、少し突出したバースクリーン用の建屋部分も、
崩れてしまいました。
下画像は、まだ稼働していた時代の建屋部分。

池島炭鉱の港にある選炭工場

この部分は、
地底から11段、総延長約4.5kmのベルトコンベアによって、
地上に運び出されて来た石炭の最終到着地点です。

建屋内にはバースクリーンと呼ばれる、
最初期の極めて荒い選別を行う機器が設置されていました。

池島炭鉱の港にある選炭工場

2015年の様子へ話を戻し、
施設中段の左寄りにある、
斜めの張り出した部分も、下へ落ち、
その奥の室内が完全に剥き出しに。
中段右寄りの壁面も、窓の付近を中心に、
穴があき始まっています。

最下部に写る2台の重機は、
貯炭場に製品炭を積み付けるスタッカー。
2005年の時点では、左のスタッカーは、
もっと左の方(海寄り)にありました。

池島炭鉱の港にある選炭工場

しかし2009年の時には、すでに今の位置に移動していて、
その後動くことはありません。
移動したスタッカーは、塗装の色が変色したように見えます。


選炭工場内部の全貌は、
『池島全景 離島の《異空間》』で紹介しているので、
興味のある方はごらんになって下さい。

国内の炭鉱で選炭工場が現存するのは、
現役の釧路炭鉱を除いて、この池島のみ。
工場内には、バリウェーブ水選機をはじめとした、
国内の炭鉱技術が辿り着いた最先端の機器がたくさんあります。

シップローダーのコンベア建屋や、
ジブローダーの操舵室の補修よりは、
遥かに費用がかかると思いますが、
なんとか残って欲しいものです。


“第二の軍艦島”といわれる、九州最後の炭鉱のあった池島の全貌を、
12年以上の取材と400枚超の写真で紹介する国内初の池島本。
『池島全景 離島の《異空間》』絶賛発売中!!


池島炭鉱十年の変貌 03ジブローダー

2017-06-07 14:27:20 | 池島炭鉱
第二の軍艦島といわれる、
軍艦島と同じ長崎市にある炭鉱跡<池島>の全貌をまとめた、
『池島全景 離島の《異空間》』(三才ブックス)の発売記念として、
書籍に収録できなかった池島を、シリーズでお送りしたいと思います。

取材で通った2004年〜2017年の約12年の間に、池島がどう変わったか。
今回は、巨大な恐竜を彷彿とさせる重機<ジブローダー>です。

池島炭鉱の港にあるジブローダー

画像は2012年(平成24)夏のジブローダー。
ジブローダーとは、製品になった石炭を、
前回アップしたシップローダーへ通じるコンベアへ移動する産業機器です。

画像右寄りの下に写る、
四方に短い脚を張り出しているのが、レールを走行する下部構造。
その上に載る複雑な形の鉄骨が、回転式の上部構造。
左側に伸びる部分が、
石炭の集積するギャザリング・アームです。





池島炭鉱の港にあるジブローダー

ギャザリング・アーム側から見たジブローダー。
画像下部の左右に写る軌道を移動しながら、
必要箇所の製品炭を集積し、
上部構造と下部構造の接点付近より、
ベルトコンベアへ排出する構造です。





池島炭鉱の港にあるジブローダー

ギャザリング・アームの先端。
ツメのような形をした部分が、
左右交互に動作して、
貯炭場の製品炭を集積して行きます。





池島炭鉱の港にあるジブローダー

画像は上部構造と下部構造の接点付近。
少し壊れてしまっていてわかりにくいですが、
集積された石炭が漏斗状の構造物から下部へ落とされ、
ベルトコンベアへ排出されます。
左右には車輪も見えます。





池島炭鉱の港にあるジブローダー

そんなジブローダーの2012年(平成24)晩秋の様子。
上部構造の右寄りにある操舵室が、
傾いてしまいました。
この年の秋に池島を通過した台風で、
操舵室を支える鉄骨が傾いてしまったとのこと。
操舵室を囲う木製の壁も、
いくつか剥がれてしまったようです。





池島炭鉱の港にあるジブローダー

そして2014年(平成26)の春に訪れたときは、
すでに操舵室は撤去されていました。
木壁がワンポイント的にいい色添えであると同時に、
機器がどう操作されていたかを伝える操舵室がないジブローダーは、
少し物足りない気がします。

前回アップしたシップローダーのコンベア建屋と同様、
一度壊してしまったら施設は二度と元には戻りません。
切り落とす作業より溶接のし直しの方が、
多少費用はかかるかもしれませんが、
操舵室を撤去してしまったのは許せませんね。


“第二の軍艦島”といわれる、九州最後の炭鉱のあった池島の全貌を、
12年以上の取材と400枚超の写真で紹介する国内初の池島本。
『池島全景 離島の《異空間》』絶賛発売中!!


