縄文人の反乱 日本を大事に

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お祝いの歌の代表作として紹介されたのが、「君が代」です。

2013年08月15日 18時46分56秒 | 色んな情報
お祝いの歌の代表作として紹介されたのが、「君が代」です。
http://youtu.be/8O7jf0yJazg



お祝いの歌の代表作として紹介されたのが、「君が代」です。「君」は君主をあらわすと­いう人がいますが、それは間違いです。漢字の「君」は、「口」ヘンと「尹(イン)」を­組み合わせた文字ですが、「尹(イン)は、「手」に「|」(つえ)を持っている姿です­。これは「聖職者」をあらわします。「口」は、その聖職者が口を開けて、何かを説いて­いる姿です。つまり「君」という字は、会意形成文字で、高貴な人をあらわす文字です。­読みは「クン」です。

「君主(クンシュ)」となると「高貴な人=君(きみ)の主人」なので、それだけ偉い人­です。つまり「君」という字は、高貴な人であり、だからこそ、源氏物語は朝顔の君や、­藤袴の君など、美しい女性たちに「君」の尊称をつけています。「君」が天皇をあらわす­というのなら、源氏物語の女性たちは全員、天皇ということになってしまう。実は、古代­日本語で「き」は男性、「み」は女性をあらわす言葉なのです。
日本神話に登場する最初の男女神は、イザナ「キ」、イザナ「ミ」であり、「おきな=翁­」「おみな=嫗」という言葉もあります。イザナキ、イザナミ以前の神々は性別がなく、­日本の神々で最初に性別を持った神として登場するのが、イザナキ、イザナミです。その­最初の男女神は、イザナキ、つまり「いざなう男」、イザナミ「いざなう女」として登場­します。「いざなう」は、漢字で書けば「誘う(いざなう、さそう)」です。
つまりイザナキ、イザナミの物語は、誘(さそ)いあう男女の物語でもあるわけです。

二人は天つ御柱で出会い、
キ「我、成り成りて、成り余るところあり」
ミ「我、成り成りて、成り足らざるところあり」
と声をかけあい、互いの余っているところと、足りないところを合体させて、子を産みま­す。

ここで大切なことが、男女が互いに「成り成りて」というところです。「成り」というの­は、完全に、完璧に、という意味です。知性も肉体も、まさに完璧に成長し、成熟したの­です。ところが、完璧に成長したら、互いに「余っているところ」と「足りないところ」­があった。これは矛盾です。

そこで二人は互いの余っているところと、足りないところを合体させて、より完璧になろ­うとしました。すると「子」が生まれたのです。「完全に完璧な成長」は、尊敬の対象で­もあります。ですから「きみ」は、「完全に完璧に成長した男女の喜びであり、尊敬し敬­愛する人の喜びであり、「きみが代」は、その「愛し尊敬する人の時代」という意味とな­ります。その「愛し尊敬する人の代」が、「千代に八千代に」と続くのです。歌はさらに­「さざれ石の巌となりて」と続きます。さざれ石は、小さな小石が結束して大きな岩石と­なっているという点です。ひとつひとつは小さな小石でも、大きな力でみんなで団結した­ら、それは大きな「巌」となる。つまりさざれ石は、「きみ=男女」の結束、そして生ま­れて来る子供達や新たに親戚となる者たちなど、そのすべての人々が、大きな力のもとで­固く固く団結しあい、協力しあうことの象徴でもあります。そして最後に「君が代」は、­「苔のむすまで」と締めています。

苔は、冷えきったり乾燥しているところには生えません。濡れていて、水はけの良いとこ­ろに生育します。カビとは違うのです。つまり、濡れたものと、固いものがしっかりと結­びついたところに苔は生えます。すなわち「苔」は、「きみ=男女」が、互いにしっかり­と結びつき、一緒になって汗を流し、涙を流し、互いにしっかりと協力しあい、長い年月­をかけて生育する。それは、男女のいつくしみと協力を意味します。

そんな意味の歌である、ということになります。終戦のエンペラー



「 報復に備えよ 」 (必ず来る支那・漢人の野望)

2013年08月15日 17時58分58秒 | 色んな情報
「 報復に備えよ 」 (必ず来る支那・漢人の野望)

石坂 哲朗NHK解体!

