アサダに告知など。
この自分が告知など。
残された日々をアサダとの仲を崩れてしまうことを恐れた。
アサダを傷つけることをしてしまう。その役目をどうして出来よう。残された日々、笑うこと、笑いあうことが出来なくなることを恐れた。
尼さんは自分の思いをただ受け容れてくれた。
それからも、アサダの父親には何度か告知を静かに勧めた。
母親にも勧めた。母親も父親と同じ考えだった。アサダが知りたいと聞いてきたら教えると。
アサダの優しい性格上、聞ける訳はなかった。心配をかけることを彼は避けて一人我慢に我慢を重ね、最後までいた。
ある日、こんなことがあった。
アサダの会社の上司でいつもアサダがお世話になっている二人がきた。
「Tetsuアニィ、・・さんに無礼がないように」そう言った。
「バカだな、兄さんだって大人だから、そんなことするか」自分は笑いながら答えた。
上司の一人が「調子はどう?」そう聞くと、アサダは指を一本上に上げ、「良くなっていますよ」そう答えた。
それを見た瞬間、涙が溢れそうになった。アサダの前では泣かないことを決めていた。泣くことなんか出来る訳はない。自分の涙がアサダを弱くさせてしまうと勝手に考えていた。必死に堪えた。しかし、目は潤んでいた。もう少しでこぼれそうになっていた。
アサダはその朝、自分がどこにいるかすら分からない状態だったのに。
それなのに、どうして、どうして、そんなに気を使うの。
もう歩くことすら出来ないその身体で、薬の副作用で膨れ上がったその顔に笑みを浮かべて、麻痺が出ている不自由なその手で、どうして・・・。
それがアサダのなかの神さまだったのか。
アサダが天使だったのか。
今でも良く分からない。しかし、アサダの優しさは輝いていた。目が眩むほどに。
アサダが亡くなった日は多くの友達が病院に集まった。
自分は泣くことを忘れ、静かにいた。そして、アサダの死を惜しみ、それを分かち合うようにみんなと抱き合った。
病院の霊安室で酒を飲んだ。
アサダが好きだった映画のノックオン ザ ヘブンス ドアのワンシーンを思い、テキーラを買ってきてもらい、がぶ飲みした。その場で自分は酔いつぶれた。そして、友達に家まで送ってもらった。
自分はアサダが死んでいくなか、ずっと告知を出来なかった父親、医者をずっと責めていた。アサダが亡くなってからも、心のどこかではずっと責めていた。
しかし、アサダが亡くなってから五年目が経った頃から、責めることをやめた。責めることはなくなった。
それは何よりも自分も彼らと同じく、告知を避けたからだ。告知する勇気がなかったことをほんとうに認めた。認めることが出来た。
尼さんに言われたことは自分が勇気があれば可能なことであった。
アサダの父親に頼めば、きっとそのときにその役目を自分に与えてくれただろう。その信頼感は確かにあった。
自分はただアサダを信じきることが出来なかった。告知をしたことでアサダが自分を恨むだろうか、いや、恨まない。自分を嫌うだろうか、いや、嫌わない。勝手に変わっていたのはこの自分だった。
ほんとうの気持ちを言い合うこと、分かち合うこともせずにいてしまった。短く残された貴重なその時間のなかで。
ほんとうに大切な友達、弟のようだったアサダの最後のときを、自分は自分の勇気のなさを誤魔化し、言い訳をし、罪を人に擦り付けていたその弱さ、汚さ、醜さを何年もの間、気付かずにいた。いや、気付かないようにしてきてしまった。ほんとうに愚かだった。
それを告解するようにやっと人に言えるようになった。やっと何かがこの身体と心に馴染んできたような感覚になってきた。
{つづく}
この自分が告知など。
残された日々をアサダとの仲を崩れてしまうことを恐れた。
アサダを傷つけることをしてしまう。その役目をどうして出来よう。残された日々、笑うこと、笑いあうことが出来なくなることを恐れた。
尼さんは自分の思いをただ受け容れてくれた。
それからも、アサダの父親には何度か告知を静かに勧めた。
母親にも勧めた。母親も父親と同じ考えだった。アサダが知りたいと聞いてきたら教えると。
アサダの優しい性格上、聞ける訳はなかった。心配をかけることを彼は避けて一人我慢に我慢を重ね、最後までいた。
ある日、こんなことがあった。
アサダの会社の上司でいつもアサダがお世話になっている二人がきた。
「Tetsuアニィ、・・さんに無礼がないように」そう言った。
「バカだな、兄さんだって大人だから、そんなことするか」自分は笑いながら答えた。
上司の一人が「調子はどう?」そう聞くと、アサダは指を一本上に上げ、「良くなっていますよ」そう答えた。
それを見た瞬間、涙が溢れそうになった。アサダの前では泣かないことを決めていた。泣くことなんか出来る訳はない。自分の涙がアサダを弱くさせてしまうと勝手に考えていた。必死に堪えた。しかし、目は潤んでいた。もう少しでこぼれそうになっていた。
アサダはその朝、自分がどこにいるかすら分からない状態だったのに。
それなのに、どうして、どうして、そんなに気を使うの。
もう歩くことすら出来ないその身体で、薬の副作用で膨れ上がったその顔に笑みを浮かべて、麻痺が出ている不自由なその手で、どうして・・・。
それがアサダのなかの神さまだったのか。
アサダが天使だったのか。
今でも良く分からない。しかし、アサダの優しさは輝いていた。目が眩むほどに。
アサダが亡くなった日は多くの友達が病院に集まった。
自分は泣くことを忘れ、静かにいた。そして、アサダの死を惜しみ、それを分かち合うようにみんなと抱き合った。
病院の霊安室で酒を飲んだ。
アサダが好きだった映画のノックオン ザ ヘブンス ドアのワンシーンを思い、テキーラを買ってきてもらい、がぶ飲みした。その場で自分は酔いつぶれた。そして、友達に家まで送ってもらった。
自分はアサダが死んでいくなか、ずっと告知を出来なかった父親、医者をずっと責めていた。アサダが亡くなってからも、心のどこかではずっと責めていた。
しかし、アサダが亡くなってから五年目が経った頃から、責めることをやめた。責めることはなくなった。
それは何よりも自分も彼らと同じく、告知を避けたからだ。告知する勇気がなかったことをほんとうに認めた。認めることが出来た。
尼さんに言われたことは自分が勇気があれば可能なことであった。
アサダの父親に頼めば、きっとそのときにその役目を自分に与えてくれただろう。その信頼感は確かにあった。
自分はただアサダを信じきることが出来なかった。告知をしたことでアサダが自分を恨むだろうか、いや、恨まない。自分を嫌うだろうか、いや、嫌わない。勝手に変わっていたのはこの自分だった。
ほんとうの気持ちを言い合うこと、分かち合うこともせずにいてしまった。短く残された貴重なその時間のなかで。
ほんとうに大切な友達、弟のようだったアサダの最後のときを、自分は自分の勇気のなさを誤魔化し、言い訳をし、罪を人に擦り付けていたその弱さ、汚さ、醜さを何年もの間、気付かずにいた。いや、気付かないようにしてきてしまった。ほんとうに愚かだった。
それを告解するようにやっと人に言えるようになった。やっと何かがこの身体と心に馴染んできたような感覚になってきた。
{つづく}