池島炭鉱十年の変貌 02シップローダー

2017-06-05 15:30:50 | 池島炭鉱
第二の軍艦島といわれる、
軍艦島と同じ長崎市にある炭鉱跡<池島>の全貌をまとめた、
『池島全景 離島の《異空間》』(三才ブックス)の発売記念として、
書籍に収録できなかった池島を、シリーズでお送りしたいと思います。

取材で通った2004年〜2017年の約12年の間に、池島がどう変わったか。
今回は、池島港で最も存在感のある重機<シップローダー>です。

池島炭鉱の港にあるシップローダー

画像は『池島全景』にも収録した2013年(平成25)の様子。
シップローダーとは、
製品になった石炭を石炭運搬船へ積み付ける産業機器です。

右に写る細長い建屋の中にコンベアがあり、
右から左へ移動した製品炭が、
左寄りに写るアーム状の機器から、
石炭運搬船へ積み込まれる仕組みです。

アームは下降して船に近づき、
さらにアーム先端の機器も下方向へ伸張します。
アームの先端に装着された機器がトリンマー。
付近に掲示された説明書をはじめ、
シップローダー全体をトリンマーと解説しているのをよく見ますが、
トリンマーは、この先端に装着された機器の名称です。





池島炭鉱の港にあるシップローダー

そしてこの画像が2014年(平成26)の様子。
製品炭を運んだコンベアの建屋がなくなっています。
コンベアの下の道路が県道のために、
安全性を考慮して撤去されたそうですが、
このコンベア建屋がなくなることで、
シップローダーと製品炭の繋がりが、
よくわからなくなってしまいました。

それほど幅が広いわけではないコンベアの建屋。
同じ工事費用をかけるなら、
なぜ補強費用にしなかったのか、疑問です。





池島炭鉱の港にあるトリンマー

画像はトリンマーの石炭噴出口のアップ。
先端部分は360度回転し、5段階の噴出力で、
石炭運搬船の船倉にまんべんなく石炭を積み付けます。
シップローダー本体が左右に移動しないかわりに考案された、
国内の炭鉱では、現時点で最終段階の船積み技術といえます。





釧路炭鉱のトリンマー稼働時の様子

池島のトリンマーが稼働している映像はありますが、
画像がないので、
釧路炭鉱の稼働中の画像を添付しておきます。
トリンマーの右の噴出口から、
勢い良く石炭が排出されているのがわかります。


“第二の軍艦島”といわれる、九州最後の炭鉱のあった池島の全貌を、
12年以上の取材と400枚超の写真で紹介する国内初の池島本。
『池島全景 離島の《異空間》』絶賛発売中!!


池島炭鉱十年の変貌 01資材クレーン

2017-06-04 17:38:42 | 池島炭鉱
第二の軍艦島といわれる、
軍艦島と同じ長崎市にある炭鉱跡<池島>の全貌をまとめた、
『池島全景 離島の《異空間》』(三才ブックス)の発売記念として、
書籍に収録できなかった池島を、シリーズでお送りしたいと思います。

取材で通った約12年の間に、池島がどう変わったか。
最初は、港の桟橋にあった資材クレーンです。

池島炭鉱の港にある資材用クレーン

画像は2005年(平成17)の様子。
この画像は『池島全景』にも収録しましたが、
2009年(平成21)まで、池島港の海寄りの桟橋には、
大きなクレーンが2基設置されていました。

大型フェリー「かしま」号の最上階デッキからの撮影して、
操縦室と同じ目線なので、
かなり大きな施設だったことがわかります。





池島炭鉱の港にある資材用クレーン

画像は2010年(平成22)の様子。
2009年(平成21)に1号機が撤去され、
その後の数年、2号機だけの時代がありました。

といってもすでに2005年の時点で使用していなかったので、
おそらく撤去費用の問題から、
1基ずつ解体していったのでしょう。





池島炭鉱の港にある資材用クレーン

画像は2013年(平成25)の様子ですが、
2012年に訪れた時はすでに無かったので、
2号機も2011年頃に解体されたのだと思います。

かつてはクレーンの基礎の左側に軌道が敷かれ、
画像中段右寄りに写るグレーの扉の場所から、
各種資材が鉱業所へ運び込まれていました。

ちなみに奥に写る恐竜の様な重機が、
でき上がった石炭を船積コンベアへ搬送するジブローダー。
この年の台風で、操縦室が傾いてしまいました。





池島炭鉱の港にある資材用クレーン

画像は2015年の様子。
クレーンの基礎だったコンクリートの土台の壁面に、
事務所との通信用の内線電話が残っているばかりです。

石炭を船積みするシップローダーは、
2017年の現在でも、かろうじて残っていますが、
資材用の巨大クレーンもまた離島炭鉱になくてはならない施設。
それほど老朽化しているようにも見えなかったので、
撤去されてしまったのは残念です。


“第二の軍艦島”といわれる、九州最後の炭鉱のあった池島の全貌を、
12年以上の取材と400枚超の写真で紹介する国内初の池島本。
『池島全景 離島の《異空間》』絶賛発売中!!


池島のトークイベント開催

2017-05-20 12:13:10 | 池島炭鉱
黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍。その出版記念トークイベントを紀伊国屋新宿本店で開催

第二の軍艦島といわれる、
軍艦島と同じ長崎市にある炭鉱跡<池島>の全貌をまとめた、
『池島全景 離島の《異空間》』の発売記念トークイベントを、
6/1(木)の19:00から紀伊国屋書店新宿本店(8階イベントスペース)で開催!

ゲストには、地域おこし協力隊として池島に3年間居住し、
『ブラタモリ』の長崎編で池島を案内した小島健一さんを迎えて、
知られざる池島の魅力に迫ります。

■『池島全景 離島の《異空間》』発売記念
“第二の軍艦島”池島ワンダーナイト
黒沢永紀(軍艦島伝道師)×小島健一(見学家)トークセッション■

※予約電話番号は03-3354-0757

詳しくはこちら>goo.gl/Oo3A0C

池島全島図

2017-05-13 23:52:48 | 池島炭鉱
長崎の池島炭鉱跡が残る池島の全島地図>
池島の全島マップ画像はクリックすると拡大

前々回の記事でアップした『池島全景 離島の《異空間》』内に収録した、
池島の島内マップをアップします。

ウェブで検索すると、
島内唯一の宿泊施設である中央会館で配布されている、
池島ウォーキングマップは、
いくつかアップされていますが、
詳細な全島図がみあたりません。
あったとしても、サイズが小さく見にくかったりしています。

そこで、国土地理院の地図と、グーグルの航空写真を参考に、
実際に現地での確認を加味して、
解り易い島内図を作成してみました。

画像のリンク先には横2048dpiのサイズをアップしてあるので、
プリントにも対応できると思います。
島内散策等の際にご利用下さい。


『池島全景 離島の《異空間》』発売

2017-05-04 05:26:28 | 池島炭鉱
黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍。

久しぶりの更新は新刊のお知らせです!
すでに拙blog内の記事で何度もとりあげた、
長崎にある<池島炭鉱>の全貌を、
12年間にわたる取材で撮影した画像約400点と、
図やイラスト、簡単な解説でまとめた、
『池島全景 離島の《異空間》』発売です!





黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍

※画像はクリックすると拡大します

池島は、長崎県の中部、外海(そとめ)地区から7kmの海上にある、
周囲約4km、面積約0.86㎢の小島で、
ほぼ東京ディズニーランドとシーを併せた広さの小島です。

池島にあった池島炭鉱は1959年に営業を開始し、
2001年まで操業した九州最後の炭鉱。
いわゆるエネルギー革命後の時代を操業した炭鉱なので、
その経営はオイルショックの時を除いて常に逆風でした。
しかし、そのおかげで究極のコスト削減が計られ、
国内の炭鉱が辿り着いた最終型の炭鉱ともいえます。





黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍

※画像はクリックすると拡大します

海底坑道は総延長約96km(閉山時)、
採掘区域は約33,300ha(東京23区の約半分)もあり、
石炭の採掘機器をはじめとした、
最先端の各種設備が投入され、
“海底の大工場”とまで評されたほどです。





黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍

※画像はクリックすると拡大します

海底坑道で人を運んだ時速50kmの「女神号慈海」号は、
炭鉱電車の中では世界最速。





黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍
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また、石炭の生産工場には「バリウェーヴ水選機」と呼ばれる、
実用化世界初の特殊な装置を備えた石炭選別機もありました。
池島には、石炭の生産工場が、
操業時の形でそのまま残っていますが、
これは国内の炭鉱跡の中でも唯一です。





黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍
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特筆すべきは、
国内初の海水淡水化装置を併設した火力発電所です。
湧き水がほとんどない池島では、
炭鉱進出の時から給水船による供給が行われていました。
しかし、増える人口への対応や、
時化での欠航による水不足解消のために、
1967年に海水淡水化の装置が開発され、
以降、島民の水はほとんどこの造水機でまかなわれたといいます。





黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍
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離島炭鉱ゆえ、軍艦島と同様に、
島の中にたくさんの炭鉱アパートが林立しています。
約50棟ある炭鉱アパートの中でも、
特に8階建てと呼ばれる4棟のアパートは、
近未来的なルックスでとても魅力的。





黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍
※画像はクリックすると拡大します

ちょっとレトロな印象の手術室は、
炭鉱が運営した鉱業所病院のもの。
事故と隣り合わせの炭鉱にとって、
設備のしっかりした病院は不可欠ですね。





黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍
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島内には、閉山後に繁殖したネコがたくさんいて、
その数は島民よりも多いといわれます。





黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍
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また、実際の坑道を再利用しての、
炭鉱見学ツアーも開催しています。
元炭鉱マンのガイドによる生の炭鉱体験は、
リアルな炭鉱を体感できる貴重なもの。





黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍
※画像はクリックすると拡大します

炭鉱施設内を除いて、
ほとんどのエリアを自由に見学できることから、
軍艦島より面白いともいわれる池島。

鉄の炭鉱施設、コンクリート炭鉱アパート、
そして海や山の自然が絶妙に融合した離島の《異空間》を、
ぜひ、ご覧になって下さい。

◆池島全景 離島の《異空間》◆

価格:2,300円(税抜)
変形B5版/160ページ/オールカラー
発売元: 三才ブックス
発売日: 2017/04/29
ISBN-10: 4861999553
ISBN-13: 978-4861999550

黒沢永紀著の『池島全景 離島の《異空間》』は、長崎市の池島にある池島炭鉱跡の全貌を収録したビジュアル書籍

池島の過去記事INDEXはこちら


『見学ナイトvol.15 池島からの報告』

2014-03-03 00:28:04 | 池島炭鉱
大人の社会科見学で知られる小島健一さん主催、
『見学ナイトvol.15 池島からの報告』に、
オープロジェクトがゲスト出演します。

池島からの報告

小島さんは3年前から長崎市の協力隊として、
九州最後の炭鉱である池島炭鉱に渡り、
池島の普及に尽力されて来ました。
そのおかげで、かつて殆ど知る人のいなかった池島も、
今では多くの人がその存在を知り興味を持つ様になりました。

オープロジェクトは、軍艦島のDVDや書籍で知られていますが、
実は軍艦島の初期の撮影の頃から同時進行で、
池島炭鉱も撮影していました。

その頃はまだ東南アジアの研修生が沢山いて、
実際の石炭の採掘は終了していたものの、
海底深くの坑道や坑外の多くの施設が稼働していました。

今回のイベントでは、
それらまだ動いていた頃の池島炭鉱の姿を、
映像・画像&解説でご覧になって頂ければと想います。

池島

いまでは殆どが水没してしまった海底坑道。
そこにはいったい何があったのか、そしてどんな世界だったのか。





池島

また、池島の港に着いた時に、
最初に港内から見える、斜面にへばりついた工場群の中には、
果たして何があるのか。





池島

更に、池島からも見える、
池島の沖合3キロに浮かぶ蟇島(ひきしま)。
島内には池島からもうっすら建物が見えますが、
果たしてそこには何があるのか。
永年池島に通い、
そのつど気になっていた蟇島へ昨年ついに上陸!
その一部始終をリポートします。

