スナの呪術で壁の外側に待機している者たちへ連絡が送られた。スナがフッ、フッとリズムよく外へ吹き出した砂は穴を潜り抜けると地面に文字となって映し出された。壁の外の歓声を聴くと、ナカトミ達は黒木の下へと移動してカエンを待った。上を見上げると黒木の触手がツタの壁の樹木に絡みつき、しっかりと抑え込んでいる。壁のツル・ツタはピクリとも動かない。その周辺の樹木に絡みついているツル・ツタの類は不気味にうごめいているのに麻酔を打たれたかのようだ。
その時、光虫が一匹飛んできた。カエンを案内していった光虫だ。皆が一斉に飛んできた方向に目をやると、それを追ってカエンとカンが現れた。二人はそれぞれその手に夜光杯を大事そうに持っている。
「よし行くぞ!」と小声で言ってモクは触手に触れないように黒木に近づいた。光虫を肩に止めたカエンとカンがその後に続いた。黒木の手前でモクがしゃがんだ。後を振り向いてカエンとカンに手で合図を送った。カエンとカンがモクの前に出て後ろを振り返った。同時にモクがうなずいた。
カエンの手からそっと光虫が2匹放たれた。
光虫はスーッと黒木の枝に止まり、黒木に何かをささやいているようだ。やがて一匹が戻って来てカエンの肩に止まりささやいた。カエンは軽くうなずくとそんきょのまま静かに黒木の根元へ近づいた。上を向いて黒木を覗くと、黒木はうっとりとしている。カエンは光虫に促されて、持ってきた夜光杯のヒジリ水を黒木の根元に注いだ。
すると、かすかに聞こえていた光虫のささやきが澄んだ歌声に変わった。それに呼応してカンが立ち上がって何やら呪文を唱え、自分の夜光杯のヒジリ水を今度は少し上の方から黒木に注いだ。
突然黒木の姿が変わった。触手がだらんと垂れ下がったかと思うといきなり黒い煙に包まれ、そこには一匹の大トカゲがいた。オオトカゲはツタの壁に掴まったまま、見る見るうちにしなびていった。光虫はそれを確かめると、そこを離れて編み込まれた壁の上に移った。それを見届けたカエンが立ちあがって、杜の奥に向かって大きく手を振った。すると奥の方から光虫が集団で飛んできたのだ。一帯が昼間のように明るい。そしてツタ壁のてっぺんにいる光虫に倣って、同じように横一列に止まった。すかさず、ナカトミ、スナ、ハクがいっせいにツタ壁に取り付いて登って行った。
3人は一番上に着くや、壁の上部にしっかりとしがみついた。既にツタやツルの類に動きはなく、簡単に払いのけることができるようだ。3人がいっせいに動き出した。どうやら光虫が止てる場所のループ状のツルの留輪をひとつずつ外しにかかったようだ。光虫の照明で壁の上部が明るいので作業がしやすく、下からもよく観察できた。カエンも脇の方から登ってきた。背丈ほどあるYの字の木を背負っている。光虫はいっせいにカエンの背負い木に移動して光度を落とした。その時、全部外れたのかツタ、ツルで編み込まれた厚い網の壁が静かに崩れ始めた。そこにはぽっかりと大きな穴が現れ、待たせてしまった皆の顔が揃っていた。
降りてきたナカトミは直ちにモクとハクを呼びよせた。
「直ちに門主さまの所に立ち戻り報告せよ。そして、大神木さまへの伝えごとを頂きお訪ねせよ。ヒジリ水と光虫を忘れるな。直ちに出発せよ」
「承知しました」 モクとハクはそこを離れた。
「ナカトミ殿! コヒトの皆さんご無事でしたか。よくやってくれました」
ぽっかりと空いた穴から真っ先に久地が入ってきた。
「久地のミコトさまお待たせしました。この杜は用心しなければなりません。ゆっくりと、まずはここまでお進みください」と言ってナカトミが他の者と共に今しがた開いた入り口を片付け、狭い狭いながらもスペースを確保した。
「全員がここを通過しなければサクナダリへは行けません。もちろんワルサへの道です。そのためには、これから隊が移動できるようにこの杜を開放しなければならないのです。只今、協力を仰ぐためモクとハクをこの杜の主大森木さまの所へ派遣しました」
「わかりました。飛、龍二、聞いての通りだ。ナカトミ殿の指示に従って道開きをする。スクナビの神とイトフ殿を呼んでくれ」
「承知しました」二人は一旦外へ出て呼びに行った。
久地はこの壁の内側を眺めて、改めて呆然とした。杜は、まだツタ・ツルがうごめき絡み合あっていた。吾らはここを無事に通過できるのだろうか。ツタ・ツルが密に張り巡らされている。まさにジャングルだ、
「コヒトの背丈だから動き回れた。我々は思うようには進めまい。騏驎や馬もおるし、アカタリや於爾加美毘売も車を何とか運び込むだろう。どうやって通すか・・」 歩きながらつぶやいた。
崩れ落ちた入口の前に少し開けた場所が作られた。そこにスクナビの神とイトフが集まった。
「やがてモクとハクがもどります。ここは吾らハヤカワ族の指示で行動してください。一気に駆け抜けるつもりです」ナカトミが自信をもってこう述べた。
「エッ!」まだ奥の方ではツタ・ツルがうごめき絡み合てる様を見て、二人の口から驚きの声が漏れた。
ナカトミはさらに続けた。
