著者の高野秀行は世界の様々な秘境を旅し、それを手記として発表している探検家だが、彼がひどい腰痛に見舞われて、チラシや看板、あるいは知り合いのツテを頼りに回った病院、治療院の世界は、それまで旅したどの秘境よりもずっと深くて異様な魔界だった──この本『腰痛探検家』の内容を短く要約すると、そういうことになる。
ここに登場する医師、治療家はいずれも名医、秘医、名人、達人、カリスマ揃い(ただし自称も他称もある)。私も流行らない治療家としてこの治療業界に身を置いている関係で、こういった世界に棲息する輩のことは普通の人より多少詳しいが、それでも登場する人たちのキャラが実に半端じゃない。誰も彼もが、どこかただ者ではない空気感をまとい、高野を魅了し、惑わせ、迷わせる。
そんな並み居るセンセイたちが高野の腰痛について語ったセリフを拾ってみると…
「医学的な異常は見当たらない」(近所の整形外科)
「これは股関節から来る腰痛ですね」そして「姿勢が悪いんですよね」(目黒の治療院)
「体の深いところにある筋肉に『硬血(原文ママ※本当は硬結)』というしこりができる。それを押してほぐしてやると筋肉の凝りが取れ、痛みもなくなる」(近所の整骨院)
「どうして股関節から腰に痛みが行くんです? ちゃんと訊かなきゃだめですよ。この前は顎関節が腰痛の原因なんて言う人がいましたよ。そんなの『霊がついている』というのと同じですよ。理屈にならない」。高野の腰痛については「腰椎の四番が曲がってますね」(新宿のカリスマ治療院)
「坐骨神経痛ですね。典型的な椎間板ヘルニアです」。更にレントゲンから先天性臼蓋形成不全、またMRIから脊柱管狭窄症もあると(立川の整形外科)
「腹筋と背筋のバランスが悪い。股関節の筋肉が硬くなっている」(お茶の水のPNF研究所)
「腎が弱ってますね。腰痛は腎が弱ると出るんです。西洋医学の腎臓とは違いますよ。東洋医学の腎です」(鍼灸師の資格も持つ獣医)
「椎間板ヘルニア? そんなの、ないですよ。どこにもない。狭窄症? いったいどこが狭窄症なのか? え、どこですか? 臼蓋形成不全? これが? やや浅めだけど、こんなのはいくらでもありますよ。こんなので手術するなんて医者は頭がおかしい」。高野の腰痛については「体がかたいんじゃないですか」(中野の医院)
「あなたね、典型的な心因性腰痛ですね。あなたはストレスにすごく弱い性格。いつも人の顔色ばかりをうかがっている。人がどう思うかいちいち気にしている。いちばん心因性の疾患にかかりやすいタイプです」(江戸川区の外れの心療内科)
…等々。そして驚くべきは、この中の誰も高野の腰痛を治せなかった、という事実だ(一時的な改善はあったようだが)。
とにかくこの本を読むと、きっと思うはず。「腰痛になんか、なるもんじゃない」と。しかし運悪くひどい腰痛になってしまったら? 既に信用のおけるかかりつけの病院や治療院があるならいい。が、そういうところがないとしたら、恐らくあなたも高野と同じように医療業界という秘境を、魔界を、あてどもなく渡り歩くことになるかもしれない。
え、いい病院や治療院を探す方法? 残念ながら、そんなものは「ない!」。人の紹介やツテも当てにはならない。実際、高野は自分が治っていないのに(センセイの腕を確認するため)腰痛に苦しむミャンマー人留学生にそのセンセイを紹介している(ついでに、高野が何度通っても一向に治らなかったのに、その留学生は1回で治ってしまったというオマケ付き)。全てはあなたの運次第だ。
とはいえ、多少は参考になるかもしれない話を過去記事「ダメ治療にハマらない方法」で書いているので、よかったら読んでみて。
※この記事はブクレコに投稿したレビューに加筆したもの。
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