Nonsection Radical

撮影と本の空間

生意気なジョシ

2017年08月04日 | Weblog
仕事先のダンシの多くが一緒に働くジョシ達に対して生意気だと感じているようで、またそれを口に出してもいる。
年寄りのsatoboとしては、ムスメに近い年頃のジョシはみんな可愛くどんな振る舞いも微笑ましく感じられるのだろうが、まだジョシに性的な意味合いを含めた評価をしがちな年代のダンシ達は自分の好みを基準に仕事仲間であっても見るのであろう。
そうなることで自然と”対異性”に対する考え方が現れてくるので興味深い。
意外と考えが”古い”んだよなぁ。
今時そんな考えではジョシはつき合ってくれないだろうと思えるような古風な価値観。
その前に他人に対しての正当な評価をせず、自分の鏡として他人を見ることが多いようだ。
ほとんどの人はたいしたことを何もせずに日々暮らしている。
それは悪いことではなく、そういうものなのだ。
そういうものなんだけど、なぜか他人が何かをすることが気にくわない。
まず「なんでそんなことしているのか?」と問いただし、そんなことをしてもしなくても一緒じゃないかと「何もしないススメ」を説き、そして何もしない事が悪いとでも言うのかと言いたげにくだらねぇと評する。
そういう環境の中で何かしているジョシは日々暮らしている。
何かしている奴は嫌い。ましてやそれがジョシならさらに・・・
そうやって生意気なジョシは作られていくようだ。
でもオジさんに言わせると、何かをするということは別に大したことでもなく、ただ好きでやっているだけで、そこに特別な評価や感情はいらないのではないのかと。
そして誰かの価値観に合わせた自分を取り繕うことなど必要ないし、それを求める方が無理なんじゃないのかと。
そういう職場だから、ダンシはひたすら仕事場に居続け、人間関係も仕事場で求め、価値観連合を作ろうとする。
一方ジョシは仕事が終わればそれぞれ自分のフィールドに帰って行き個人として生きている。
どちらに興味を抱くかといえば、ジョシ好きでもないsatoboではあるが(汗;)当然ジョシの方である。
で時々他のダンシがいない時に、それとなくどんなことをしているのか話したりしている。
その姿は好々爺であるのは言うまでもない。


立石1,8丁目の街並み
東京都葛飾区立石1,8丁目
撮影 2017年7月7日 金曜日 15時15分
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