Mのミステリー研究所

古今東西の面白いミステリーを紹介します。
まだ読んでいないアナタにとっておきの一冊をご紹介。

「オーダーメイド殺人クラブ」辻村深月のミステリ

2018-07-03 10:09:29 | ミステリ小説

                

辻村深月さんは好きな作家のひとりです

この方と宮部みゆきさんは沢山居られる女流作家のなかでも自分のなかではベストな作家さんです

桐野夏生さんなどはちょっと硬質な作風で それはそれで好きですが

この本は思春期にいる女子中学生が主人公です この年ごろは男も女も身体と精神のアンバランスさで

いろいろと悩むものですが 主人公の小林アンという少女もクラスの中では少し異質です

女子の心理など男には理解できない部分が多いと思いますが「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」では

男であればとてもじゃないが面倒くせーと思う女性特有の心理や平然と毒を吐きながら他者との折り合いをつけるような

女同士のどろどろした世界を徹底的に描かれていました あれを読んだときはホントに女は怖いと思いました

この主人公の小林アンも感受性が豊かである分こころに闇を抱えています

そういった部分の心の動きなどはとても丁寧に的確に描写します

真っ直ぐであるが故に両親を含む大人たちやその社会を嫌悪しています そして自分のいるクラスも

大人の社会とまったく同じコピーであると考えます 王国を築くもの それになびくもの 従わせるもの

アンは目立たす゛ 周りを遮断して 静かに溶け込んでいます  一人同じクラスの男子がアンと同じく

周りに流されずひっそりと溶け込んでいることに気付きます 頭は良さそうなところを見せるのにテストは何故か

平凡な点を取っていることに 何か隠している アンはそう考えます ある日その彼が河川敷にいるのを見ます

足で何かをしています 見られていることに気付かずやがて立ち去りました アンはその場所に行きます

草むらの中にスーパーのビニール袋があります 少し血のようなものが見えました さっき彼が足で蹴っていたように見えたものは

このビニール袋でしょう 持ってみると小さな動物が入っているようなグニャリとした重さでした

このことがきっかけで彼と話すようになります 私を殺して欲しい 少年Aになってくれと話します

自殺をしても三日も騒がれてひと月もすれば完全に忘れ去られるのがアンは我慢できないと言います

彼はいいよと言います 少年Aになってやろう ただしその時になって冗談だった止めてというのは絶対なしだと言います

アンはもちろんと云います こうして彼はアンのオーダーメイドの殺人者となります

ちょっとブラックな内容の物語です 思春期にいる女の子の揺れ動く想い 周りを拒否し 自分は消える それが自分にとって一番良いこと

これが辻村深月の切り口でみせる青春小説でしょう  男には世の女性を理解するためにも少しは手助けになるかも知れない本だと思います

そしてたまにはこのような本を読んで自らの毒を吐き出しておくのも良いかも知れません





                                                 
                                                                      
          

『そしてミランダを殺す』ピーター・スワンソンのミステリ

2018-07-01 09:23:02 | ミステリ小説


                 

ヒースロー空港のバーで離陸までの時間を潰すテッド

隣に見知らぬ若い女が座った テッドに「こんにちは」と声をかけその素敵な飲み物は何と聞いた

家の近所のバーでこんな女が隣に座って飲み物のチョイスを褒めてくれたら 男は人生が変わろうとしているぞと思うものだ

でも空港のバーではルールが違う こっちは妻の一件で相変わらずむかむかしていて それどころじゃなかった

このような出だしで物語は始まります 出発時間が二時間遅れとなりその時間まで二人は飲みながら話しを続けます

テッドは酔いもあり一週間前に妻の浮気を知った 殺してやりたいなどと喋ります 女は面白いわねと言います

テッドは30代後半のIT長者という身分で今世においてはもう働く必要のない資産を持っている男です

自分の名前はテッドとしか教えなかったし もう相手の名前は忘れているうえ一生の間に彼女にまた会う可能性はほとんどない

そんな赤の他人と話をし飲んでいるのは心地良かった ただ想いを口にするだけで怒りの一部は消えていくような気がした

女は言います 「それであなたはどうするつもり」 「僕の本当の望みは妻を殺すことだよ」 「そうすべきだと思う」彼女は言った 


章ごとに一人の人物の視点で物語が進みます  しかし何となく展開の予想がつくのは第一部までです

第二部からは予想外の展開となります そして刑事の視点で進む章が入る第三部  これほどの面白さとは読む前には思いもしませんでした

最近読んだ本の中では一番の面白さです 無理が無くとても素直に物語に入り込んでいける文章の上手さ 人物への感情移入のしやすさ

そして予想を裏切る展開が続く面白さ 小道具の使い方 ミステリの要素をしっかりと詰め込んだ犯罪小説です

あまり話題になっていなさそうですから これが本当の掘り出し物です 本といっても趣味嗜好品です でも同じアンテナを持っている

人であればきっと満足して貰える筈と確信します

スリリングでエキサイティングなこのストーリー タブーを破ってちょっとだけネタばらし

あの映画「太陽がいっぱい」のラストシーンのような結末が待っています(笑)