池島にご興味のある方は、是非ご参加くださいませ。



『見学ナイトvol.15 池島からの報告』
阿佐ヶ谷ロフトA
2014年3月9日 [日]
OPEN 18:00 / START 19:00 / END 22:00予定
予約¥1,500 / 当日¥2,000(共に飲食代別)

小島さんのサイト/告知ページはこちら →九州最後の炭鉱 池島より

ロフトA →阿佐ヶ谷ロフトA/スケジュール

長崎産業遺産視察勉強会~池島炭鉱編2~

2012-11-25 00:25:04 | 池島炭鉱
前回の記事に引き続き、
今年の7月に行なわれたJ-ヘリテージ主催の、
『長崎産業遺産視察勉強会』に参加した時のリポートです。

J-ヘリテージは、現代社会が抱える様々な問題点を、
近代化遺産を振り返ることでその解決の糸口を模索しようとするNPO団体で、
様々な遺産の見学会を開催したりメディアで遺産の必要性を訴えている団体です。

そんなJ-ヘリテージが主催した『長崎産業遺産視察勉強会』は、
軍艦島の非見学エリアと池島特別見学コースの視察という、
とても内容の濃いものでした。
今回は池島炭鉱の視察のリポート後半です。

池島炭鉱跡

午後はおもに坑道内の見学。
6月にアップした池島の記事の冒頭で触れたトロッコに乗って、
ゆっくりと坑道の中へ入って行きます。
この坑道は地表と水平に作られた坑道で、
もともとはボタを棄てるトロッコの為の坑道でした。
なので、見学のために作られたあとずけのものではなく、
リアルな坑道です。





池島炭鉱跡

人数が40人と多かったので、
坑道内は二班に分かれての見学です。
ガイドをして頂いたのは、池島でお仕事をされていた堀之内さん。
電気関係のお仕事が専門でしたが、
炭鉱のあらゆる施設を熟知されています。
坑道に入るとまずパネルが設置されていて、
池島のあらましを知ります。
堀之内さんが指し示しているのは、
港が池だった時の池島。
この池には龍がいました!と超まじめお顔でお話されます。





池島炭鉱跡

その次は主に掘削作業に使う機器の見学。
画像の右に写るのはロードヘッダーという掘削機。
この機器に関しては以前の記事の中頃で触れているので、
そちらをご覧下さい。





池島炭鉱跡

その先にはドラムカッターとう大型の機械が動態保存されています。
この機器は、あるときは野外展示、ある時は坑外の建物の中と、
見学に来るたびにいつも異なった場所に置かれています。
そして今回は、坑内に設置されていました。
坑道内に模擬の炭層を造り、掘削の様子が具体的に分かる仕組みになっています。
左寄りに写る白いとんがりが沢山付いている部分で石炭層を削り、
中央下のコンベアへ落として行きます。
右寄り上部に写る白っぽい天井は自走枠とよばれる装置。
掘削機が掘り進むのに合わせて、
同じ方向へ進みながら作業スペースを確保する機器です。





池島炭鉱跡

自走枠の天井を見ると無数の水滴。
坑道内は湿度が高く、過酷な労働環境だということが分かります。





池島炭鉱跡

数々の掘削機を見た後は、
保安や安全に関する設備のコーナー。
画像はエアーマントと呼ばれる装置。
普段は黄色いパイプの左端に写る様に、
小さな袋が吊るさってるだけですが、
袋を拡げるとポンチョのような状態になり人が入れます。
黄色いパイプを通して頭上から空気が送り込まれます。
坑内で酸欠やガスが発生する等の、
非常事態の時の救命装置のひとつです。





池島炭鉱跡

画像はベルを鳴らすスイッチ。
例えば停止していたコンベアを再度動かす時に、
周囲の注意を促す為に、下の紐を引っ張りベルを鳴らしたりします。
ご覧になっておわかりのように、かなりぼってりしていますが、
これは爆発を防ぐ防爆型と呼ばれる装置で、
この小さな装置一つで10万円だそうです。
坑内の装置は、電話からスイッチ等、
殆どの装置が防爆型で作られているので、
それだけでも相当の設備投資が必要なことが分かります。





池島炭鉱跡

防爆スイッチの奥には小学生の習字が展示されています。
これらは島内に唯一ある学校の生徒のもので、
お父さんに元気をあたえるため、
作業場の様々なところに張り出されていたそうです。
ところで名前がダナやラーハンなど日本人の名前じゃないものがみえますが、
これは2001年以降東南アジアから研修で来た家族の子供の作品。
ラーハンさんは3歳の頃日本に来て、
池島で10年過ごしたので、本国より日本の方が良く知っています。
結局ラーハンさんの家族は研修終了後に本国には帰らず、
そのまま日本に残って仕事をしているそうです。





池島炭鉱跡

そして今回特別に見学コースに入っていたのが、
竪坑の下部から上を見上げる場所。
炭鉱の坑道はガスが発生し易く、
操業が終わるとすぐに埋めたり水没させたりして閉鎖しますが、
池島はこうしてまだ坑道を使える様にしているので、
通気の為の竪坑だけは現在もそのままの状態です。
遥か上方に蓋のようなものが見えますが、
この上に竪坑櫓が聳えたっています。
そして蓋のすぐ手前に横穴があり、
その穴が前回の記事で取り上げた扇風機に接続し、
坑内の空気を排気する、というしくみです。

