スヌーカーのブログはじめました!

スヌーカーって実は、ビリヤードより競技人口が多いんです。

スヌーカープレイヤー。スヌーカーの名場面をご紹介します。

スヌーカーのブログ No15

2013-06-30 13:38:21 | Paul Hunter


今回は、スヌーカーのビッグ・トーナメントの歴史と、伝説のイケメン・・
ポール・ハンター選手をご紹介したいと思います。


■ 一番大きなトーナメントは、World Snooker Championship(略してWSC)です。


毎年、春に行われる世界一決定戦です。
決勝戦は18フレーム先取という、長丁場のすさまじ戦いです。
1927年に第1回目が開催されました。すごい古い歴史あるビッグ・トーナメントです。
第1回目の大会の賞金は6ポンド(本日のレートで換算すると、約900円)でした。
ちなみに今年の優勝賞金は日本円で、約3700万です。

1976年からTV中継が開始され、Embassyというタバコ会社がスポンサーでTVでもスヌーカー世界一決定戦を観戦できるようになりました。
Embassy World Snooker Champiomshipという名称です。英国で知らない人はいないぐらい有名な長期にわたって知れれてきた大会名です。ちなみにEmbassyは有名な高級タバコです。
タバコ会社がスポンサーというのが、次第に社会的に敬遠され、今はBetfairというイングランドのオンライン・ベット会社がスポンサーです。

実際にあった本当の話で、私の好きなアレックス・ヒギンズは、癌でなくなったのですが、当時のトップ・スヌーカー選手には、無料でEmbassyからタバコが支給されていたそうです。
それで、アレックスは、「無料で配布されるタバコ吸いすぎて癌になってしまった。」とEmbassy会社相手に訴訟したんです・・・・・はちゃめちゃアレックスらしいですが。


■ 二番目に大きな大会といえば、Masters(マスターズ)です。

1975年から、この大会スタートしてます。
会場は、Wembley Arena(ウェンブリー・アリーナ)です。
この大会も、初めはBenson & Hedgesというタバコ会社がスポンサーでした。長年、B &H Mastersという名前で親しまれていました。
やはりタバコ会社だということで、近年になって退散。今は大きな保険会社のSAGA Insuranceがスポンサーです。
Masters(マスターズ)を想像して出てくる選手といえば、ポール・ハンター選手です。

名前がポール・ハンターですよ!お名前からして、かっこよすぎです。
当時、ロニー・オサリバンも彼の実力を認めていた選手です。
2001年、2002年、2004年と3回も、この大会で優勝しております。すべてのゲームが
Deciding Game(ビリヤードでいうヒルヒル)。
2004年の決勝戦の相手はロニーです。

ポール・ハンター選手といえば、イケメン・・・。スヌーカー界のベッカムと言われてました。
おそらく、今までのスヌーカー歴史の中で、No1のイケメンだと思います。
しかし、彼は癌で2006年(28歳誕生日の直前)に死去してしまいました。
まったくもって残念です。本当に。本当に・・・・・
彼の死去後に、Paul Hunter Scholarshipという、若きスヌーカー選手をサポートする奨学金制度も始まりました。

ご存じない方が、見られれば、「すごいイケメン・・・・かっこいい・・・・こんな選手がいたんだぁ。」と思われるかもしれません。特に女性の方には。

 動画を見られる前のスヌーカーの基本ルール・・・・・・赤ボールとその他の色のボールを交互にポットしていくゲームです。まず最初は赤ボールです。赤ボールはポットされれば戻しません。赤以外のカラーボールは所定の位置に戻します。
赤1点、イエロー2点、グリーン3点、ブラウン4点、ブルー5点、ピンク6点、ブラック7点で点数が加算されていきます。ポイントが多い方が勝ちです。

では、彼のマスターズの歴史の映像です。
パート1(約7分間の動画です。↓)



パート2 (約8分間の動画です。↓)




もっとポール・ハンター選手を見てみたくなった方はこちらをどうそ!

ポール・ハンター選手の、Tribute Videoです。約5分間の動画です。↓