以前何かあったら今度は実名を挙げると宣言しました。
昨晩、その何かがありましたので、実行いたします。
自治会役員会の帰途のことです。
確か一番に会議室を退出しようとした時のこと、そいつと二人いる副会長の一人が僕を挟む格好で一緒に階段を降りました。
折悪しく、その日は久しぶりに僕は一本歯下駄を履いておりました。
外に出ると、そいつが声を掛けてきました。
その背後には件(くだん)の副会長が見ています。
そいつは、言いたいことを言った後、いきなり殴りかかってきました。
寸前で避けたので、そいつのグリコは、僕の左側頭部を掠る形になりました。
その後は揉み合いです。
久し振りに殴り掛かられました。
(ええ歳こいて、何しとんねん)
勿論、僕は殴り返してはいません。
ただ、ええようにされるんは困るんで、かきついて押し倒しました。
一本歯下駄で不安定な足元です。
そらこけますわな。
後は、異変に気付いた人たちが二人を割ったので、それ以上に発展する事はありませんでした。
ただ、その後もそいつは裸になって、「商売できんようにしたろか、とことんやったるぞ」といった内容の古めかしい言い回しで恫喝してきました。
肌に模様を入れた人は何故か直ぐに脱ぎたがるんですな。
「商売できんよう」にされるのは困りますが、つぶれかけの酒屋と場末のバーを生業としておりますので、大勢に影響はありません。
それをする手間と経費の方が掛かって、プラマイがあわんのとちゃいますやろか。
それで思い出しました。
もう30年くらい前になりますか、「チュー太郎」にその筋と思われる人達が三人やってきて、「ボディガードやったるけん、金出せ」と言うんです。
当時僕は30手前のコバンコです。
しゃあなしに、AB会館でブイブイいわしとる水商売の先輩に相談したところ、「はろたらええやん」とのお応え。
「ホンマけや」
翌日も男たちはやって来ました。
「考え決まったか!?」と。
なので、「はらわんことにしました。どうぞ気のすむまでおってください」と答えると、暫くして「なんぼや」というので、「構いません」と答えました。
すると、「アホか、それしたら恐喝罪になるわ」と、代金を置いて帰りました。
流石プロですわ、足のつくことはしませんな。
それっきり来ません。
まあ、ええベンキョーになりました。
閑話休題
しかし、こんな奴が今頃自治会に出てくるんやと、今更ながら魂消ました。
思えば、昨晩の役員会は何か変でした。
今年から?(その辺は確認しておりません、何せ30年ぶりの自治会活動ですから)出来た壮年部部長のそいつは、役員ですが、それまで一度も役員会には出てなかったように思います。
それが、昨晩は何故かおるんですねえ。
その目的が、僕にあったということに気づいてないのだから、我ながら呑気です。
そして、そいつが所定の席についているために、いつも代理出席していた子が、もう一人の副会長の席についています。
「あん?N副会長は休みか?」
と思ってよく見れば、その後ろの席に座っています。
「なんでや?」
と、事ここに至っても、僕はその真相に気づいていません。
もう一度言います。
僕の脳は、呑気を超えて愚かしいほどです。
それが、事が終わった後つらつら思うに、ようやく全体像が見えたのでした。
そして、噂は本当だったんだと実感しました。
以前もここに書いたように、浮島太鼓台を芯になって運営してきた心ある人達がどんどん出てこなくなっているのです。
こんな一人の男の横暴を許してはいけません。
63歳のロートルに本気で殴り掛かるような無法人を野放しにしてはいけません。
これは、太鼓の喧嘩で負ける数百倍情けないことです。
周りの心ある人は、揉め事のタネを作るなと、気を揉んでいるようです。
確かに、「見て見ぬフリ」すれば、大過なく事は運ぶのかも知れません。
しかしその陰で砂を噛むような思いをしている人達もいるのです。
「一人じゃどうしようもないけん、なんでもええけん、取り敢えず謝っとったらええじゃないですか」と忠告してくれる人もいます。
その気持ちは分かるし、有難いとも思います。
しかし、みんながそうなったら、ええようにされる自治会になってしまいます。
じゃあ、どうするん!?
フツーに出ていくことです。
殴り倒して落着するような事ではありません。
喧嘩の強い者が覇権を握るのは、戦国時代のハナシです。
心ある人が「ノー」を表明すればいいだけのハナシです。
僕がここまでする目的は二つあります。
一つは、自己の身の保全。
二つは、これまで繰り返されてきたであろう「密室」での出来事を白日の下に晒すこと。
そして望みは一つ。
一所懸命動いとる若者達が閉塞感無く、楽しく太鼓台を運営出来る空気を作り上げることです。
確かに、独りじゃ何も出来ません。
商売を継続するためには、怪我をするわけにもいきません。
なので、殴り返しはしませんが、「正当防衛」はやらなアカンと思うとります。
その上で、明らかに傷つけられた場合は、司直に委ねるつもりです。
昨晩の傷は左側頭部が腫れとる程度で、診断書を書いてもらうほどではないのですが、次にもし、明らかに顔形が変わった場合は、手筈を整えて警察に届け出るつもりです。
この一連の作業は、その時の為でもあります。
傷つけられたら、徹底的にやります!
さて、どうなりますやら。
それも、追って、ここで報告します。
あ、その男の名は、「かとうかずお」くんです。
漢字を間違えたり呼び捨てにしたりすると、それを逆手に、また因縁つけてくるでしょうから、イチオー「くん」としておきます。
追記
揉み合った際にネックチェーンが切れて、長くお守りとして肌身離さずつけてきたモルダバイトを落としたようです。
「えらい損害や、弁償さしたろか」とも思いましたが、ダメモトで今日の早朝、現場で探してみました。
「無いやろな」と半分諦め気分でしたが、最初にシルバーを見つけ、暫くしてペンダント・トップも見つかりました。
いやぁ、愉快!
「これで益々こいつらは、お守りの意味と価値を深めたなぁ」
と感じています・・・
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浮嶋太鼓台を作った年代の人達に、浮嶋に太鼓作ったのは間違いだったと言わせる様では未来はないでしょうね。しっかりとした運営をしてる地区は、昔に太鼓に携わった人達を大切にしてますよね。浮嶋にはそんなかけらもないんでしょうかね。
と、思っています。
変わらなあきませんよね・・・