
仲間にカセットデッキの入ったカバンを持ってもらいながら、わたしはお鈴を手に、壕の入口前で再びお鈴を鳴らし始めた。外から鳴らしただけで、壕の中はまた明るくなっていく。カバンの中からカセットデッキを取り出し、音源を鳴らす準備をした後、階段をゆっくり下りていった。先に、合流した仲間にお参りをしてもらい、わたし、相方、カメラマンの仲間と続いた。
この日は、わたしは般若心経を唱えた後、右側の方向に向かって、六根清浄を唱えた。そして、陰陽道の御霊を引き上げてくれる神様とされる”はやちかぜのかみ”に向け嘆願する祝詞を唱えた。二礼二拍手一礼の神道の作法であっても、その柏手は打たず、祝詞も小さな声でつぶやくというものだ。
”はやちかぜのかみ とりなしたまえ”
”はやちかぜのかみ とりなしたまえ”
”はやちかぜのかみ とりなしたまえ”
そう、つぶやいた。
カメラマンの仲間がお参りをしている時、相方がホロリと本音を告げた。
『いや、実は昨日ここの中に一緒に入った時、肩の辺りがズシンと来てね、ちょっとやられそうになったんやけど、六根清浄を唱えてくれたら、すーって消えたんよ。助かったわ。』
そうか。やっぱり・・・・。日本兵がこころ優しき相方にすがっていたか。
昨年5月にここを訪れた時、きくさんとの会話の中で、右側の壕の奥深くに日本兵のえらい方が自決されたご遺体がそのままにされたままじゃないか?という話を思い返していた。
この壕の中での遺骨収容に対する考えが、わたしにはあり、出来る限り、遺骨収容には、白梅同窓会立会いの下で、ご遺族の方々、そして行政の方が中心に行なって欲しいと想っている。それも、骨だけを拾うのではなく、朽ち果てた軍服の布をはがさず、そのまま、サラシで担架のようにし、地上に運んだ上で、陽の当る下で骨を拾うという手順を望んでいる。加えて、御霊が最も望んでいる事は、お身内がその骨を拾う事だからだ。
壕の中で幾度唄えど、お鈴を鳴らせど、気配を放ち続ける右側奥付近。きくさんが話された内容も、事実に近いものがあるだろうと感じていた。相方にほんの少し障りが出たようだが、それも六根清浄で回避されたようで、安堵した。
カメラマンの仲間が祈りを奉げ終わり、次にわたしが1曲唄うことになった。

おなじみの1曲だが、特に右側を意識し、鈴を振り唄った。唄いながらも、目の前がどんどん明るくなっていく事を目視し、気の流れを感じ取っていた。
わたしはこの間、その御英霊に対し、メッセージを送り続けた。わたし達では、ご遺体をどうする事も出来ないですと、申し訳ございませんと、鈴を振りそのように送り続けた。
ああ・・・、ここでは今や、さまざまな人々に気持ちをかけて頂きながら、供養してもらえても、壕の中で亡くなられた日本兵の方々にまでは、思いが馳せられていない事が、とてもお気の毒になって行った。
この壕の奥深くに根付いてしまった日本兵の想いに、いつか報いる日が来ればいいのだが、遺骨収容までは、このままでは厳しいだろうとも感じていた。だからこそ、時空を超えどこにでも行く事が出来る彼らに対し、わたしは日々の祈りに組み込んでいる。
おそらく、この嘆願となる祈りは、天に通じ、救いの糸をおろして下さるだろう。この壕の中にいる日本兵のえらい方に対し、自身のプライドを取り除き、この糸にすがって欲しいと想っている。
この後訪れる眞山之塔は、100柱日本兵の方々が祀られている。ここで、さらに気合を入れ、祈りを奉げる事だ。そう自分に言い聞かせながら、わたしは”草原の少女”の1曲を歌い切った。
慰霊を始めた頃、相方に、歌によって起こった壕の中の変化を話した事があった。彼はその当時、「やっぱり、chakoちゃんの音楽は、魂に響く音楽なんやと思うわ。国内LIVEの観客の反応より、亡くなった人の反応の方がいいんやもん。そりゃ、国内で受けるわけないわ。笑。肉体があった方が阻むからね。邪魔するんよ。いいやん、亡くなった人がファンになってくれたら。」と言われた事があった。
確かに、生きている者は歌詞を言語として、とかく意味を求めがちだが、肉体を持たない者にとっては、歌詞の意味よりも音色や音階に反応する。これまで壕の中で実践し体感してきた確かな事実に基づき、わたしは眞山之塔でも唄う事になるだろうとも想像したが、やはり現地に行き、感じた事をまずは優先し、動こうとも想っていた。
壕で唄った後、カセットデッキを片付け、わたしは一礼をし、上へと上がって行った。
広場で一度集まり、荷物をまとめ、駐車場へと向かった。いよいよ、白梅之塔 上の壕と、眞山之塔のお参りだ。ここから徒歩圏内ではあるが、先に車で大きな荷物を運び、清掃道具は一時白梅之塔にあるものを拝借させて戴く事にした。
仲間が荷物を運び、わたしは徒歩でテクテクと歩いて行った。距離にして500mあるかないかの距離。正面の入口では荷物を降ろしている仲間の姿が見えた。現地はどうなっているのだろうか・・・。
(つづく)