日本にはケンポウというのがあること、知ってますか?アチョー、忘れてた。
そのなかに、こんなことが書いてあります。
「すべての国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」(25条)
「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」(27条)
コクミンだからといってケンポウなんてよく知らないけど、
クニやホウリツがいろいろと考えてくれているようです。
たしかにこのケンポウというヤツ、出来あがったのはボクが生まれるよりはるか昔の話し。
それでもすべてのコクミンが、このケンポウをテキパキ使いこなせるとしたら
社労士の商売あがったりなんですが、そううまくいかないのはこれ幸い(?)。
突然ですが、わたくしスズキはこのたび勤め先を辞めることになりました
(一応転職先が決まってのハナシですが)。
辞表をたたきつけて(笑)それで終わりかと思いきや、いろいろな書類が出てきます。
雇用保険の届け、健康保険の届け、社内貯金の解約の書類などなど。
職員証を返すまで、いろいろな書類を書かされます。
これらの手続き、そのいくつかは実は採用されたとき、会社がやっていたんです。
こちらは履歴書と職歴書を送っただけで手続完了!と思ってたんですが。
会社って親切ですね、働いているあいだ、いざ困った!となったときの手続きを
前もってイロイロやっておいてくれるんですから。
と、たしかにそういうところもありますが、実は世の中の仕組みから、
そうしなければならないってことになってること、知ってますか?
さかのぼると中学校の「公民」の授業で学んだこともふくまれるようです。
(一応転職先が決まってのハナシですが)。
辞表をたたきつけて(笑)それで終わりかと思いきや、いろいろな書類が出てきます。
雇用保険の届け、健康保険の届け、社内貯金の解約の書類などなど。
職員証を返すまで、いろいろな書類を書かされます。
これらの手続き、そのいくつかは実は採用されたとき、会社がやっていたんです。
こちらは履歴書と職歴書を送っただけで手続完了!と思ってたんですが。
会社って親切ですね、働いているあいだ、いざ困った!となったときの手続きを
前もってイロイロやっておいてくれるんですから。
と、たしかにそういうところもありますが、実は世の中の仕組みから、
そうしなければならないってことになってること、知ってますか?
さかのぼると中学校の「公民」の授業で学んだこともふくまれるようです。
たしかに「連立方程式」や「過去完了形」はまさにオワッテシマッタハナシ
(もちろんそれを今のお仕事にされている方もたくさんいらっしゃるはずですが)。
ところでオトナのみなさんはコドモ以上に財布の中身が気になるはず。
あといくら残ってる?身分証明証やカードはちゃんと入れてたっけ?
そんなときには簡単な暗算も必要になるでしょうし、
入れておくべきものついては、手続きのしかたや更新の時期なんかも知っているはず、知っているはず?
けっこう知らなくって、あらためて財布の中をのぞいて大あわて・・・。
財布のなかのお金って、どうして入ってくるんだっけ、
いつも身分証明証がわりに使ってる健康保険のカードってだれが作ってくれてるの?
そもそも財布の中身が空っぽになったらどうしたらいいんだろう?
遠い昔に学校で勉強したようなことを思い出させてくれるのも、
“社労士”の知識のひとつなのかもしれません。
(もちろんそれを今のお仕事にされている方もたくさんいらっしゃるはずですが)。
ところでオトナのみなさんはコドモ以上に財布の中身が気になるはず。
あといくら残ってる?身分証明証やカードはちゃんと入れてたっけ?
そんなときには簡単な暗算も必要になるでしょうし、
入れておくべきものついては、手続きのしかたや更新の時期なんかも知っているはず、知っているはず?
けっこう知らなくって、あらためて財布の中をのぞいて大あわて・・・。
財布のなかのお金って、どうして入ってくるんだっけ、
いつも身分証明証がわりに使ってる健康保険のカードってだれが作ってくれてるの?
そもそも財布の中身が空っぽになったらどうしたらいいんだろう?
遠い昔に学校で勉強したようなことを思い出させてくれるのも、
“社労士”の知識のひとつなのかもしれません。
雑学ばやりの近ごろ、とにかく何でも知っている(ふり?)ことは、なんだかオトクな気もしてきます。
ただ、知れば知るほどあれこれ手を出してしまったり、まわりからちょっと聞かれて
〝知ったかぶり〟をしてしまうのは困まりものですが。
知っているはずが忘れてしまっていることもたくさんあります。
「学校の勉強なんか世の中で役に立つの?」というコドモの疑問は、今も昔もかわりません。
オトナになって(これもふり?)、いざこの疑問に答えようと思っても、やはり答えることができません。
それどころか、当の子どもたちが今勉強していることすら思い出して答えることもできないのですから。
学習塾で講師〝もどき〟をしていたこともありますが、
よく〝もどき〟のふりをしていたものだと、我ながらカンシンします。
それでいて、大学などで今も教えているわけですからヒヤヒヤものです。
ただ、知れば知るほどあれこれ手を出してしまったり、まわりからちょっと聞かれて
〝知ったかぶり〟をしてしまうのは困まりものですが。
知っているはずが忘れてしまっていることもたくさんあります。
「学校の勉強なんか世の中で役に立つの?」というコドモの疑問は、今も昔もかわりません。
オトナになって(これもふり?)、いざこの疑問に答えようと思っても、やはり答えることができません。
それどころか、当の子どもたちが今勉強していることすら思い出して答えることもできないのですから。
学習塾で講師〝もどき〟をしていたこともありますが、
よく〝もどき〟のふりをしていたものだと、我ながらカンシンします。
それでいて、大学などで今も教えているわけですからヒヤヒヤものです。