大学の理学部数学科に入学してから奇しくも30年後の2011年、ふと思い立って私は再び数学を始めることにした。その辺の経緯については当時「数学をやり直すことにする1」に書いたので、ここでは触れないが、それから10年経った今も本だけを頼りに1人で黙々と数学を続けている。
このところYouTubeで大学院数学専攻を出た人たちのアップしている動画をよく見ていて、それに少し触発されたところもあって、自分もここまでの10年を振り返ってみたくなった。といっても、やってきたのは上にも書いたように1人で黙々と数学書を読むことだけだったから、これまで読んできた数学書について書くことしかできないが、そんな話でも数学をやりたいと思っている人、これから数学をやろうという人、今やっている人の中の幾人かの参考にはなるかもしれない。
私はこの10年ほどで11冊の数学書をほぼ通読した。他に読んでいる途中の本が(中断状態になっているものも含めて)8冊ほどあるが、ここではそれは除き、ほぼ通読した11冊について書くことにする。これら11冊は既に書評サイト「本が好き」にレビューを投稿しているので、書名のところにそこへのリンクを貼っておく。そして、ここにはレビューには書かなかったことを中心に書くことにしよう。なお、本の並びは読んだ順番ではない。
長くなるので記事を2つに分けることにし、この1には大学の数学科1、2年向けの本を挙げ、どちからといえば数学科3年生~を対象にした本は2に。
『微分積分学』(笠原晧司、サイエンス社)
微分積分学(実解析学)の教科書/参考書としては高木貞治の『解析概論』(岩波書店)、一松信の『解析学序説 上・下』(岩波書店)、杉浦光夫の『解析入門Ⅰ、Ⅱ』(東京大学出版会)などが昔から定番とされていて、私も学生時代、『解析学序説 上・下』を持っていた(結局ほとんど読まないまま処分してしまったが)。
10年前に数学をやり直すと決めた時、実解析学のテキストに最初に選んだのは『解析入門Ⅰ』だった。が、何というかザ・数学書という書きぶりが私にはどうしても合わず、『解析入門Ⅰ』を放棄して藁にもすがる思いで手に取ったのが、この笠原の『微分積分学』だ。
なぜかYouTubeの数学関係の動画でもオススメに挙がることはほとんどないが、この本は隠れた名著で、それこそ星の数ほどある実解析学の入門書の中でも間違いなくTOP10に入る1冊だ。ハードカバーではなくペーパーバックで外見こそ少々頼りないが、説明は簡にして要を得て、噛めば噛むほど味が出る。私はこの本に救われたと言っていい。
『行列と行列式』(古屋茂、培風館)
大学では線形代数学の教科書に笠原晧司の『線形代数学』(サイエンス社)が使われていたが、今回は学生時代から妙に気になっていた、吉田洋一監修による培風館〈新数学シリーズ〉の1冊であるこの本にした(〈新数学シリーズ〉は既に培風館が刊行を止めてしまったため、もう中古市場でしか手に入らないが、今でも非常に評価の高い本が多い)。
この古屋の『行列と行列式』は不思議なことに、ベクトルは定義されているが、どこにもベクトル空間は定義されていない。そう、この本にはベクトル空間という言葉が出てこない。ついでにいえば、基底(あるいは底)という言葉も出てこない。にもかかわらず一次独立や一次従属、シュミットの正規直交化もキッチリと説明されている。多少でも線形代数学を知っていればすぐ分かることだが、これはとてつもなく凄いことだ(ちなみにこの本では、ベクトルは1行1列の行列として定義されていて、だから線形代数学の本というより行列の本なのだ)。
とはいえベクトル空間や基底は現代数学の基礎となる概念なので、線形代数学をこの本で勉強するなら、別途この部分を別の本などで補う必要はあるだろう。
『集合と位相空間』(森田茂之、朝倉書店)
位相空間論の大学指定の教科書は竹之内脩の『トポロジー』(廣川書店)だったが、私はどうもこの本が好きになれず、もっぱら自分で見つけた柴田俊男の『集合と位相空間』(共立出版)を読んでいた。今回もこの柴田の本を使うつもりだったのだが、何と既に絶版で手に入らず、どういう風に探してきたのかは忘れたが、森田の『集合と位相空間』を読むことにした。
位相空間論というのはやることはほぼ決まっていて、あとは読み手が自分の気に入った本を選べばいいだけなのだが、この本は別の誰かも書いていたように非常に清新な感じがした。まさにカバーのように真っ青な空を涼やかな風が吹いているような(柴田の本にあったセピア色をしたアカデミックな感じとは大きく異なる)。
フォントは大きめで余白も多いのでスイスイ読めるが、内容には手を抜いていない。位相空間論は大体、数学科では2年次に履修するが、まだ数学書の読み方に慣れていない2年生が位相空間論とともに数学書の読み方も身につけるのにいい本だと思う。
『ルベグ積分入門』(吉田洋一、ちくま学芸文庫)
ルベーグ積分論は実解析学の後に履修する科目で、やはり数学科の2年次に置かれていることが多いと思う。この吉田の『ルベグ積分入門』はそのルベーグ積分論の定評ある教科書/参考書で、元は培風館〈新数学シリーズ〉の1冊だったもの。
我々が高校で習い、一般に「これが積分ですよ」と説明されているのは、いわゆるリーマン積分と呼ばれるものだ。リーマン積分は基本的な考え方が分かりやすいため広く用いられているが、積分できる条件が非常に厳しくて使いにくいという欠点があった。またよく「微分と積分は互いに逆の関係にある」とも言われるが、それが言えるのは初等関数などに限られ、一般には必ずしもそうはならない。そうしたリーマン積分の欠点を補うために作られた積分理論(の1つ)がルベーグ積分だ。フーリエ解析や関数解析などは、このルベーグ積分の上に構築されているので、これらをやるにはルベーグ積分の知識が(絶対ではないものの)必要になる。
私自身がルベーグ積分論を通じて知ったのは、数学体系とはある意図の元に人工的に作り出していくものだといということだった。そういう「数学の理論体系を作っていく過程」が、この本から明確に見えてくる。
『代数的構造』(遠山啓、ちくま学芸文庫)
代数学の入門書。本当は代数学もキッチリやるべきだと分かっていたが、つい手を抜きたくなって選んだのが、この遠山の『代数的構造』だった。結論から言えば、この本だけで代数学の基本的な事柄が手軽に学べるが、「本が好き」のレビューに書いたような理由で、私はこの本をあまりオススメしない。
代数学も入門的な教科書/参考書として定評ある本が膨大にあるので、好きになれそうなものを自由に選べばいいと思う。代数学としてやるのは群論が一般的だが、その先の環論、体論まで視野に入れるなら、桂利行の『代数学Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』(東京大学出版会)、雪江明彦の『代数学1、2、3』(日本評論社)などは面白そう(桂の本はⅠが群と環、Ⅱが環上の加群、Ⅲが体とガロア理論、雪江の本は1が群、2が環とガロア理論、3がより発展的な内容のようだ)。
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