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「ドイツで今、何が起こっているか」(川口ロマーン恵美著 ビジネス社)
- ドイツ在住37年の日本人が語るドイツ-その2-(はじめに)
著者の『「メルケル仮面の裏側」―ドイツは日本の反面教師である―』2021.12.28を本ブログにご紹介してから間もなく1年になります。「メルケル仮面の裏側」は、明治維新以来、法制・文化などの様々な分野で日本の模範となってきたドイツを、2021年12月の政権交代まで、16年間率いてきたメルケルの、日本などにおける高評価とは異なる、多くの政策の誤りを指摘しています。
著者は、メルケルの16年間の変化について、「ドイツは変わった。社会主義化、中国との抜き差しならない関係、難民問題、エネルギー問題、反対意見が抑え込まれ活発な討論の出来ないソフトな全体主義化」とコメントしています。
メルケル政権が交代し、社民党(SPD)、環境政党の緑の党、リベラルの自由民主党(FDP)の連立政権がスタートしました。その2か月後に、ウクライナ戦争が起こり、今も戦闘が続いています。メルケルは、フランスと共に、2008年のNATO首脳会議で、ウクライナのNATO加盟を妨げました。ウクライナ戦争を抑止できなかった一因と言えます。
紹介本「ドイツで今、何が起こっているか」は、ウクライナ戦争勃発でメルケル政策の矛盾が顕在化した「今」を検証しています。
次項で、紹介本「ドイツで今」からのヒントを基に、エネルギー問題を中心にして、ファクトを見てみましょう。
- ドイツの今
【ウクライナ戦争後のドイツのエネルギー問題】
2022年9月26日ドイツのノルドストリーム(1)(2)〈以下NS1,NS2〉のパイプラインが何者かの破壊工作により4か所のガス漏れを起こしました。
著者はこの問題を次のように指摘していました。「ロシアへのガス依存は30%を超えるべきではないということは、20年も前から言われていた。しかし、メルケル政権は16年間、その不文律を完璧に無視し、粛々と55%まで依存を増やしてしまった。ここまでくると、今さら慌てても、そう簡単に修正もできない。国の要であるエネルギーを、ここまで一国に依存するのは明らかな失政で、安全保障上の思考が一切働いていなかったと非難されても仕方がない」と。
まさに、著者の指摘してきたリスクが現実のものとなったのです。このリスクは並外れたリスクです。エネルギー価格の高騰、高インフレ、化石燃料の調達難は、ドイツに限らず、EUへ、日本へ、そして、ロシアと友好関係にあるインドや中国などを除く、世界へと拡大しています。
ドイツにとっては、直近では、この冬を乗り越えることが出来るかのリスクがあり、長期的にはエネルギー価格の高騰が及ぼす様々な影響が懸念されます。
ドイツは、今、厳しい局面に立たされています。
それは、パイプラインによるガス供給を、新たにLNG調達に切り替えるには、新たな設備として、LNG運搬船、陸上LNG受入基地、FSRU(洋上で約-160℃のLNGを受け入れて貯蔵し、LNGを温めて再ガス化してパイプラインへ高圧ガスとして送出することができる浮体式LNG貯蔵再ガス化設備)が必要であり、これらが整うには3,4年かかると言われています。
また、ガスは、プラスチックや合成繊維、塗料、医薬などの化学製品の原料であり、石油・石炭・褐炭などでは代替できないリスクもあります。
メルケルは、これらを認識し、加えてロシアへ依存のリスクを認識し、16年間の治世の間に、然るべき対応をすべきでした。何ら対応しなかったメルケルの失政を指摘せざるを得ません。
【ドイツが歩んだ「脱原発」は正しかったのか?】
NS1が開通した2011年11月時点の原発の稼働台数は17基ありましたが、現在稼働しているのは3基です。2011年に19.5%あった原発による発電比率が2022年現在は6.6%です(Wedge 2022.9.16より)。
2002年に当時の社会民主党(SPD)と緑の党の連立政権は、稼働している19基の原発を2021年までに全て廃止することを決定しました。その後、メルケルは2010年5月に2002年の脱原発の決定を無効にし、原発の利用継続を決めました。しかし、翌年の2011年の福島事故を契機に国民の原発嫌いを意識し、反原発へと切替える格好のチャンスと捉え、2022年末までにすべての原発を段階的に閉鎖することを決めたのです。多数派迎合型で旧東ドイツの自然保護主義がバックグラウンドにあるメルケルならではの決定でした。
メルケルはCDU本来の原発維持政策を堅持せず、2011年5月の脱原発宣言をした結果、約13%(19.5%-6.6%)の原発(約800億kwh)の発電量が減少しました。メルケルは、2011年11月にスタートするNS1によるロシアからのガス調達が見えたから2011年の脱原発を決定したのでしょう。福島原発事故は2011年3月、NS1の開通が2011年11月、脱原発のリスク対応が全く検討されないままの脱原発法案の成立が2011年7月でした。このタイミングの良さを見ると、著者が言う、メルケルの“・・賢さ”が透けて見えます。(数字はWedge 2022.8.5「ドイツの脱原発が世界に迷惑をかけるこれだけの理由」より筆者試算。)
ロシアからのNS1によるガス調達が既定路線であればこそ、メルケルは長期政権の中で、原発によるベース電源を確保しながら、「脱原発」を「脱炭素」の後回しにし、安定的にグリーン化を進め、並行してロシアリスクに対応したLNGの段階的調達やガスの貯蔵体制強化など進め、リスク対応策を実施すべきでした。
メルケルは2022年10月13日、ポルトガルの首都リスボンで記者団に対し、16年の在任中にロシアをドイツへの主要ガス供給国としたことを後悔していないと次の様に述べた(AFPBB News2022/10/14 )。「在任時にドイツは原子力発電所を段階的に廃止していたため、需給ギャップを埋めるためにガスの輸入を増やさなければならなかったと主張した」。
事実は、ロシアからのガス輸入がNS1により確保されたから、脱原発に踏み切ったのです。ロシアガスへのリスク意識の欠如による決断でした。記者団に対する発言は、“・・賢い”メルケルならではの後付けの造言です。
【ドイツのエネルギー政策の失敗】
「脱炭素は噓だらけ」の著者で地球温暖化問題およびエネルギー政策を専門家の杉山大志氏は次のように述べます。『日本でも信奉者の多かったドイツの「エネルギーベンデ(エネルギー転換)政策」は、恐るべき“災厄”をもたらした。ドイツは「脱原子力」と「脱炭素」を同時に進め、再生可能エネルギーへ移行するとした。だが実際にはそれではエネルギーが足らず、ガス輸入をロシアのパイプラインに大きく依存することになった。この弱みを握ったプーチン大統領は、欧州は強い態度を取れないと読んでウクライナへ侵攻した』と。(2022.9.24キャノングローバル研究所より)
杉山大志氏のこのコメントが、メルケルのエネルギー政策の失敗を的確に指摘しているのではないでしょうか。
- ドイツの失政を他山の石に(むすび)
ドイツとロシアの関係は、日中、日露の関係に置き換えてみることが出来ます。経済安全保障政策、原発・脱炭素を中心とするエネルギー政策においてドイツの失政を他山の石として、緊張感をもってアジャイルに政策を実行していく必要があります。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。
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