サーチライトを消すと漆黒の闇。
かつては周囲に設置されたガイドレールに沿ってケージが上下し、
この暗闇の中を、地底何百メートルも下へ降りて行きました。
炭鉱の竪坑がこうして残っていて、
しかも見学出来るのは極めて希少なものです。

そのあとは岩盤を打ち砕いて坑道を造る、
発破の作業の行程等を説明して頂きましたが、
発破に関しても以前の記事で取り上げているので、
そちらをご覧下さい。→この記事の中頃





池島炭鉱跡

こうして丸1日の池島視察は終わりました。
参加された皆さんも、この濃い2日間から、
産炭地のかかえる問題や素晴らしさなど、
多くのことを持ち帰られたのではないでしょうか。

地底産業の実際を見られる機会は殆どありませんが、
池島にはその全てが残っています。
池島を見るということは、明治以降の日本が造り上げて来た、
技術の叡智を知る旅です。
そして地底という漆黒の自然環境との戦いの歴史を知ることです。

軍艦島では主に住宅棟を巡り、
坂本さんの生活に根ざした感情寄りのお話。
そして池島では主に炭鉱施設を巡り、
元炭鉱マンの方の炭鉱に根ざした技術的なお話でした。
これらの両方をセットで見て聞いて、
はじめて炭鉱とはどんな所だったのかを知ることができると、
今回の長崎産業遺産視察勉強会に参加して思いました。

長崎産業遺産視察勉強会~池島炭鉱編1~

2012-11-24 05:50:50 | 池島炭鉱
前回の記事に引き続き、
今年の7月に行なわれたJ-ヘリテージ主催の、
『長崎産業遺産視察勉強会』に参加した時のリポートです。

J-ヘリテージは、現代社会が抱える様々な問題点を、
近代化遺産を振り返ることでその解決の糸口を模索しようとするNPO団体で、
様々な遺産の見学会を開催したりメディアで遺産の必要性を訴えている団体です。

そんなJ-ヘリテージが主催した『長崎産業遺産視察勉強会』は、
軍艦島の非見学エリアと池島特別見学コースの視察という、
とても内容の濃いものでした。
今回は池島炭鉱の視察のリポート前半です。

池島炭鉱跡

池島炭鉱は長崎県中部の外海側にある小島で、
かつて島内に大きな池があることから池島と呼ばれていましたが、
1950年代の後半、炭鉱の開発によって池は港に改築され、
島の多くが炭鉱とその住宅施設に変貌した島です。
約40年にわたって操業した池島は2001年に閉山し、
その後約10年、東南アジアの研修所として使われ、
現在では全ての操業が停止しています。

軍艦島の視察は昼過ぎからの約2時間で、その足で池島へ。
軍艦島の視察中は運良く晴れていたましたが、
池島へ向かう途中、雲行きは再び怪しくなり、
フェリーから見る池島の上空には、重たい雨雲が乗っていました。





池島炭鉱跡

しかし島に着く頃にはまたまた運良く晴れ出し、
以降2日に渡る池島視察中は、ずっと晴天に。
港にはいつものように沢山の猫がいます。
島民が減少の一途にある池島では、
もはや島民より猫の方が多いと言われる程、
猫島化している島でもあります。





池島炭鉱跡

この日は夕方遅くに島に到着したので、
特に見学とかはなかったので、ちょっと島内を散策。
島の奥に建つ8階建てのアパートが、
夕日に照らされたオレンジ色に染まっていました。



夜は懇親会が開かれ、
約40人の参加者が自己紹介を兼ねて、
ご自分の活動等のPRをすることになったのですが、
みなさん、情熱的な方ばかりで話にも熱が入り、
結局それだけで終わってしまいました。
ご自分に関係のある地域活性化の活動をされている方や、
産業遺産の保存を考えている方等、
みなさん素晴らしい活動をされている方々でした。





池島炭鉱跡

翌朝の朝ご飯は、島内で唯一常営している食堂、
「かあちゃんの店」のまかないで合宿気分です。





池島炭鉱跡

午前中は坑外施設、つまり炭鉱の坑道以外の施設の見学です。
繰込所(あるいは発進所)は、
坑道へ仕事で入る前に待機して、装備の点検や準備をするところ。
正面には「あとでよりいまが大切 点検と確認」と、
いかにも炭鉱らしい標語が掲げられていますが、
実はこの掲示は、今年の夏池島でロケが行われた、
映画『池島譚歌』のロケ用に新しく設置されたものです。
※もしかしたら映画『信さん・炭坑町のセレナーデ』の時かも…
でも、本物より本物っぽいですね。





池島炭鉱跡

繰込所の建物の一階には、
操業時の写真が展示されたスペースがあります。
右側に写るのは上から三枚目の画像の8階建てのアパート。
もう今では灯りがともることのないアパート群に、
沢山のあかりが灯っています。



この後、様々な坑外施設を見学するのですが、
多くは以前の記事で既に触れているので、
そちらをご覧になって頂ければと思います。
・繰込所のある建物内の炭鉱風呂や管理室(この記事の中頃)
・繰込所のある建物の隣の第二竪坑の捲座(この記事の終わり頃)
・斜坑人車の捲上機(この記事の冒頭)
などなど





池島炭鉱跡

そんな中、
以前の見学時には外観だけを横目で見ていた画像の施設を、
今回はじっくりと説明して頂きました。
この施設は扇風機と言って、坑内の空気を循環する為の施設です。
下部に写る黒い筒の中に大型の扇風機が設置され、
坑道に繋がっている左側から右に写るラッパ状の吹出口の方向へ、
空気を排出する装置です。
炭鉱では、空気を送り込むのではなく、
排出することによって、別の坑口から自然に空気が入る様に作られています。