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2012・12・22の原稿に加筆したものです。シェアの時友達コールもねー
支那人は100年サイクルで物事を考えると過大評価されている。
しかし中国大陸は近代、以前の悪行がたたってか悲惨な歴史をたどった。
漢人においてはモンゴルの脅威にさらされ満州人(女真族)に屈辱的征服をされ清王朝を立てられた。
(前金・後金もでしょー)
それも日本に攻められ、残された唯一の手下である朝鮮人も日清戦争の後、
日本と併合し近代国家の道を歩んだ。
(北は又手下になったけどねー)
ロシアをはじめとするヨーロッパに攻められ、清王朝は倒れるが、全土が戦場の様相になり悲惨な歴史をたどっている。
文化大革命に絡み、毛沢東に虐殺された5000万人とも7000万人とも言われる人民。
その後、漢人は報復の手始めに満州を侵略し現在残っている満人1000万足らず、
満州語を話せるもの100名に満たない。
そのほとんどがウイグル自治区に追いやり管理している。
満州、モンゴルへの復讐はほぼ終結し、次の標的は我が国であることは間違いがない。
1995年李鵬 前中華人民共和国首相が、オーストラリアを訪問した際豪首相と公な会談中に
「日本などと言う国は後20年もすればこの世から消滅する」と公式発言した事でも明らかだ。
東トルキスタン処刑者・民族浄化犠牲胎児含め900万人。
チベット虐殺100万人・南シナ海の侵略・尖閣諸島侵略計画・など「世界の中心の華・中華思想」を実現するべく又「日本への制裁」と着々と巧妙にしかもなりふりかまわず進められている。
報復を残しているのは日本だけなのだ100年かけても必ず実行する。
(お国柄だものねー)
以前も記述したが、1965年、文化大革命の時。
白昼堂々人肉宴会が行われ、なんと生徒が教師を食べていた。
( 百余の死体が香港に漂流して有名になったねー )
又、近代まで子供を売る店があり何と食用専用だったと言う。
(俺はまずいからやめて!!)
それを買うことの出来ない貧しい家では隣の子供と交換して食したとも言われている。
このまま、夢のような平和をとなえ、又それが正義と信じて疑わない人々が激減しない限り
我が国が人肉養殖特別地区となる日も遠くはない・・・?
( いしざか てつろー )

         18歳の回天特攻隊員の遺書

2013年08月15日 14時36分34秒 | 色んな情報
         18歳の回天特攻隊員の遺書
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    Japanism
お母さん私はあと3時間で祖国の為に散っていきます。

胸は日本晴れ。

本当ですよお母さん。

少しも怖くない。

しかしね、時間があったので考えてみましたら、少し寂しくなってきました。

それは、今日私が戦死する通知が届く。

お父さんは男だからわかっていただけると思います。

が、お母さん。

お母さんは女だから、優しいから涙が出るのではありませんか。

弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって寂しく思うでしょうね。

お母さん。

こんなことを考えていましたら、私も人の子。

やはり寂しい。


しかしお母さん。

考えてみてください。

今日私が特攻隊で行かなければ、どうなると思いますか。

戦争はこの日本本土まで迫って、

この世の中で一番好きだった母さんが死なれるから私が行くのですよ。

母さん。

今日私が特攻隊で行かなければ、年をとられたお父さんまで銃を取るようになりますよ。


だからね。

お母さん。


今日私が戦死したからといって、どうか涙だけは耐えてくださいね。


でもやっぱりだめだろうな。


母さんは優しい人だったから。


お母さん、私はどんな敵だって怖くありません。


私が一番怖いのは


母さんの涙です。

         18歳の回天特攻隊員の遺書



http://youtu.be/ST0hjulCAt4 (動画はこちらから)

http://youtu.be/LSD9sOMkfOo 終戦の詔勅 (玉音放送)

