デジカメ日記

日々、目に触れたものをデジカメで捉えて行きます。

ヨドバシカメラ発祥の地

2011年06月21日 20時05分58秒 | 新宿

 



カメラに一番関係深いのに、まさかヨドバシカメラの建物を撮る人は
そうはいまいと思って撮りました。
自慢じゃないけど、私は昭和40年代のヨドバシカメラ発祥の頃の
店舗を知っています。
裏さびしいところで(現地)土間にかごを並べてフイルムや部品を置いて
あったと記憶しています。
当時も特別安いからと言って連れ合いにしょっちゅう連れていかれました。

ちなみにヨドバシとは、淀橋という町名でした。
新宿駅から徒歩2、3分

全国のヨドバシファンの皆さん、ここが発祥の地です。

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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ここです!! (くらり)
2011-06-22 23:24:07
わぁ~、すごいぃ~~~~
まさに、ヨドバシカメラだぁ~

私は40年代後半、学生時代に先輩に連れられてお休みの日には新宿に良く行きました。

西口から東口に通じるあの薄暗い通路?
あそこは今も健在ですね。

新宿は学生時代の思い出の場所。
今、こんなにカメラ好きになるなんて不思議な感じです。

ヨドバシカメラ。。。
時代と共にすごいなぁ~

今度新宿に行ったら、絶対覗いて来ます!
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くらりさん (さくら)
2011-06-24 10:23:23
40年代後半なんですか?
私が始めて新宿へ通い始めたのは前半~です。
伊勢丹や高野、三愛が好きでした。

薄暗い通路のあったあの場所もどこもかしこも明るくきれいに生まれ変わっています。
怖かった歌舞伎町付近も。
新宿高島屋のできた南口付近の変貌が大きいかな?
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ちょっとだけお姉さん? (くらり)
2011-06-24 14:41:48
前半と後半の違い?
さくらさん、
きっと、私よりすこ~しお姉さん?(笑)

三愛、私も好きでした。
本当はコメントに書いたのですが、長くなってしまったので消したのです。。。

あの三愛の二階に「アラッ」という喫茶店があったのです。
先輩に連れられて行って、初めて「ピザ」の存在をしったのです。18歳の春でした。(笑)
「こんなふうに食べるのよ。」って教えて下さり、タカノでは「プリンアラモード」を食べた記憶があり、ドンクでは焼きたてのフランスパンを抱えて帰り、(学生寮)お部屋の仲間と食べたり、新宿は私の青春時代の思い出の地。
伊勢丹でチェックのオーバーコートを買って、
母がとっても喜んでくれた思い出もあります。
懐かしいなぁ~
あの時代、よかったなぁ~
長くなってしまってごめんなさい。。。
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淀橋病院はどこだろう。 (ひめの)
2011-06-24 22:04:03
いまもあるんだろうか。
昭和十七年二月。秀野さんが安見子を出産した病院。

三愛という店の名前、なつかしい。いまもあるんだろうか。北九州でも福岡でも久留米にもあって、普段着、お世話になりましたよね。
それとプリンアラモードってなまえが超なつかしー。飾り切りのりんご、段々にうすーくV字型に切って重ねたのと バナナと生クリーム、あかいチェリーののっかったプリン。チョコパフェもクリームぜんざいもあんみつもおいしかった。
あ。そうだ。筑後市には八女茶をのませてくれるサテンがあります。あんみつとかもあります。普段は静かですが新茶の季節は人が多い。
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くらりさん (さくら)
2011-06-25 21:12:12
40年代後半で18歳、ははーん、私は前半で24歳、かなり差があるみたい。
ぼんちゃんは私より11歳下だから、くらりさんはほぼ同じだと想像します。

伊勢丹は今でも活気があり、他とはちょっとおしゃれ度が違いますものね。
チェックのオーバーコート、今はみなダウンになってしまいましたが今でもウールのコートは素敵ですよね。
三愛の服はちょっと親しみがあって好きでした。
子供が出来てからも伊勢丹、三愛は必ず行セットで行きました。
女はこういう話は燃えますね。
今は新宿御苑に行くとき前を通る程度です。
三愛は今はないと思います。たぶん。

三愛や三越の裏のあたりから南口へ行く、競馬の馬券売り場があってこわい感じだったところさえ、明るくぴかぴかおしゃれになっていますよ。
この撮影に行った日も、とんでもない出口に出てしまって、すごい遠回りをしました。
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ひめのさん (さくら)
2011-06-25 21:22:02
プリンアラモードは、私にとっては福岡天神駅ビル一番奥の喫茶店、今のロイヤルホストの前身「ロイヤル」です。

お茶の名産地筑後地方ならではのサテン(古)ですね。

昭和十七年二月。秀野さんが安見子を出産した病院。
はい、淀橋病院でしたね。
この高層ビルの一角にありますよ。
東京女子医大病院。
空が青い日にもう一度行きますので今度撮ってきますね。
あー、たのし、いそがし。
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佐田啓二 (ひめのちゃん。)
2011-06-28 23:19:29
ええー名前がかわっている。
うん?東京女子医大ってもしやひでのさんのいっちゃん上のおねいさんタマエが通っていた医科大ではなかったかな。いつからそのなまえですか。ほらほら、すぐなんでもしりたがる。こまったことだ。

ところで、しんじゅく駅からのりかえてなんという液でおりたかわすれたけど、俳句文学館ってのがあるんです。ここもたのしいのでぜひどうぞ。
どうたのしいかってえと、たとえば、さくらさんが、お父上生存中の俳句誌をよみたいとします。その誌名と年度とを記入して申し込めば、ほとんどそろっていますので、地下の書庫から事務員さんが取り出してきて、みせてくださいます。コピーもしてくれます。有料ですけど。
ああなんだか、がぜんいきたくなってきました。
ねつはさめていたのですよねえ。

それが。
さくらさん。これ、みちゃってん。
佐田啓二もまっさおでしょう。
ひでのさんがすきだったおとこ。秀野が彼を、か、彼が秀野を、か。どっちでもおなじこと。
たぶん、でも、みかけとかではなく、そのせいしんがすきだったんだろう。
けんきちさんともかようぶぶんがある。
亀井文夫。集合写真でもぱっと目立つオーラ。
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ひめのちゃん (さくら)
2011-06-29 12:29:58
淀橋病院→東京医科大学病院 です。

ひめのちゃんの指摘どおり。

映画監督亀井文夫見ましたよ。
私の好み見抜かれちゃったみたい。どうも。
それにしてもその写真を取り上げている例のじいちゃんたちの会話、可笑しい!
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