池島炭鉱跡

上画像の左側を見た所。2つの同じ構造物があります。
右は鉄の板があり左にはないように見えますが、
ないのではなく、下に降りています。
鉄の板が弁の役割を果たし、
今は右側の方が通気出来る状態にあることを示しています。
万が一右の扇風機が故障した際には、
即座に右の鉄の板を降ろし、左の鉄の板を引き上げて、
左側で通気を行なう仕組みになっています。
通気は坑道の中で働く炭鉱マンの命綱。
24時間、決して休むこと無く動き続ける必要があります。





池島炭鉱跡

坑外施設の見学の後は住宅棟エリアの見学です。
炭鉱アパートの中に一部屋だけ、
見学出来る様に解放された部屋があります。
内部はちょっと作り込みが多く、
あまり当時のリアルな生活を偲ぶことはできませんが、
それでも間取りやトイレ事情等、
炭鉱アパートがどのようなものだったかを知ることはできます。
それを見る限り、決して炭鉱アパートの部屋は広くはなく、
たとえ高給取りだったとしても、
その生活は派手なものではなかったんだと思います。





池島炭鉱跡

玄関のノブの下には、
「ヨシ!」と声をあげる炭鉱マンのイラストシールが貼られています。
このかけ声は炭鉱での仕事で、安全を確認する時のかけ声です。
後貼りかそれとも当時から貼ってあったものかはわかりませんが、
炭鉱アパートならではですね。





池島炭鉱跡

そのほか島内を周回する道も一回りし、
その周囲にある施設も一通り見学。
気になったのは画像の汚水処理施設。
汚水といってもいわゆるし尿処理。
果たしてこの装置がどう処理してくれるか想像もつきませんが、
島という環境は、
陸続きの生活以上の苦労がつきものなのだと実感します。

次回、池島炭鉱の後半は坑道内の見学です。

池島炭鉱 #11 進化する池島炭鉱

2012-06-19 17:59:52 | 池島炭鉱
先日ワンダーJAPAN TVのロケで行った池島炭鉱。
常に進化し続ける池島炭鉱の現在をリポート。

最初に池島を訪れた時には選炭工場を中心に見学させて頂きました。
2回目に訪れた時は海面下約300m位まで潜り、
また稼働中の坑外施設などを見学。
そして一般見学の最初は、模擬坑道を中心にした見学。
一般見学の2回目は、ボタ坑道や旧竪坑近くの施設で、
採炭のしくみを聞くようなコースでした。
これまでの池島リポートは以前の記事をご覧下さい。
しかし今回訪れてみると、見学コースはかなり充実していました。
進化した池島炭鉱の体感見学をご覧下さい。

池島炭鉱

まずはトロッコの試乗です。
見学用に安全面等を改造した人車ですが、
坑外からボタ坑道へ入る人車体験は、
臨場感があります。





池島炭鉱

坑道内も、かなりいろいろな所を巡ります。
画像は、坑内換気用の扇風機付きダクト。
坑道内の説明の多くは、万全の安全対策あれこれ。
どれだけ坑道内の安全を確保するかが、
炭鉱にとって最重要課題かがわかります。





池島炭鉱

稼働していた時に、実際に人が昇り降りしていた、
斜坑 (斜めの坑道) のトンネルを坑道内から見上げます。
遠くにトロッコの出口がかすかに見えます。





池島炭鉱

坑道内に残るボタ・ホッパー。
選炭工場で排出されたボタが落ちてくる場所は、
今回初めて見せてもらいました。
2基あり、その大きさはかなりのものです。

その他、
石炭を採掘するドラムカッターの掘削模擬運転や、
穿孔機を使ってのハッパ用穿孔体験など、
様々な炭鉱体験が出来ます。





池島炭鉱

坑外へ出たら、島の一番奥にある、
かつての事務所棟へ向かいます。
事務所棟では炭鉱マンが待機した繰込所の他、
ヘッドランプを管理している安全灯室も訪れます。
天井灯を消した後の、充電中のヘッドランプの灯りは、
幻想的でもあり、命綱の重みを感じます。





池島炭鉱

かつて使われていた事務所も訪れます。
事務所の横には中央監視室がありますが、
コンピュータも設備も時代を感じるもので、
レトロ・フューチャー映画のワンシーンのようですね。





池島炭鉱

現在、一般公開に向けて準備中、
ということで見せて頂いた鉱員風呂。
かなり大きな規模の浴槽が2基あります。
浴槽もいくつにも分かれていますが、
端島炭鉱の鉱員風呂のように、
炭で真っ黒な浴槽はなかったそうです。





池島炭鉱

第二竪坑の捲座 (捲き上げ機室) も今後公開の予定だそうです。
池島炭鉱の第二竪坑のケージは、
井戸釣瓶のような構造のケーペ式です。





池島炭鉱

捲き揚げの操舵室。
2基のケージを操作する左右のレバーを支える、
木製のカバーが、いい雰囲気を出しています。





池島炭鉱

壁に並べられた巨大なレンチ。
いったい何に使うかと言うと、





池島炭鉱

巨大な捲上機を支える、
巨大なナットを止めるためのレンチでした。
レンチをはめ込んで、鉄のハンマーで、
ガンガン締めまくるそうです。





池島炭鉱

室内の隅には時の止まったカレンダーがありました。
2001年11月、池島炭鉱の閉山の時です。




池島炭鉱

かつて訪れた選炭工場は、
現在では錆び付きが進行していて、
見学コースに組み込むのは難しいらしいですが、
選炭工場を含めた坑外施設は、
是非見学出来る様にして欲しいと思います。