                                                          

「さむけ」 ロス・マクドナルドのミステリ

2018-06-28 09:10:59 | ミステリ小説


   

ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーと並んでハードボイルド小説の御三家と言われている

ロス・マクドナルドの「さむけ」は私立探偵リュウ・アーチャーを主人公にしたものの12作目にあたる作品です

そのせいか主人公の私立探偵リュウ・アーチャーについてはこれといった記述がないので

彼自身、どういった人物なのか読んでいてイマイチ分かりません

人物像がハッキリしないので感情移入が少し難しく思うことはあります

でもこの作品は中身はミステリそのもので、複雑な人間関係を解きほぐしていき事件の真相に迫るリュウ・アーチャーの動きが

丹念に描かれています  しかし、彼の動きはハッと天才的な閃きで事件を追うのではなくコツコツと足で情報を集める地味な捜査です

これは他の作品もそうですが、クイーンやクリスティのような本格物とは違いますから当然とも言えます

新婚旅行の二日目から妻がいなくなった青年から妻を探し出すように依頼されます


風変わりな依頼で動き出す私立探偵リュウ・アーチャー  物語の出だしとして掴みはOKと言ったところです

登場人物も多く複雑な相関図になるので多少まごつくかも知れません

でもいろいろな人物に会って話を聞いて回る彼の動きを追っていく展開は同時に読んでいる読者とも情報を共有しているということです

話しの中にウソは無いか真実を語っているか見極める必要があります

こういった展開はミステリそのものです        派手な格闘シーンも無いのでじっくりと彼の動きを追っていく様子だけとなります

でもだからと言って退屈になるといったことはありません    過去に揉み消された事件や現在に起こった殺人事件が繋がっていく様子が

とても上手く描かれています   複雑な人物の心理と動きが丁寧に書かれています  衝撃を受けた女性の心の傷が精神的圧迫となり混乱するなど

人間の心理面なども精神科医の言葉で説明されるなどしているところがこの時代の本としてちょっと驚きでした

レイモンド・チャンドラーのあの味とは違いますがこの本自体は良く出来たミステリとして楽しめる一冊です

                                                    


「殺人犯はそこにいる」ノンフィクションの迫力

2018-06-17 08:19:47 | ミステリ小説

     


これは実際の事件を追ったノンフィクションです。

著者は清水 潔 東京生まれのジャーナリスト。 新潮社「FOCUS」編集部を経て日本テレビ報道局記者・解説委員。

群馬と栃木の県境、半径10キロという狭い範囲で起きた5人の少女の行方不明事件。

始まりはちょっとしたきっかけだった。

しかし、調べ始めていくと一つの違和感に襲われる。 その時は足利で起きた事件は解決済みだった。

他の事件は未解決。 そして別個の単独の事件として各々の警察署が捜査にあたっていた。

著者は違うのではないかと思い始める。群馬、栃木の県境たかだか10キロの範囲で17年の間に5人の幼女が連れ去られ殺害されている。

これは『連続幼女誘拐殺人事件』じゃないのかと。

そうなると足利で起きた事件は犯人が捕まり終わっているのはどうなる?

