NEW 水交会

水交会の皆様、そしてホス研の先輩後輩の方々、情報交換のツールとしてぜひご利用ください。

思い切って

2008年05月30日 22時46分00秒 | Weblog
田舎暮らしもいいですね。
夢はできるだけ広く、いつまでも持ち続けた方がいいですよ。あんまり否定的に考えず前向きに生きていきたいものです。
歳をとるとどうしても思いきりが悪くなりますが、人生一度切りだと思えば何でも乗り越えていけるのではないでしょうか。
身一つでもどうにかなる、と考えるのはちょっと行き過ぎなのかもしれませんが、そのくらいの意気込みを持ち続けたいな、と思います。

また犬について

2008年05月29日 20時12分56秒 | Weblog
大型犬はあこがれですね。30kgもある犬は存在感が違いますね。うちにいたのは小型犬だったので片手で抱っこできるくらいのものでした。当時はシベリアンハスキーが大流行だったので、よく散歩の途中に大きな犬と出会いました。その迫力と温かさに圧倒されたものです。レトリバーは賢さでも有名ですから、さぞかし飼い主の意を汲んでくれるのでしょう。
我が家の柴犬であったナナちゃんは、あんまり賢くはなかったのですが、とにかく見目麗しかったのでどこへ連れて行ってもおおもてでした。
大した病気もせずに元気だったのですが、ある日突然といった感じであの世に旅立ちました。
いまでもその愛くるしい面影をときどき思い出したりすることもあります。

犬と猫について no2

2008年05月28日 19時40分18秒 | Weblog
犬と猫について話始めるといろいろ、長くなってしまうのですが、私はもともと犬も猫もあまり飼った経験がなく、小さい頃を過ごしました。
だからこの家に来た時も、別にペットを飼うということについては、もともとあまり意識していませんでした。
ところが犬と猫をそれぞれ飼ってみると、それまで経験したことがないような状況が生まれました。
まず犬は散歩が生甲斐です。特に大型犬では散歩は必須、特に犬は自分のすみかの周りでは大便をしない習性がありますから、じっと我慢しています。そして散歩に連れていくと、運動が刺激になって出る、という具合です。だから、飼い主は好むと好まざるとにかかわらず、どうしても散歩に連れて行ってやる義務が生じます。大型犬だと1日2回。小型犬でも一回はどうしても連れて行かなくてはなりません。庭が多少広ければ少し鎖を伸ばしてやれば何とかなるとは思いますが、やはり散歩に連れて行ってやらないとストレスがたまるようです。でも犬は飼い主、特にご主人さまには絶対服従ですから、そういう点では非常になつきますし、可愛がり甲斐があります。ただし、犬は鳴き声がうるさいという欠点があります。大型犬はあまり吠えたりしませんが、小型犬になればなるほどうるさくなるようです。小さいとそれだけ怖がりで吠える、ということのようです。
なにせ絶対服従ですから、家来が一匹いるようなものです。それはそれでなかなか得難い経験となります。
ところが猫は独立独歩。なかなか味わいのある哺乳動物と言えるでしょう。

犬猫について

2008年05月28日 07時21分22秒 | Weblog
以前、犬を飼っていた時期もありました。
ここに引っ越してきた翌年に小さな柴犬を購入し、約10年生きてくれました。
確かに生き物はいずれ死にますから、それがつらいとも言えますが、知り合いの寺に御嫁にいった人が言っていましたが、「ペットは生きている間だけのもので墓を作ったりはするものではない」とのこと。
それはそうなのでしょう。人間は他の命をもらって生き延びているわけですから、いくら家族の一員として可愛がっていたとしても、そこは一線を画すのが筋なのでしょう。
何せ哺乳類が自宅にいるのはなかなか楽しいものです。トリや爬虫類や金魚などは見ていて楽しいということはあるのでしょうが、やはり温血動物で我々に近い動物は、いろんな意味で心の交流が得られて楽しいものです。
帰宅すると、毎日、必ず玄関で出迎えてくれますよ。

これがトラです

2008年05月27日 20時36分37秒 | Weblog
いま、猫を一匹飼っています。もう8年くらいになります。
以前、勤務していた職場で捨て猫があり、それが首輪が締まった状態で捨て猫になっていた子猫だったために、死にそうになっていました。動物病院に連れて行き一命を取り留めたものですから、それを家に連れて帰り育てようとしました。ところが二か月後に家を飛び出してしまい、その猫のことはあきらめていました。そうこういているうちに、一年後に我が家の軒先でその猫が舞い戻り、子猫を4匹生んだのです。
そしてそのうちの一匹の生まれたての子猫を取り上げ、育てたのがこのトラです。
本人は生まれたばかりのころに親から離されたためにどうも自分が猫だと思っていない節があります。完全に家のなかだけで飼っているため、他の猫との接触もまったくありません。
ときどき、窓の外にほかの猫が見えても威嚇するだけで、まったくなじむような気配はありません。
人間には非常に慣れていて、家族の一員というような顔をしています。

安全性を高めるのは

2008年05月27日 06時54分18秒 | Weblog
隣近所との連携ですかね。
物理的な安全性を高めるのには限界があり、いくら厳重にしても破る方法はいくらでもありますから。
近所の人でリタイアして自治会の役員している人が何くれとなく面倒みてくれるのはありがたいけれど、ひどく鬱陶しく感じることがあります。でも考えてみればいつも巡回してくれていると思えばいいのであって、そういうことが抑止力になって安全性が高まっているのかもしれません。
「ご近所の底力」ということでしょうか。

大内兵衛の書かな

2008年05月25日 08時30分43秒 | Weblog
確かに学生ホールの入口の壁の上の方に大きな板が掲げてあったね。
いまや、確かに直接会わずとも仮想の世界で町を作ってしまう世の中だから、便利になったといえば言えますね。
最近、インターネットで一人の女性と知り合いました。その方は、父上が日中戦争である時期、中国の一都市で日本軍の兵士として従軍していて、そのことを一冊の本にして発行した人でした。その場所、時期が私の親父の従軍とほとんどぴったりと一致したものですから、メールを送ったら返事を下さり、先日、とうとう父のところに会いに来てくださいました。
インターネットの威力やおそるべし、といった感じです。

声援ありがとう

2008年05月24日 20時49分39秒 | Weblog
まぁそんなことで読んでいただけましたら幸いです。
毎日考えることは山ほどあるのですが、書くとなると世界中の日本語の分かる人がすべて見ていると思うとやたらなことは書けませんというのが本音です。
もちろん我々の同期に対して発信しているつもりですが、そうでない人も見えれると思うと一歩踏み込んだことがなかなか書けないのが実情です。
今日はサイクリングに行ってきました。職場の事業で公募をしたのですが宣伝があまりうまくいかなかったせいか参加者はなんと一人。でもとにかく世の中は女性が元気ですね。その方は同じようなジャンルの公開事業を軒並み受けていてすっかり慣れているようでした。民間も公共もそれぞれのブランドを上げるために様々な公開講座を開いています。それのフリークというのでしょうか。とにかくお得ですよね。それほどの費用負担をかけずに参加できるようになっていますから、これは出得というものです。
私にとっても楽しい一日でした。なにせサイクリングは昔とった杵づかですから。