外は真っ暗になり、時計を見た時、もう午後7時すぎだった。今日1日で5時間近くいたことになる。丹念に清掃し、お参りし、献歌も終え、荷物を持って車に積み込んでいった。最後に、慰霊碑に向かって、一礼をし、次の目的である中山きくさん宅への訪問するため、車に乗り込んだ。街灯のない道なりを走り、ようやく目印となるスーパー近くの交差点まで行った。
きくさんちは、那覇市内である。宿泊先も偶然ながらこのエリアにしていた。住所を控えていたメモを取り出し、ナビに入力していく。ナビでは、7時30分頃の到着予定となっている。しかし、道路は街の方へ近づいていく中で、どんどん渋滞していった。
『うーん、混んでるねぇ。』
『きくさんちに、電話してみたら?』
『うん。』そう言って、きくさんに電話をかけてみた。
『もしもし、○○でございます。』
『あらー、○○さん、今日は行けなくてごめんなさい。』
『今、白梅之塔のお参りが終わりまして、そちらに向っているんです。
よろしければ、お邪魔させて頂いても構いませんか?』
『こんなに遅くまで、本当にありがとう。到着時間はどれぐらいかかるかしら?』
『今の予想では、到着時刻は午後7時半ごろだと思います。
もう一度、近くまで来たら、お電話させて頂きます。』
『分かりました。運転に気をつけていらしてくださいね。』
『有難うございます。では、のちほど。失礼致します。』
きくさんの声は、今日行けなかった事の申し訳なさと、労う気持ちが入り混じりながらも、わたしたちの訪問を受け入れて下さった。良かった、ほんと、良かった。電話を切ってから、わたしはご主人のお参りと、今日のウサンデーと、ハガキの手渡しが出来ることに、ほっと安堵した。
安堵した後、車中では会話も少なくなり、わたしはさっきまでいた白梅之塔の壕での歌のシーンが脳裏に蘇ってきた。温度、明るさ、気配、歌声、どれをとっても、今までで一番強烈に感じられた。おそらく、壕の中では大勢の方々が少女達のために祈りを捧げる事が多かったように思える。あの中で亡くなった日本兵の方々に意識を向ける方は少なかったのではないだろうか。
6月に訪れた時、日本兵の想いを感受したわたしは、この死んでも後悔している無念さに、こころを悼めていた。日本兵の想いを浄化させるには、まずは少女達がこの世に想いを残さず、旅立つことなのだろう。
重ね合わせて唄われた霊象は、歌が好きだった日本兵が、まさにわたしと同じような立場で、少女達に歌を歌い、慰めているのだろうと感じた。この事が、わたしには堪えていた。
想いを巡らせている間も、車は渋滞ぎみの中進んでいく。ナビの到着時刻は着々と遅れている様子だった。ナビとは異なり、道路の進入が指示と標識が異なっていた。ナビの指定された道と異なる道を選び、車は進んでいった。どんどん道が狭くなっていく。
『あれ~、ここどこ??笑。』
『きくさんち、電話してみよか?』
『うん、車停めて。きくさんちに持っていく荷物をここでまとめるわ。』
道路の端に駐車し、ここで2回目の電話をした。
『もしもし、○○でございます。』
『あらー、○○さん、今どちら?』
『今そちらに向っているんですけど、道に迷いまして・・・。』
『看板とか目印になるものはあるかしら?』
『ええ、○○病院の斜め前の駐車場のところにいます。』
『○○病院~??? いや~、そんなところじゃないわ。』
『あ・・・、すみません、○○さんに電話代わりますので、どの付近か
教えていただけますか?』
近くには来ているのは確かだ。が、しかしだ。きくさんちの道路はナビでも本当に表記が細い。かなり入り混んだ住宅街に位置している様子だ。仲間が電話で道を聞いている間、わたしは後部座席においていた今日のお供え物を紙袋に取りまとめウサンデーを作っていく。それが終わると、仲間のキャリーバックを開けて、ハガキを取り出した。これで、手渡しできるよう準備は完璧に済ませた。
『だいたい分かったでー。』
『そかそか。』
仲間は、車を走らせながら、どんどん住宅街の細い道へと入っていく。外灯も少なく、ほんのりと坂道になり、どんどん坂道になっていった。向こうからご年配の女性が歩いてきたので、仲間は停車し、その女性に声をかけた。
『あの~、すみませーん、中山きくさんちを探してるんですけど、ご存知ですか?』
『あー、中山先生ですか?あの坂を上がって右に曲がって突き当たりの
2軒手前の家ですよ。』
『すみませーん、助かりました。ありがとうございました~。』
う~ん、ご年配の女性はこの流暢な関西弁を怪しく思わなかっただろうか。まぁ、怪しまなかったので教えてくれたのだけど、このやり取りはなんだか不思議な光景でもあった。
女性に教えて頂いた道を右に曲がりゆっくり走っていくと、前方に人影が見えてきた。あ!きくさんだ。自宅の電話の子器を握っている。あ・・・申し訳ない。案内しようと道の前まで出てきて下さっていたのかぁ・・・。窓を開けて、ご挨拶をした。きくさんちの前に車を駐車する事は難しいため、どちらに停めればいいかお尋ねし、言われた場所に駐車した。そして、荷物を降ろし、玄関の前に立っているきくさんに改めて、ご挨拶をする。
『こんばんは。ごぶさたしております。今日は、本当に厚かましくもご無理を
申し上げ、お邪魔してしまい、すみませんでした。』
『いえいえ、ほんと、狭い家ですけど、ま、ここでは何だから、どうぞ。』
挨拶もそこそこに、わたしたちは、きくさんのご自宅へお邪魔させてもらった。
(つづく)