菊正を飲むとすぐに和田さんの顔は赤くなり、遠藤氏の作品の出会いは教科書に「沈黙」が出ていたと話し出す。
岡さんは私が「遠藤氏のお墓参りに行かない?」とメールした時にちょうど岡さんに貸していた「夫の宿題」のお墓のところの読んでいたと不思議な繋がりを話す。
私は遠藤氏の知らないであろうとマザーのことを語り、私たちもマザーが大好きなことを伝え、「深い河・創作日記」に出てくる自分は大好きな作家先生の最後を教えたり、またその家庭がどれほどあたたかな素晴らしい家庭であることを伝え、またそのお孫さんも山谷のMCにも連れて行ったことを話した。
そして、大好きな作家先生の奥さまが遠藤氏の一つ上の先輩であり、遠藤氏の影響を受けて洗礼を受けた安岡氏、そう、あなたが「深い河・創作日記」のなかに手紙を載せている彼の娘さんに奥さまは私が奥さまにあげたカルカッタのマザーハウスからのメダイを渡したことも伝えた。
遠藤氏が身体が丈夫でもっと長生きしてくれていたら、もしかしたら、山谷かカルカッタで会えたかもしれない、そんな妄想めいた話しをしては行き過ぎなことに気が付き、「先生、すいません。生意気なことを申しまして」お墓に向かって謝ったりもした。
順子氏の「夫の宿題」にもあったが遠藤氏は身体が丈夫であれば、ほんとうは「深い河」に出てくる大津のように働きたかったであろうことを知っていたのでそんな妄想をした。
ここでも分かるように奉仕できることはその人自身の希望・生きる糧・神さまの対話でもあるのだ、したくても出来ない人の思いも背負い、可能な限り丁寧にこうした繋がりを感じながら、この身体を有り難く動かして生きたいと思わずにはいられない。
井深八重さんの話もした。
あなたが小説に森田ミツを書いてくれなければ、私は「母にもまさる母」である八重さんのことも知らなかった。
今は八重さんに実際に会ったことのあるクリストロア会のシスターからも八重さんの話しを聞くことが出来、見えないもので繋がるその環を大きくしていってくれている。
あなたにしてみれば、これはすべてイエスの復活であると言われるだろう。
私もそう思う。
私たちのなかの神さまが生き、そうしたお計らいをしているのだと言う感覚を私も感じている。
お墓の横を廃品回収の車が通る、スピーカーから聞こえる音は「深い河」の焼き芋のそれのように聞こえた。
紙コップの菊正はどんどんなくなっていく。
岡さんは裂きイカを遠藤氏の墓石の前、菊正の紙コップの隣にそのまま置き、「沖縄みたい」と言う。
それは死者と私たちの間には何もないかの如く、死者は生きてそこにいるか如く、身近に接している沖縄の感覚のようであるその場に合った言葉だった。
遠藤氏には短い間だが酒盛りのようになり、生意気なことばかりを語り、申し訳なかったかもしれないが、あなたを今もこれからも敬愛している者たちであることゆえに許してもらいたい。
不思議なくらい楽しい会話をしていたので、あっと言う間に辺りの夕陽はかげり、灰色のマントが静かに私たちを覆っていた。
500ミリのパックの菊正も空になり、最後に遠藤氏にお供えした紙コップに入った菊正を三人で割り、それを一気に飲み干した。
「ダバダ~ダ~ダ~ダバダ~・・・」と私は口ずさみ、備えてあった缶コーヒーを見て、「やっぱり違いが分かる男はネスカフェでしょ」と言うと二人とも笑った。
「それでも、遠藤氏はコーヒー好きだったから、このコーヒーも良いでしょ」
違いの分かる男での死者の月「ありがとう」のささやかな酒盛りだった。