物理学では磁場、電場、力場のように「場」がしばしば議論の対象になるが、治療業界でも多少気の利いた治療家、セラピストなら「場」についての視点や認識を待たなければならなくなりつつある。
だが、ではそもそも「場(field)」とは何だろう。
残念ながら私は物理学については高校レベルの内容も理解していないので、物理学的な「場」について述べることは差し控えるが、数学的な「場」についてなら少々語ることができる。そこで、数学的な「場」として最もポピュラーなベクトル場を例に、「場」とは何かを考えていきたい。
ちょうど今読んでいる笠原乾吉の『複素解析』の中に、ベクトル場の簡潔な定義が述べられているので、それをここに引用する。が、それに当たってちょっと補足しておくと、笠原の『複素解析』は1変数複素解析学についての本なのだが、1個の複素数zは実数xとyによって
z=x+iy(iは虚数単位)
と書かれる。つまり複素数1個は(x, y)という2次元平面上の1点に対応しているのである。
それから、数学に不慣れな人の中にはベクトル場とベクトル空間を混同している人がいるかもしれないので断っておくが、以下の定義からも分かるようにベクトル場とベクトル空間とは全く違うものだ。
(2次元の平面をE、2次元のベクトル空間をVとする時、)ベクトル場vとは平面の各点にベクトルを対応させること、つまり写像v:E→Vのことである。
この定義をもう少し平たく言うと、ベクトル場とは(ある種の対応関係によって)ベクトルを生み出す仕組みのことだ(注1)。
上で私は「ベクトル場とベクトル空間とは全く違うものだ」という断り書きをしたが、もう少し詳しく述べると、ベクトル場がベクトルを生み出す仕組みであるのに対し、それによって生み出されたベクトルたちが作る空間がベクトル空間なのである(ベクトル空間の厳密な定義もあるが、ここでは立ち入らない)。
そして、仕組みとは「機能」と言い換えることもできる。
──と、ここまで読んで、「そうか、『場』とは機能のことか。ならば治療の中に『場』(の概念)を取り入れるというのは、人を診る時は構造面だけでなく機能まで含めて考えろ、ということだな」と思ったあなた。あなたは正しい。あなたは少しも間違っていない、という意味で、あなたは正しい。
けれども、この話の結論がただ「人体に対しては構造だけでなく機能まで含めて考える」というだけのショボい話なら、私はわざわざ手間と時間をかけてこんな記事を書いたりはしない。なので、もう少しおつきあい頂こう。
ベクトル場はベクトルという「構造」を生み出し、生み出されたベクトルたちはベクトル空間を構成する。すると、そのベクトル空間は自然にベクトル空間としての「機能」を持つようになる。つまり「場」とは、「構造」と(そこから生じる)「機能」を生み出す仕組み=構造と機能を生み出す機能なのだ。
治療の中に「場」(の概念)を取り入れることが「人体に対しては構造だけでなく機能まで含めて考える」というのは正しい、という意味も、だがそれだけのショボい話ではない、という意味も、これで分かるだろう。
さて、ここまで準備した上で本論に入ろう。
私は上で、ベクトル場とベクトル空間とは違う、と書いた。しかし実は、ベクトル場にベクトルとしての構造を導入して、ベクトル場そのものをベクトル空間にすることができる(注2)。またそれとは逆に、ベクトルに(E→Vの)写像としての機能を導入して、ベクトル空間をベクトル場にすることもできる(注3)。
これは何を意味するかというと、ベクトル場(n)はベクトル場(n+1)を生成し、そのベクトル場(n+1)はベクトル場(n+2)を生成し…、またベクトル場(n)にはそれを生成したベクトル場(n-1)があり…というふうに、「場」とは何重にも階層化された構造と機能の生成機構であると捉えることができる、ということだ。
「場」についてのそうしたことが(概念的に)把握できていれば、使うメソッドがキネシオロジーであれクラニオであれ他の何であれ、「場」の状態を認識し調整するのは決して難しいことではない、というのは言うまでもない。
(注1)ここでは簡単のため2次元について述べているが、一般のn次元でも全く同じことが言える。
(注2)この言い方は厳密には正しくない。より正しくは「ベクトル場にベクトルとしての構造を導入して、それらのベクトル場たちによってベクトル空間が作られるようにできる」だ。
(注3)これもより正しく言えば、「ベクトルに(E→Vの)写像としての機能を導入して、通常のベクトル空間をベクトル場化されたベクトルによる空間にすることもできる」となる。
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