Mのミステリー研究所

古今東西の面白いミステリーを紹介します。
まだ読んでいないアナタにとっておきの一冊をご紹介。

「冷血」人間の怖さを描く

2014-02-22 17:22:50 | ミステリ小説
高村薫著「冷血」。あのカポーティの「冷血」と同じタイトルを敢えて使ったこの本ですが、内容はかなりの力作だと思います。
ケータイの求人サイトに書き込み出会った二人。トダヨシオとイノウエカツミ。金に困っていたわけでもないのに郵便局のATMを襲ったり、コンビニで強盗を働いたりして16号線を行ったり来たり。やがて北区
赤羽に辿り着き歯医者一家が住む一軒の家に目をつけます。上巻のほぼ半分が二人の行動の描写に当てられています。その筆力の確かさが圧倒的な迫力でこちらの意識の中に入り込みます。
ノンフィクションに近い体裁で語られる事件の様子。そして後半の警察の捜査のリアルな描写。組織としての人員配置と動き。殺人事件の捜査の在り方。点と線を繋げて全体像を作り上げていく
地道な作業。これらがまた緻密に描かれています。なぜ二人は一家四人を殺害したのか。警察の必死の捜査と、生まれも育った環境も違う二人の犯行。二人の内面には何があるのか。
そういったところが説得力ある文章で書き込まれています。下巻の方は特4の合田係長が調書を読む形で描かれ、なぜ単なる空き巣狙いでいた二人が一家四人を殺害
しなければならなかったのか、取調べでの二人の言葉でもハッキリとしない理由に困惑する捜査陣の様子などが描かれています。
こういった犯罪をテーマにしたノンフィクション作では、佐木隆三の「復讐するは我にあり」や西村望の「丑三つの村」とか傑作があり、また宮部みゆきの「火車」なども大変面白い作品です。
人間の心の闇を描くのは作家には避けて通れない部分なんでしょう。この本はミステリとは違いますが、間違いなく読み応えのある本といえます。


「ワイルド・ソウル」その圧倒的なストーリー

2014-02-11 12:40:32 | ミステリ小説
1892年ブラジル政府が日本人移民の受け入れを表明。1895年日伯修好通商航海条約締結。1908年正式移民開始(笠戸丸移民)
まず歴史上このような事実があります。この事実をバックに書かれた物語ですが、その内容とは移民として渡った先は地獄のようで仲間は次々と死に、日本に帰ろうともその手段もなく
すべてを投げ打ってブラジルに渡っている身であり、金銭的にもどうにもならない状況で、日本大使館までは遙かに遠く未開のジャングルからはとても辿り着けないところにあった。
かろうじて生き延びた主人公が捨て犬のような生活から身を起こし、勝手の仲間の息子たちと日本政府に復讐を企てる、そんなストーリーです。
第一章のアマゾンでの暮らしと放浪、棄民としての生活の悲惨さが圧倒的な筆力で描かれています。国家によって人生を狂わされた男達の復讐とは、あくまでも日本政府と外務省に当事の過ちを
認めさせる言質を取ることであり、誰も殺さず傷付けもしない。綿密な計画と実行。警察やマスコミとの攻防など絡ませて、ひとりのニュースキャスターとの出会いや人間同士の触れ合いなどを軸に
後半のストーリーとラストの余韻あるエピローグまで一気に読ませる作者の筆力には圧倒されます。
ミステリではないのですがエンターティメントとしてこの上ない面白さを実感する読み物です。

愚者のエンドロール

2014-02-11 11:33:43 | ミステリ小説
映画にもなった「インシテミル」で名前が知られた米澤穂信の作品で、古典部シリーズのなかの一冊です。ジャンルで言えば青春ミステリのカテゴリですが中身はけっこう本格的なのが特徴といえます。
文化祭に出展するクラス製作の自主映画が未完成のまま終わっていた。廃屋の鍵の掛かった密室で腕を切り落とされた少年が死んでいたが、犯人もその方法も明らかになっていない。
2年F組クラスの女王とあだ名される女子生徒から結末を調べるように依頼された古典部の面々。折木奉太郎は女王こと入須冬実からその能力を買われ犯人探しの探偵役を依頼される。
「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなくてはいけないことなら手短に」が身上のホータロウはオブザーバー役を引き受け、クラスの映画関係者でミステリマニア三人の推理を聞き
検証していくことになる。このスタイルはアントニー・バークリーの「毒入りチョコレート事件」が有名ですが、この作品も同作品へのオマージュとして書かれています。ひとつの事象に対して何人かがそれぞれの推理を披露する、

