時代小説「お幸と辰二郎」第3章 「それぞれの想い」
別れの朝のことです。
お幸が、寂しさを見せまいと必死にこらえるお吉と、どこか落ち着きなさげな辰二郎に言葉を掛けました。
「お吉さん、辰さん、本当に今までありがとうございました・・。またこの街に来た時は、必ず・・! 必ず・・・泣」
必死に寂しさを我慢していたお幸でしたが、とうとう大きな瞳からは大粒の涙がとめどもなく溢れてきてしまいました。
「なんだよぅ!お幸ちゃん♪ お幸ちゃんに泣かれちゃ、こっちまで涙が止まらなくなるじゃないか・・・泣」
お吉もお幸と抱き合いながら、別れを惜しんでいたのでした。
「そ、そのぅ、何だ! ま、又よ・・! こっちに来るときゃ、会えるってぇのによ! 二人して大袈裟ッてぇもんだ!」
辰二郎もいつもの陽気さを出そうとはしていましたが、寂しさを隠しきれていません。
「お幸ちゃん!達者でね! 座長さんをしっかり盛り立てるんだよ!」
「はい・・! 本当にありがとうございました・・・!」
残る未練を振り払い、お幸は真っ直ぐ前を向き、親しんだこの街を後にしたのでした。
それから1か月を掛けて、一座の辿った場所を訪ね歩き、ようやくお幸は合流することが出来たのです。
「座長! 本当に今までご心配をお掛けしました・・。」
「おぅおぅ!お幸! すっかり元気になって♪ さぞ大事にしてくれたんだね・・・泣」
座長も久しぶりに見る元気なお幸の姿を見て、ホッとした様子でした。
「お松姐さんも、これまで本当にありがとうございました♪」
「ひゃぁ!助かったよ♪ あの時ゃ・・あんな啖呵切っちまったけどね、もう・・いつ足がもげるかと思って生きた心地がしなかったよ・・・笑」
お松もおどけるように、お幸の戻りを喜んでおりました。
「さあさあ!今夜はお祝いだよ♪ みんな英気を養っておくれ♪」
一座が賑やかに自分の戻りを喜んでいることに、お幸は心の中で、自分に言い聞かせておりました。
『これで良い、これで良いんだ・・・。普通の家庭なんて・・、自分には勿体ない・・・』
その夜の事です。お幸は夢を見ておりました。
「お吉さん! 大根貰ったから、今夜は煮物にしましょ♪」
「そうだねぇ♪ じゃあ今日はお幸ちゃんに頼もうかね♪」
「なんでぃ! いつもでっけぇ大根ぶら下げているくせに、そんなに大根が珍しいか、ばばぁ笑」
「何を~! このすっとこどっこいが! そりゃ私の足のことを言ってるのかい!!」
「へっ! わかりゃいいんだ!わかりゃ!」
夢の中のお吉と辰二郎の掛け合いが愉快で、お幸は眠りながらも、二人に声を掛けていました。
「もう♪ 二人ともやめて♪ 辰さんも火を起こすの手伝って♪ フフフ・・・」
楽しそうな笑顔を浮かべ寝ているお幸の姿を、座長が複雑そうな表情を浮かべ、見つめておりました。
「お話って何ですか?座長♪」
翌日、復帰に向け必死に稽古に打ち込んでいるお幸を、座長は奥の座敷に呼び出しました。
「お幸・・、正直に話してごらんよ。お前・・、ひょっとして、あの親子のもとへ帰りたいんじゃないのかい・?」
唐突にそう言われたお幸は、一瞬戸惑いの表情を見せましたが、すぐに笑顔を取り戻し、こう言いました。
「いえ♪ 大丈夫です笑 だって、私が早く元の感覚を取り戻して公演に・・・」
「正直に言ってごらん!! あの親子、いや、あの辰二郎に惚れたんだろ・・・?」
座長は真っ直ぐお幸の瞳を見つめながら、諭すように声を掛けたのです。