「この杜の主、大森木さまのところへ使いに出した二名がじきに戻ります。この森の番人の門主さまの伝えごとを、モクとハクが光虫に持たせて行っておりますのでご安心ください。大森木さまの縛りが解ければすぐに目覚めてワルサの術から解き放たれましょう。そうすれば大神木さまは復活されます。この杜を救うために自ら縛られたそうです。障害が除かれれば、杜を占拠している怪しげな植物を取り除く呪文はモクも得意とするところです。光虫と共に活躍するでしょう」
「よし、大森木の杜が復活だ。壁の外の隊に支度を整えるように指示を出してくれ。龍二、アカタリと於爾加美毘売、都賀里や於爾にも出発準備を伝えてくれ」
そこへ後方にいた本宮が前へと顔を出した。
「本宮、ようやく出発の算段が付きそうだ。ヤスラエや神たち他の者にも、ここを一気に突っ走りワルサへ向かうと伝えてくれ」
「そうか、わかった。算段はできている」本宮は神たちの居る方へ手を挙げながら引き返していった。
杜の奥がほんのり明るくなった。明るさはだんだんと、こちらへ近づいて来る。モクとハクが光虫の一団を伴って、というより光虫の一団に囲てる格好だった。二人が持っているY字型木の枝のようなものにも光虫がびっしりと止まっていた。
モクとハクから報告をうけると、ナカトミはすぐさま久地の所に伝えにやってきた。
久地はうなずくとスクナビの神とイトフに向かって
「この大森木の杜の主、大森木殿がワルサたちの縛りが解け目を覚まされた。モク殿や光虫が道筋を聴いてきたので出発する。この杜を出て一気に駆ける」
そこへ飛がアカタリと於爾加美毘売、都賀里や於爾と共に入ってきた。壁の外にも遠征隊はすべて終結したと龍二も顔を出した。
「本宮、こっちへ来てくれアカタリ殿も間に合った。早速説明してくれ」
「承知した。ナカトミ殿が探索している間に吾らはこの周辺とここまで来た道程での情報収集をまとめた。戻られたアカタリ殿どのと於爾加美毘売も今しがた情報を提供してくれた。それによるとワルサたちは、吾らが近づいていることを察知して守りについたのか、キリマ山に籠ったようだ。本拠地の要塞に結集したはずだ。そこでイトフどの、手はず通り吾らはここで戦闘態勢に入る」
「承知した。ナルト、イシ行くぞ」イトフは足早にそこを離れた。
入れ違いに耶須良衣と美美長が馬を引いてやってきた。
「耶須良衣と美美長殿、直ちに車両・戦闘車の点検、物資の配分の指揮を執ってくれ。それからアカタリ殿と於爾加美毘売に荷を預けて身軽になってここへ集合だ。迎えに行った於爾と都賀理が同行して、手伝う手はずで待機している。」
「承知した」
「それではスクナビの神、車両と戦闘車が整い次第出発いたそう」本宮がスクナビの神と久地に合図した。
「吾らも一旦外に出て準備だ。持ち場につけ!」
少し広げた杜の入り口に於爾と都賀理が戦闘車で登場した。それぞれの後ろには二人のコヒトが同乗している。その後ろに耶須良衣と美美長も馬を引いて入ってきた。その後ろにもう2台戦闘車、クエビの神、本宮が乗っている。コヒトが森に入っている間、机上訓練とシミュレーションができたと言っていた。かなり時間稼ぎができたようだ。
本宮が戦闘車を降りて前にやってきた。
「ナカトミ殿打ち合わせ通りモク殿を於爾の戦闘車に、後ろの都賀里の戦闘車にはカン殿をお願いする。ナカトミ殿とカエン殿、スナ殿、ハク殿はアカタリ殿の車に同乗してくだされ」
「承知しました」
「於爾、都賀里を道開きの先駆けとする。次がクエビの神と私の戦闘車だ。その後に天駈けの騏驎、次に耶須良衣と美美長で突破する。その後ろからイトフ殿の本隊がアカタリ殿の車両隊を従えて続く。各々方よろしいかな」
「心得た!」!
ここから先がどうなっているのかナカトミ達コヒトにもわからなかった。唯一ナカトミがコヒトの長老から聞いたことと、この地の土地勘に優れていることが頼りであった。
先頭の於爾の戦闘車の後ろにモクが、都賀里の戦闘車にはカンが起ちあがった。
「於爾、都賀里、出発だ!」久地が叫んだ。
「モク殿、しっかり掴まっててくだされ」
於爾が一鞭当てて飛び出した。
それに都賀里が続いた。
順次戦闘車が出発した。その後を追うように天駈け5頭と耶須良衣、美美長が続いた。
先頭のモクが光虫の止まっているY字のヤドロギを高く掲げた。するとどうだ、周囲の不穏なツル・ツタの類はいっせいに左右に散った。逃げるように絡みつくのを放棄して、われ先に地面に伏せた。光虫の光が届くところは道幅が広がった。気持ち良いようにツル・ツタは左右に崩れ落ちる。と同時に今まで押さえつけられていた樹木が伸びをするように自分たちの枝を広げいく。
杜に少しずつ光が差し込み、緑がよみがえり明るくなってきた。
空が見えてきたところで、久地の天駈けがふわっと空中に浮いたかと思うと空に向かって飛び出した。タニグの神や飛びたちもそれに続いた。
つづく
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(神気浴記と冒険譚の初期のバックナンバーは、こちらのブログー1にあります。ただし、こちらは現在稼働しておりません)
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