池島炭鉱を訪れると、
地底産業がどれだけ命の保全に細心の注意を払っているかが、
ひしひしと伝わって来ます。

池島炭鉱には今も、
炭鉱マンの魂が生き生きと残っているのを、
痛烈に感じます。

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2010年12月17日発売のワンダーJAPANvol.14号に、
池島炭鉱が特集されています。



blogにアップしていない、
選炭工場の詳細や住宅街の様子が掲載されています。
特に選炭工場は、一般では入る事の出来ない場所で、
採掘された石炭が製品になるまでの行程を伝える、
貴重な遺産だと思うので、
興味のある方は是非ご覧ください。

池島炭鉱 #10 島を後にして

2010-01-22 04:08:54 | 池島炭鉱
長崎県にある21世紀まで操業していた、
九州最後の炭鉱、池島炭鉱をお送りしてきましたが、
今回で最後です。

70年代後半から80年代にかけての円高を始め、
様々な要素がからみあって少しずつ忍び寄った斜陽の影は、
結局最後まで払拭する事ができず、
更に坑内火災による揚炭の減少も追い討ちをかけて、
池島炭鉱は2001年に閉山しました。



フラガールでも知られる常磐炭鉱の例は別として、
夕張を始め、閉山した産炭地の再生は、
一般的には容易な事ではないと思います。
特に石炭などの原料産業は、
虚飾が一切ない分、費用対効果が重視されてしまい、
結果、安価な海外炭へシフトしていくのも、
避けられない結果だと思います。



しかしそれは悪い事だとは思いません。
その昔、川の流れの変化に伴って集落を移動させた、
シルクロードの遊牧民のように、
人は生き残る為には、移動もするでしょうし、
それまでの形も変えざるおえないものだと思います。
会社先行の決定にあえぐ炭鉱マンも、
沢山いらっしゃったと思います。
しかしそれも雇用という形の必要悪だと思います。



寂れた炭鉱街の姿を嘆く方々の声を沢山聞きますが、
寂れた炭鉱街であろうと、
そこには日本を支えてくれた沢山の魂の力が、
残っている様に感じます。
ただ、その役目は終わった、ということだと思います。
同時に、
人が生きる為に汚さざるおえなかった場所が、
再び浄化されていく時間でもあると思います。
廃墟とは、浄化の時間だと思います。



私はフリーランスで仕事をしているので、
仕事がなくなる危機感とは毎日が背中合わせです。
その結果、
諸行無常は当然のこと、といつも思っていますが、
盤石な企業の元で仕事をしながら、
その永劫不変と思われる基盤が、
根底からなくなった時の不安というものは、
計り知れないものがあるのかもしれないな~、
などと考えながら池島を後にしました。



対岸の神浦の船の待合所に、
付近の町の住民の数が掲示されていました。
2009年6月現在、池島の住民341人。

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12月17日発売のvol.14号に、
池島炭鉱が特集されています。



blogにアップしていない、
選炭工場の詳細や住宅街の様子が掲載されています。
特に選炭工場は、一般では入る事の出来ない場所で、
採掘された石炭が製品になるまでの行程を伝える、
貴重な遺産だと思うので、
興味のある方は是非ご覧ください。

池島炭鉱 #09 郷地区

2010-01-21 05:17:47 | 池島炭鉱
長崎県にある21世紀まで操業していた、
九州最後の炭鉱、池島炭鉱をお送りしています。
池島には、これまでアップして来た炭鉱施設と、
それに付随する住宅棟エリア以外に、
炭鉱進出前からあった郷地区とよばれる村落がありますが、
これがとても風情がある村落で、
南海の孤島に残る時間の蓄積を感じさせてくれます。



郷地区は島の北側の斜面の、
窪んだところに通る一本道の両側に広がっています。
勿論いまでも多くの人が住んでいるので、
現代的な民家もありますが、
同時に木造の古い家屋も混在し、
村独特の雰囲気を作り出しています。



メインストリートの坂を、
ほぼ上から下へ見てみようと思います。
上の方は炭鉱に近い事もあってか、
かつてスナックなどの店舗だった店が軒を連ねます。
以前はパチンコ屋もあったようですが、
閉山の頃の火事で焼失してしまったそうです。



ところどころに空き地があるものの、
現在でも、操業時にあったと思われる建物が、
ほぼそのままの形で残っています。





上画像の右側に写る「旅館 美松」
すでに営業は終わっているようですが、
現在宿泊できる中央会館ではなく、
こういった旅館にも泊まってみたかったものです。





スナックの看板をだす店はまだ幾つも残っていますが、
現在ではこの千代ともう一軒だけが、
不定期で営業をしているようです。
疲れを癒す炭鉱マンで、
どれだけ賑わったんでしょう。



斜面を降りきった平坦地にも、
同様に小規模な飲屋街があったようですが、
こちらの商店街はどこも営業は終わっているようです。
「千羽鶴」といった店名が、
時代を感じさせてくれます。



斜面の下半分は、
店舗ではなく、主に住宅が建ち並んでいますが、
石積みの階段の上に立つ木造家屋は、
年期の入ったものが多く、
背景に竪坑櫓が立つ光景を見ると、
炭鉱街だったんだと実感します。



