ナポレオン・ヒルといえば、成功哲学というジャンルの中で指折りの巨人だ。かく言う私も、成功哲学というものがあることを知ったのはヒルの『思考は現実化する』からだったし、その『思考は現実化する』をバイブルのように持ち歩き、書かれていたことをやってみたこともあった。
まあ、私の場合はそれで何か人生が大きく変わった、ということはなかったが、自己啓発、成功哲学の世界では今でもナポレオン・ヒルの名は一大ブランドである。
しかし、彼に関してはある疑惑が浮上している。
ヒルは、自分が成功哲学に関わるようになった経緯を『思考は現実化する』に書いている。それは鉄鋼王、アンドリュー・カーネギーとの出会いだ。このエピソードは非常に有名なので、知っている人も多いと思うが、話の骨子は──
地方紙の記者をしていた若き日のナポレオン・ヒルは、ある時、鉄鋼王カーネギーにインタビューする機会を得る。その席でカーネギーはヒルに成功哲学を研究することを持ちかける。
まだ無名だがこれから成功するであろう人たちを紹介するから、彼らをよく観察して成功するためのエッセンスを見つけ出し、それを成功哲学としてまとめてみないか、と。ただし、その研究に対してカーネギー側からは一切報酬は出ない、という条件で。
その提案にヒルは迷ったものの「Yes」と答えると、カーネギーはストップウォッチを手に密かに時間を計っていた。60秒以内に決断できなければ見込みなしと判断するところを29秒で答えを出した、ということでヒルはカーネギーに認められ、その協力の下、成功哲学の研究に着手した。
──という内容だ。
さて、ここからはドラマ『ハゲタカ』のED、「Road to rebirth (Riches I hold in light esteen 富は問題にならぬ)」をBGMにする、というのはどうだろう(なお、この動画は埋め込みコードが無効になっているため、今回はリンクにした)。
こんなブログ記事がある。ウルフペンギンのドリームピラミッドの中の「ナポレオン・ヒルの嘘と真実」というテーマで書かれた4本の記事がそれ。
ウルフペンギン氏はこの記事の中で、ヒルとカーネギーのエピソードを詳細に分析した上で、
間違いなく「嘘」だ!
と結論づけている。
氏がその最も有力な根拠としているのが、ニューヨーク市立大学のアメリカ史の教授David Nasawによるカーネギーの伝記、『Andrew Carnegie』という本だ。この本を書くにあたってNasawは、過去に書かれたカーネギー伝を全て読み、また遺族の全面協力を得てカーネギーが残した日記、メモ、手紙(カーネギーが送ったもの、カーネギーに送られたもの)などを全て調べた、とされているが、この本の中にはナポレオン・ヒルとの交流を示すような記述は何一つ出てこないのだという。
とはいえ、私も人のブログ記事を鵜呑みにしてテキトーなことを書くのは嫌だったので、本当にそうなのか実際にその『Andrew Carnegie』を読んでみようじゃないか、と思った──のだが、調べてみるとペーパーバックで1000ページ近くあるというのでやめた。
なので、『Andrew Carnegie』についてウルフペンギン氏が書いていることが本当かどうかは確認していない。
だが、この件を別のところから調べていて奇妙な事実に気づいた。それはWikipediaの記述だ。
英語版Wikiと日本語版Wikiでそれぞれアンドリュー・カーネギーについて見ると、日本語版は英語版の内容を日本語に翻訳したものであることがわかる。ところが日本語版には英語版にない記述が追加されているのだ。
追加されているのは2箇所で、それは
1908年、カーネギーは当時ジャーナリストだったナポレオン・ヒルに500人以上の裕福な成功者にインタビューして成功の共通点を見つけることを無償で依頼した。結局ヒルはカーネギーの協力者となった。(以下略)
と
ナポレオン・ヒルはカーネギーが「無限の知性」(Infinite Intelligence) を信じることが重要だとしていたと書いている(ヒルはそれを「神」または「絶対者」の言い換えとみなした)。
という部分である。これらはいずれも英語版には該当する記述がない。
英語版にないこれらを、誰が何の目的で日本語版に書き加えたのか/書き加える必要があったのか?
ところで、この「ヒルとカーネギーのエピソードは疑わしい」という件に関しては、「だからどうした」というブログ記事も存在する。例えば「ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』は詐欺だという人がいることが本物の証」というブログがそれだ(ただし、これはヒルのプログラムを売っている人が書いたもの)。
私自身はこれ以上のことは調べていないので、この件については真とも偽とも断定できないが、「あのナポレオン・ヒルでさえ、売るためにはこんなことまでやっていた(のかもしれない)」というのは、少なくとも1つの教訓にはなるだろう。どういう教訓かは人それぞれだとしても。
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