著者はここから始める。

収監されている犯人に会い話を聞く。 世の中にある冤罪事件のほとんどは密室での取り調べという状況と、法律の事は無知であり

気の弱い人間ほど精神的に参ってしまうということがあります。そのためやってもいないことを自白するという結果になります。

もちろん自白だけで裁判を闘うことは出来ませんので検察側も起訴出来るだけの材料は用意します。

その一つがDNA鑑定です。 このころはDNA鑑定も証拠と足りうる科学的根拠があるということで裁判で採用されていたころです。

結果を言うとこの犯人は無実でした。裁判で無実を勝ち取り釈放されました。著者の活動があったからともいえます。

さて、これで『連続幼女誘拐殺人事件』の図式が出来ました。

各事件を著者は丹念に取材します。迷惑がられたり無視されたりしながら一つひとつ目撃情報を検証していきます。

いろいろある目撃情報も警察の捜査の方向で取り上げられたり捨てられたりします。

ミステリ小説でよくある、警察の捜査方針にあった証言だけを採用して他の証言は黙殺する、そういうことは実際の捜査の中でも行われるんです。

著者は地道な取材の中でこれまで取り上げられなかった証言や新しい証言を捜査機関の幹部などに提供します。

しかし、良い感触を得るところまでは行きますがダメになります。

一人の人物による連続した事件であるといくら訴えても警察は動きません。一つは群馬と栃木で起きた事件だからです。

捜査する県警、警察署の管轄が違います。

驚くのは著者のチームが独自の取材の中で真犯人に迫ることです。

断っておきます。 これは実際に起きた事件を追ったノンフィクションです。

著者はあの桶川ストーカー事件も取材し警察の対応に問題提起しています。

ひとつの現実としてこの本に目を通しておくのも良いかもしれません。

                                             

「ロング・グッドバイ」私立探偵フィリップ・マーロウ

2018-06-16 09:02:01 | ミステリ小説


      

 1958年に清水俊二氏の翻訳で「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」として刊行された「長いお別れ」

チャンドラーがフィリップ・マーロウを主人公にした長編小説を書きあげたのは七冊で

「ロング・グッドバイ(長いお別れ)」は1953年に六冊目として書かれた

ここに上げた本は村上春樹による翻訳で2007年早川書房より刊行された単行本の軽装版です

訳者あとがき、として凖古典小説としての「ロング・グッドバイ」の評論がありますが、このレイモンド・チャンドラーに関しての

アレコレはとても興味深い一文ですから一読をお勧めします

ある意味では彼のお説のとおりだった。テリー・レノックスは私にたっぷりと迷惑をかけてくれた。しかし、

考えてみれば面倒を引き受けるのが私の飯のたねではないか。

「最後に彼に会ったのはいつで、場所はどこだ」私はエンドテーブルの上のパイプを手に取り、煙草を詰めた。

グリーンは身を乗り出してじっと私を見ていた。背の高い若者はずっと後ろの方に腰掛け、赤い縁のついたメモ帳にボールペンを向けていた。

「そこで私が『いったい何があったんだ?』と尋ね、君たちは『質問するのは我々だ』と言うんだろうね」

「分かってもらえると話が早い」

「彼が警察を動かしている訳じゃないぜ」とグリーンが言った。

「本人もそう言っていたよ。市警本部長や地方検事を買収してもいないそうだ。きっと彼が居眠りしている時に、相手の方から膝に上がり込むんだろうな」

「ほざいてろ」とグリーンは言って、私の耳の中でがちゃんと電話を切った。

何をするでもなく、ただ静かに待っていた。バニー・オールズから電話がかかって来たのは九時だった。

すぐこちらに来てくれと彼は言った。途中で寄り道して花を摘んだりするなよ、と念を押された。

「私はロマンティックなんだよ、バーニー。夜中に誰かが泣く声が聞こえると、いったい何だろうと足を運んでみる。そんなことをしたって一文にもならない。

常識を備えた人間なら、窓を閉めてテレビの音量をあげる。あるいはアクセルを踏み込んで、さっさとどこか遠くに行ってしまう。

他人のトラブルには関わり合わないようにつとめる。関わりなんか持ったら、つまらないとばっちりを食うだけだからね。

最後にテリー・レノックスにあったとき、我々は私が作ったコーヒーをうちで一緒に飲み、煙草を吸った。そして彼が死んだことを知ったとき、

私はキッチンに行ってコーヒーを作り、彼のためにカップに注いでやった。そして彼のために煙草を一本つけてやった。コーヒーが冷めて、

煙草が燃え尽きたとき、私は彼におやすみを言った。そんなことをやっても一文にもならない。君ならそんなことはしないだろう。

だから君は優秀な警官であり、私はしがない私立探偵なんだ。

「名前を言えよ。どこの誰だ?」

「マーロウというものだ」

「どのマーロウだ?」

「君はチック・アゴスティーノか?」

「いや、チックじゃない。合言葉を言ってみろ」

「顔を火で焙ってきやがれ」

相手はくすくす笑った。「このまま待ってろ」

フランス人はこのような場にふさわしいひと言を持っている。フランス人というのはいかなる時も場にふさわしいひと言を持っており、

どれもがうまくつぼにはまる。

さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。



                           


                                



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