この形を初めて表わしたのがバークリーの「毒入りチョコレート事件」です。西澤保彦の「聯愁殺」にもこの試みが使われていますがこちらはメタミステリの傑作として知られています。
三人の推理を検証したホータロウですがそれぞれの盲点を指摘して却下し、結局自身で犯人探しに挑むことになる。 このようなストーリーですが、古典部という良く解からない部活動の面々のキャラクターが
とても良く出来ていて、それでいて高校生が主役と云う内容としてはチャラチャラしたところがなく、真摯に高校生活を送る彼らの様子が会話や行動で見て取れてとても読んでいて好感の持てる内容です。

カーの密室殺人「黒死荘の殺人」

2014-02-11 10:01:31 | ミステリ小説
カーと言えば密室物ですが、カーター・ディクスン名義で書かれたなかでも、この作品が高い評価を得ているのが頷ける作品です。
夜、真っ暗闇の部屋で行われていた降霊会。その時離れた庭にある石室で起きた殺人。周りには足跡もなく現場近くには何かが起こると予感したロンドン警視庁のマスターズ警部もいた。
ペスト病、黒死病に因縁を持つ屋敷で起きた密室殺人。怪しげな降霊会に集まっていた面々。しかし、調べが進むにつれ返って捜査は混乱する。降霊会の途中誰かが部屋から抜け出したとの証言。
しかし、石室には誰も近づいていない。蝋燭の明かりだけのほの暗い庭。捜査は進展せず、ついにヘンリ・メルヴェール卿に手助けの要請が入る。H・Mことヘンリー・メルヴェール卿が登場する
第一作ですが、そのキャラクターは口が悪く言いたい放題の自信家といったところで少し危ない人物設定と思えます。しかし、複雑な人物背景を見透かしていく能力は非凡で、達者な口と同様に
思考も発想が他とは違った方向から入り他には見えないものが見えてくるメルヴェール卿です。殺人の動機、これこそが真相に至る道ですがそこはカーで複雑な人物たちを多く用意して
安易には想像出来ない背景を作っています。第二の殺人が起きてからメルヴェール卿の推理がいよいよ真相に近づいていきますが、その犯人の素顔には充分意外さがあり、それまでの物語の
中で見え隠れしていた部分がハッキリと示されるところはミステリの醍醐味と言えます。メルヴェール卿の活躍する作品はこの他にもありますが、カーの作品の入門書としてはこれがいちばん
適していると思います。密室トリック。犯人の隠し方。古典中の古典ですが今読んでも充分楽しめる作品です。

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「ミッドナイト・トレイン」欲望をのせた深夜特急

2014-02-10 11:22:19 | 日記
真夜中の雪原を走る列車が舞台のミステリアスな物語です。乗っている乗客はホンのわずかですが、みんな曰く付きの人物たちです。
ひとつの車両に乗っていた冴えない営業マン、若い女で医学生、そして正体不明の男。この男が急死しますが原因はどうも薬物によるものらしいとわかります。停年が近い車掌と営業マン、若い女の三人が男の荷物の中に
小さな箱があるのに気付きます。その箱を手に取ると中には宝石が入っていたがどうやっても箱を開けることが出来ません。三人に箱をどうするかでそれぞれの思惑が生まれます。つまり人間の欲望がテーマのようです。
その証拠に箱の中身は見る人間によって変わります。ダイアモンドに見えたりサファイアに見えたりします。三人に一致した意見はこの箱を隠し三人で山分けとする意見です。若い女の医学生が死体の
処分にバラバラにすることを提案します。この女演じるリーリー・ソビエスキーも最初はメガネをかけた野暮ったい女の様子でしたが途中からメガネを取りとても魅力的なオンナに変身します。
死体の処分に右往左往している間に、とある駅に列車は停まりひとりの男が乗り込んできます。その男は急死した男のことを車掌に尋ねます。始めは楽に箱を手に入れられると踏んでいた三人は
少しずつ窮地に追いつめられます。やがて仲間割れと、他の乗客で無関係と思われていた人物も意外な正体を見せ始め車内は混乱していきます。真っ暗闇の雪が降るなかを走る列車。その列車内の乗客と車掌も始めは善人的な
常識でモノを言っていたが自己の都合を顕わにして箱を手に入れようとします。そしてラストの意外な事態の顛末が待っています。欲望の果てには何があるか、答えは常識的ですがなかなか雰囲気も良く
展開の意外さとミステリアスなストーリーが真夜中の列車という舞台の良さもあって面白い作品になっています。