負けるとわかっていながら、少しでも講和条約が有利に進むよう、特攻隊の方々は突撃されました。
なぜなら本土の家族、愛する人を守る為。

特攻隊員の言葉曰く

”日本人の誇り”

だそうです。

私たちが当たり前に過ごしている自由や平和が、英霊の方々の命の上にあることを噛み締めながら日々を過ごしていきたいものです。
感謝。合掌。

【終戦の詔書-玉音放送-(昭和二十年八月十五日)】《現代文訳》

2013年08月15日 10時10分36秒 | 色んな情報
【終戦の詔書-玉音放送-(昭和二十年八月十五日)】《現代文訳》

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《現代文訳》
 私は、深く世界の大勢と日本国の現状とを振返り、非常の措置をもって時局を収拾しようと思い、ここに忠実かつ善良なあなたがた国民に申し伝える。

 私は、日本国政府から米、英、中、ソの四国に対して、それらの共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告するよう下命した。

 そもそも日本国民の平穏無事を図って世界繁栄の喜びを共有することは、代々天皇が伝えてきた理念であり、私が常々大切にしてきたことである。先に米英二国に対して宣戦した理由も、本来日本の自立と東アジア諸国の安定とを望み願う思いから出たものであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとから私の望むところではない。
 
 ところが交戦はもう四年を経て、我が陸海将兵の勇敢な戦いも、我が多くの公職者の奮励努力も、我が一億国民の無私の尽力も、それぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転していないし、世界の大勢もまた我国に有利をもたらしていない。それどころか、敵は新たに残虐な爆弾(原爆)を使用して、しきりに無実の人々までをも殺傷しており、惨澹たる被害がどこまで及ぶのか全く予測できないまでに至った。
 
 なのにまだ戦争を継続するならば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、ひいては人類の文明をも破滅しかねないであろう。このようなことでは、私は一体どうやって多くの愛すべき国民を守り、代々の天皇の御霊に謝罪したら良いというのか。これこそが、私が日本国政府に対し共同宣言を受諾(無条件降伏)するよう下命するに至った理由なのである。

 私は、日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に対しては遺憾の意を表せざるを得ない。日本国民であって前線で戦死した者、公務にて殉職した者、戦災に倒れた者、さらにはその遺族の気持ちに想いを寄せると、我が身を引き裂かれる思いである。また戦傷を負ったり、災禍を被って家財職業を失った人々の再起については、私が深く心を痛めているところである。
 
 考えれば、今後日本国の受けるべき苦難はきっと並大抵のことではなかろう。あなたがた国民の本心も私はよく理解している。しかしながら、私は時の巡り合せに逆らわず、堪えがたくまた忍びがたい思いを乗り越えて、未来永劫のために平和な世界を切り開こうと思うのである。

 私は、ここに国としての形を維持し得れば、善良なあなたがた国民の真心を拠所として、常にあなたがた国民と共に過ごすことができる。もしだれかが感情の高ぶりからむやみやたらに事件を起したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに時勢の成り行きを混乱させ、そのために進むべき正しい道を誤って世界の国々から信頼を失うようなことは、私が最も強く警戒するところである。

 ぜひとも国を挙げて一家の子孫にまで語り伝え、誇るべき自国の不滅を確信し、責任は重くかつ復興への道のりは遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、正しい道を常に忘れずその心を堅持し、誓って国のあるべき姿の真髄を発揚し、世界の流れに遅れを取らぬよう決意しなければならない。
 
 あなたがた国民は、これら私の意をよく理解して行動せよ。

《動画:昭和天皇は玉音放送で何を語られていたのか》
http://www.youtube.com/watch?v=rIuxz8cZh60&feature=player_detailpage

《動画:終戦の詔勅 (玉音放送) ~完全版~ 》
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=1XMja7jwtV4