南方の離島ではよく見かける、
石積みの擁壁は、おそらく接合剤を使わず、
組み上げだけで作られたものじゃないでしょうか。

郷地区の外れは、
かつて江戸時代に小番所と呼ばれる、
オランダ船の見張りおよび中国からの抜け荷などを監視する、
小屋があったそうです。

画像はその小屋ではありませんが、
極めて低い2階、土壁から露出する木舞など、
かなり古い建物のようにみえます。

炭鉱進出も前からあり、
炭鉱とともに変化しながらも、
また別の時間を歩みだす村落、
郷地区はとても興味深い村だと思います。

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12月17日発売のvol.14号に、
池島炭鉱が特集されています。



blogにアップしていない、
選炭工場の詳細や住宅街の様子が掲載されています。
特に選炭工場は、一般では入る事の出来ない場所で、
採掘された石炭が製品になるまでの行程を伝える、
貴重な遺産だと思うので、
興味のある方は是非ご覧ください。

池島炭鉱 #08 住宅棟地域3

2010-01-20 04:14:14 | 池島炭鉱
シリーズでアップしていた池島炭鉱を、
どこまでアップしたかも忘れてしまうくらい、
アップできない日々が続きましたが、
やっと一段落、いや五段落くらいでしょうか。

年末から年始にかけて、
ずっとオープロジェクトの新作DVDの制作をし、
同時にもうすぐ発売の暗渠ムックの執筆もしていたので、
かなり時間をくわれてしまいましたが、
また、ブログに手をつけられる様になりました。
(まだ別のムックが残っていますが。。。)



以前にアップした、8階建ての鉱員アパートの
すぐ前にあった公園の滑り台。
幅が凄く広いのが特徴です。
別の公園にも、双頭型の滑り台があるなど、
公園遊戯具としてはどれも凝った造りのものが目につきます。



島のほぼ中央にある中央公園の遊戯具も、
けっこう凝った造りでしたが、
これらは2009年に訪れた時には全てなくなっていました。





島の高台には郵便局等現在でも稼働する施設が幾つかありますが、
その周囲にあった小規模な商店街は、
現在では店じまいをして、
唯一電気屋さんだけが営業していました。




商店街の裏にあった池島ファミリーボウル跡。
スナックや雀荘等を併設した娯楽施設だったようですが、
これらも現在では使われていないようです。




王者と名のついた店。
これも池島ファミリーボウルの建物の一角にありました。
さすがに21世紀まで稼働していた炭鉱だけあって、
商店街やボウリング場など、それほど隔世の感はなく、
つい昨日まで営業していたといわれてもおかしくない、
雰囲気が残っています。



島の中央にある食品小売りセンター。
かつてはこの建物の向かいに建つ池島ストアーも営業していましたが、
2009年の時点では、この小売りセンターだけが、
ほそぼそと営業していました。

小売りセンターの中には、
かつて寮でまかないを作っていた「おかあちゃん」が料理をだす、
「おかあちゃんの店」という食堂があります。
素朴ながらとっても美味しい食事は完全予約制なので、
池島へ行かれる方はまえもって連絡して、
何時に食事がしたいと伝えておくことをお薦めします。



以前の記事でお伝えした、
見学の際の炭鉱弁当を作ってくれる、港近くの食堂。
最初に池島の見学に行った時は、
ここで昼食を食べましたが、
食事中に、朝、中央会館(宿泊した場所)で、
管理人さんが撮影してくれた写真が届いたのには、
びっくりしました。

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昨年の12月17日発売のvol.14号に、
池島炭鉱が特集されています。



blogにアップしていない、
選炭工場の詳細や住宅街の様子が掲載されています。
特に選炭工場は、一般では入る事の出来ない場所で、
採掘された石炭が製品になるまでの行程を伝える、
貴重な遺産だと思うので、
興味のある方は是非ご覧ください。

池島炭鉱 #07 住宅棟地域2

2010-01-05 05:55:22 | 池島炭鉱
あけましておめでとうございます。
昨年、拙blogをご覧になて頂いた方々、そしてコメントを下さった方々、
ありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。

年も変わりましたが、今年は年末年始に区切りがなく、
昨年末にアップしていた池島炭鉱の続きを、
そのままだらだらと続けようと思います。

長崎県にある21世紀まで操業していた、
九州最後の炭鉱、池島炭鉱をお送りしています。
今回は鉱員アパート以外の住宅棟エリアの様子です。



池島の南部には「公住」と壁面に書かれた、
公営住宅が並んでいます。
鉱員アパートが基本的に4階建てだったのに比べ、
公住は殆どが2階建てで、その造りも質素です。
一見廃墟化している様にみえますが、
2009年の時点では、
ところどころ使われている部屋がありました。



公住の中にはこういった電気倉庫のような形をした建物もあり、
鉱員住宅との違いを感じます。






もっとも南寄りに建つ公住は特に古い建物なのでしょうか、
窓枠のサッシュも木製で、壁の劣化もかなりきてました。






島のほぼ中央に建つ男子寮は、
島のなめにもなったかつての伝説の池「鏡池」から
「鏡寮」と名付けられていたそうです。
現在でもその一部は、
海外からの研修者のために使われているようですが、
寮自体はすでに使われていない様子です。




鏡寮のすぐ近くには女子寮もありました。
こちらは男子寮と違って、特に名前はなかったそうです。
各部屋の窓の上の庇や鉄製のテラス等、
男子寮に比べて丁寧に作られている印象です。




女子寮の奥には大きな池島診療所がありますが、
こちらは既に使われてなく、
現在ではその奥の一部が診療所として稼働しています。





高台のメインストリートには太い蒸気管が設置され、
炭鉱街だったことを今に伝えてくれます。

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12月17日発売のvol.14号に、
池島炭鉱が特集されています。



blogにアップしていない、
選炭工場の詳細や住宅街の様子が掲載されています。
特に選炭工場は、一般では入る事の出来ない場所で、
採掘された石炭が製品になるまでの行程を伝える、
貴重な遺産だと思うので、
興味のある方は是非ご覧ください。