深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

本を出すことになる

2007-01-07 19:55:59 | 業界のウラ事情
本を出すことになったと言っても、「このブログが本になる」といった話ではなく、クラニオセイクラル・ワーク(日本語では、頭蓋仙骨治療とか療法とか呼ばれる。面倒なので以下、クラニオ)の専門書、Wisdom in the Body(これも面倒なので以下、WB)の日本語版が、私の翻訳で出ることになったのである。出版元はエンタプライズ。日本語版のタイトルは『ウィズダムinザ・ボディ』(って、そのまんまやん)で、2月刊予定。現在は、著者校正刷りのチェック作業中。

クラニオ関係の日本語で読める専門的な文献というと、今まではジョン・アプレジャーの『頭蓋仙骨治療』、『同Ⅱ-硬膜を越えて-』など、片手で数えられるくらいしかなかった。カイロプラクティックやマッサージなどの関係の日本語の文献が相当数に及ぶのとは、えらい違いだ。それは、それらに比べてクラニオの歴史が浅いことも理由の一つだが、それだけではないように思う。

神田正典は『英語とお金の非常識な関係』(フォレスト出版刊)の中で、こんなことを述べている。

日本は翻訳大国と呼ばれていて、海外の大抵の本は日本語で読めるように、みんな錯覚しているけれど、実はそうではない。すべてのジャンルで本当にいい本が全く訳されずに、大半の日本人にはその存在さえ知られていない、といったことがたくさんある。なぜそうなるかと言うと、「出しても売れない」からだ。日本で売れるのは、ページ数が少なく文字が少ない、ただ読みやすいだけの本が大半を占め、何年もかけて準備され、じっくり書き込まれた分厚い本は、出しても買ってもらえない。

神田氏のこの指摘は、なるほどと思う。手技療法、代替医療関係の専門本も(私が見る限り)そういう傾向が見られるからだ。医学書を扱っている書店で、手技療法関係の本のコーナーに行き、そこに並んでいる本を何冊か手にとってみるとわかる。装丁は立派で、値段も驚くほど高いが、図や写真ばかりが大きくて説明文がオマケのような、せいぜい薄っぺらい文庫本か新書本程度の中身しかない本がとても多い。しかし、多分そういう本が売れるのだ。

クラニオ関係の本は、それとは全く逆。饒舌な書き手が多いと見えて、とにかく文字が多い。しかも(WBは幸いにしてそれほどではなかったが)一つの文章が長~い。下手すると、1/4~1/3ページくらいが一つの文だったりする。どのページも文章は5行程度で、しかも同じような文だから、翻訳もカット&ペーストでどんどん進む、というような本とは全く異なり、1ページが丸ごと文字で埋まり、文章は長くて複雑で、翻訳には膨大な手間がかかる。しかも、出してもあまり売れないかも?となれば、訳そうという人も出そうという出版社もなくなる。そういった意味で、専門書の中でもクラニオ関係はほとんど空白地帯だった。

それでは、何故そんな本を私が訳していたのかと言えば…クラニオを勉強するのに一番いい方法は、イギリスやアメリカに行って、その道の大家が主催しているセミナーに参加することなんだろうけど、そのための金も時間もない私は、彼らの著作を1ページ1ページ、自分の手で訳すことが、自分にとってのクラニオの勉強だった、というわけ。だからWBも出版社からの依頼を受けて訳したのではなく、自分の勉強として訳したものを「こんなのあるんですけど、本になりませんか?」と出版社に売り込んだのだ。

実は、クラニオの専門書の翻訳はこのWBが初めてではなく、その前にもCraniosacral Biodynamics(これも面倒なので、以下CB)のVol.1&2を訳していた。これも一旦訳し終えたところで訳文の全面的な手直しを行い、それが終わった段階で、出版社に持ち込むことを考えていた。しかし、もう少しで終わるという時にエンタプライズから送られてきた出版案内の近刊予告に、このCBの日本語版が入っているのを見てガックリまさか、こんな本を全訳している人間が、私の他にいようとは…(実は、この時の翻訳チーム(個人ではなくチームでやっていたのだ)を率いていた森川ひろみさんは、CBの著者、Franklyn Sillsの弟子だったことを、後になって知った)。

そんなこともあったので、WBも誰かに先を越されるのでは、と内心ヒヤヒヤしながら翻訳していた。そんなことなら、あらかじめ出版社と話をつけた上でやればいいのに、と思われる向きもあろうが、なかなかそうできない。私はプロの翻訳家ではなく、あくまで自分自身の勉強の一環として翻訳しているだけなので、正直言って、最後まで本当に訳を完成させることができるのか全くわからないのだ。WBにしても、最後の一文が訳し終わるまで、本当に自分にこれが訳せるのかという疑問は消えなかった。そんな状態でやっているため、あらかじめ出版社と話をつけておくことなど、怖くてできないのだ。

で、WBの時は、と言うと…出版社(エンタプライズ)に打診したら、「その本の版権はつい何日か前に取れたばかりで、これから訳者の選定を行う予定だった。その全訳というのをまず見たい」という(おぉ、シンクロニシティか)。そこで、それを送って見てもらったところ、今回の出版が決まったというわけ。とは言え、まだ編集段階なのでまだ本になったわけではない。まだ、完成したモノを目にするまでは──そして、それが実際に売れるまでは──まだ安心できない。

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