「だ、だって、そんなこと・・泣 座長にこれ以上迷惑なんて…泣」
お幸は、今まで必死に堪えてきた辰二郎への想いが再び溢れ、畳へと突っ伏してしまいました。
「昨晩ね、お前の寝言を聞いちまったんだよ・・・。本当に!嬉しそうに寝ているお前を見て、私はピンと来たんだよ♪」
座長は優しくお幸の背中をさすりながら、言葉を続けました。
「お前が3歳の時、私はお前の親から預けられた時、こうお願いされたんだよ。『必ず!幸せにしてください!!』って」
「そりゃぁもう必死だった。だから、私はお前を実の子供のように、これまで育ててきた。」
「はい・・・、本当に大事に育ててくれました・・。だから!・・・」
お幸は泣きはらした目で、じっと座長を見つめていました。
「だから!私はずっと心に決めていたんだよ♪ この子に好きな人が出たら、迷うことなく!その人にお前を預けよう!って・・」
そう言うと、座長もぎゅっとお幸を抱きしめながら、涙が頬を伝うのでした。
「お前には普通の幸せを掴んで欲しいんだよ!・・」
「座長・・・泣 でも・・、座長は辰二郎さんの事・・・」
「ハハ・・、あのお吉さんが育てた息子だ。根は優しいに決まっているじゃないか♪」
「あ、ありがとう、ございます・・泣」
「しっかり胸を張って戻るんだよ♪ なにせうちの花形なんだから♪」
座長とお幸は、実の親子のようにお互いへの思いやりを感じさせながら、頷くのでした。
翌日、一座に事情を説明した座長は、旅支度をしたお幸の手に『支度金』を握らせ、こう言いました。
「くれぐれも!無理をするんじゃないよ♪ そしてどんなことがあっても、夫婦として仲良く過ごすんだよ!・・」
今まで手塩に掛けて育ててきた座長にとっては、実の娘のように思えたのでしょう。
「はい・・・泣、本当に!本当に!ありがとうございます・・。そして、みんなも・・!!」
一座全員が涙を浮かべ、お幸の門出を祝福してくれたのでした。
それから数週間後、見慣れた街の、見慣れた家の前に、お幸の姿はありました。
ガラガラ・・
奥の座敷には、見慣れた、久し振りに見る二人の姿が・・。
「た、ただいま・・・」
「お!お幸ちゃん!! お幸ちゃん!!泣」
飛び上がるように奥から飛び出してきたお吉は、お幸をしっかりと抱きしめるのでした。
幽霊でも見たかのような表情を浮かべた辰二郎は、気を取り直して、こう言ったのです。
「お、おう! やけに戻るのが早ぇじゃねぇか! さては・・!ばばぁの事が気になって戻ってきた口だな♪」
「何言ってんだよ!このバカ息子が!! こんな時くらい正直になれないもんかね!!」
涙でぐずぐずになりながら、お吉は辰二郎を睨みつけ、お幸を一層強く抱きしめるのでした。
「辰さん・・・、ただいま・・♪」
お幸が辰二郎の方へ向き直り、優しく言葉を掛けました。
「お、おう・・。なんでぇ、改まって・・・」
「ここに・・、いても・・、良い・・?」
「お、おう!、一ヶ月でも半年でも・・・」
「ずっと・・、ここに・・・、いても・・、良い?」
「ず!ずっと‥!? お、おう! そうすりゃばばぁの面倒も見なくて済むし、助かるってぇもんだ・・」
「本当に!この子は!! お幸ちゃん♪あんな馬鹿はほっといて、楽しく過ごそうじゃないかい♪」
「ウフフ♪ はい♪ そうします♪」
「何を~!! 女二人でバカにしやがって!! 勝手にしろってんだ!!」
ふてくされるように寝転がり、向こうを向く辰二郎でしたが、顔には嬉しさと安堵が浮かんでおりました。