新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。

クラゲの炎

2024-08-04 14:20:00 | Short Short

ねえ、空にクラゲが泳いでいくの。
脹らんではしぼんで、すーいすーいと空を行く。
そのクラゲはあたし。自由にどこまでも高く泳いでいくの。
そういうの、いいと思わない?

あたしが踊るのは楽しいから。踊りがあたしを求めているの。だから踊らずにはいられない。
それが最近、なんだか知らないけど悲哀の眼であたしを見ている男がいてさ、劇場の隅で、まるであたしの胸の内を自分は分かってるんだよ、なんてな顔で、今にも手を差し伸べそうで、あたしは困る。

だってあたしは空を行くクラゲだもの。
鳥じゃなくてクラゲなの。わかる?
そこが肝心。
あたしはね、当たり前を壊したいの。だからクラゲ。ほら、柔らかくて自由な感じでしょ。透明できれいだし。

でね、クラゲになってどこまでも昇って行って、どこまでも自由に踊るの。
大抵のお客たちが見ているあたしは、ちょっと象徴的過ぎて、それはそれで困るんだけど、ま、楽しいならそれもOKかな。
でもあの人はさ、自分の闇をあたしに投影してる。それがちょっと、うーん、困るっていうか、そう、心配かな。

あたしはね、星を見たいんじゃない。あたしが星なの。
たとえ嵐が航路を絶とうと、闇があたしを包もうと、あたしの内側の炎がすべてを照らしてその道筋を示してくれる。
でしょ?
鏡の中の自分と目が合って、あたしたちは同時に笑う。

楽屋の扉がノックと共に開き、支配人が「そろそろお願いね」と呼びにくる。
「彼、いるわよ」
「ふうん、どんな感じ?」
「いつも通り。ひとり隅っこであんたのこと待ってる。知り合いなの?」
「知らない」
「気をつけなさいよ」
「大丈夫よ。ありがと」

舞台の光を浴びて今夜も踊る。色んな色になって、空に昇って自由に踊る。
汗が散る。髪が乱れる。どうでもいい。手足を伸ばして舞台を飛んだ。
みんながあたしに熱狂する。あたしは踊りに熱狂する。
すーいすーい。どこまで昇れた?
あたしの炎が、いつか彼にも届くといいな。

脹らんだりしぼんだり、すーいすーいと空を行く。
あたしは炎を燃やして地上を照らす。
もっと自由に、もっと高く、数多の光を降らせるの。