福富ストラット

「記者ときどき農夫」。広島の山里で子ども向け体験農園づくりにいそしむ、アラフォー新聞記者のブログ。

籾すりも完了

2019-11-28 00:00:57 | 日記
 このあいだの日曜日にみんなで脱穀した稲の「籾すり」をした。今回はすべて機械任せだ。
 午後5時すぎ、勤め先から戻った近所の兼業農家さんの離れの倉庫で取りかかる。ゴーッと音を立てて動く「ISEKI」の籾すり機に、籾付きの米をどんどん投入。ふるいに掛けられた後、籾が除かれ、セットした袋に「玄米」となってたまっていく。ほぼむき出しで見える工程を眺め、初体験の隊員は「こんな機械を作る人って、すごいわ」とひたすら感心する。
 米の水分量を機械で測ると「16・6%」。昔ながらの天日干しだけだったが、まあOKな数値だという。
 バッチン! 30分ほどした頃、大きな音とともに、機械から焦げくさい匂いが漂ってきた。「どっか壊れたで」。後から駆け付けた別の農家さん2人が言う。カバーを開けると、米を挟み込んで籾を外すローラー部分がちぎれ、摩擦熱で煙を上げていた。「ありゃ、壊れたで。今日はもうおしまいじゃ」。あっけなく終了し、家路に就いた。
 機械の故障といえば、先日の脱穀で使ったアナログ足踏み脱穀機の一つも、その日の序盤で壊れた。「借り物なのに、やばい!」。隊員は後日、JAの作業場に駆け込んだ。農が付く話ならJA! JAがなんとかしてくれる! 入り口で出くわした農機具担当でも何でもない人に事情を話すと、「わしがちょっと見ちゃろう」と、その場でパパッと直してくれた。道具の仕組みを分かってて、直せる人。かっこいい!
 籾すり機が煙を上げてから約1時間後、携帯が鳴る。「残りも今、終わったで」。さっそく部品を交換して、残りの籾すりもやっつけてしまったらしい。再び車で駆け付ける。玄米の袋が3つ増えている! かっこいい。
 結果、30キロ入りの米袋が4つ半。「だいぶ『くず』米が出たけど、それでもそこそこ取れたのぉ」と農家さん。台風で倒れて放置されていた稲だったが、なんとかお米になりました。ヘルプに来てもらった人たちに、ぜひぜひ味わってもらおう!

みなさんのおかげです 脱穀編

2019-11-25 00:46:07 | 日記
 不登校などの子どもたちに使ってもらおうと構想する「こども農園」(仮)づくり。その実現に向けた田んぼ作戦(脱穀編)が決行された。今回の舞台も、福富町のわが家のすぐそばにある田んぼ。ひと月ほど前にボランティアのみんなと刈って天日干ししていた稲を、脱穀した。

 数日前までは雨予報だったが、天気はなんとか持った。「湿った南風」の影響で寒さも緩んでくれた中、地元の農家さんや町内外から駆け付けてくれた親子、学生たち計20人余りが集結。田んぼの持ち主であるマッチョ大家さんの倉庫で眠っていた木枠の「足踏み脱穀機」や、隣の地区の農家さんが貸してくれた民具博物館収蔵品のような「千歯扱き」を使って、アナログな脱穀を体験した。
 まずは「実験台」とばかり、大人が挑む。器具をこぐ足と、稲束を振るう手とがなかなかかみ合わない。「うーん、日が暮れますね」

 脱穀初体験のアラフォー隊員も、ぎこちなくチャレンジ。要領をつかんでくると、体を使った単純作業がなんだか心地いい。じわじわと汗がにじむ。フィットネスジム「田んぼ」だ。あ、足がしんどっ。「替わって」「えっ、早くない!?」。ツッコまれる。
 初めはおっかなびっくりだった子どもたちも、すぐにガンガンと小さな手いっぱいに稲わらを運んできて、アナログ器具と格闘。穂からパラパラと実が取れていくと、誇らしげな表情を浮かべる。「こうやってご飯ができていくんだねぇ」。見守る親たちが、しごく正しい感想をこぼす。
 隊員を筆頭にきっぱりと「素人」たちの手作業。その進ちょくを見ながら、農家さんたちが残りの稲をコンバインでさっさと脱穀していく。わらは裁断して田んぼにまき、一部は切らずに野菜などの保温材用に取っておく。玄人の仕事は、手早く無駄がない。
 1時間半ほどで作業は終了。初めて会った子どもたちは、いつのまにか虫取りや激しいドッジボールを始めている。
 地元の女性たちがこしらえてくれた豚汁やジャンボいなりで昼食を取る。子どもたちはわが家にある楽器に興味津々で、太鼓やギター、三線でやけっぱちのBGMを奏でてくれる。参加者が差し入れてくれた手作りクッキーもおいしく味わった。
 たまたま台風で稲が倒れていたのをきっかけに、ずうずうしく地元農家さんに頼んで関わりつつある田んぼ。「これをよしみに、来春は田植えから教えてくださいね」。ランチタイムに乗じて、あらためてお願いする。「やってみんさい。そばにある、もうちいと小さい田んぼがええかもね」。おっ。やった! 最後に、野良仕事ド素人隊員が初めて作ったか細いダイコンを収穫して、お開きとした。

 今日は、近郊のフリースクールの運営者の方も見学に来てくれる予定だったけど、急きょの業務のため参加がかなわなかった。でも、関心を寄せてもらえているのはうれしい。アドバイスを受けながら、つながっていかせてもらいたい。
 何はさておき、ローマ教皇もやってくる日に、隊員の懲りない呼び掛けに応じてくれたみなさん、前日からの準備や当日の指導をしてくれた農家のみなさん、ありがとうございました! 米はこれから籾すりを経て、玄米となります。稲刈りに来てくれた方々も含め、何らかのかたちで食べてもらえるようにしようと思います。

 思えば、ひと月前の稲刈りの日は「即位の礼」。なんだか、福富の田畑にロイヤルな香り漂ってきたぞ! え!?

I'm ready!

2019-11-23 22:43:05 | 日記
 雨予報だったあす日曜の天気が、何とか持ちそうだ。予定通り、近くの田んぼで稲の脱穀ができそう。
 ご近所さんや友人たちにヘルプをお願いしておきながら、隊員自身、まったく脱穀の作業イメージがわかない。ちょうどいいタイミングで、町内の小学校で子どもたちが脱穀体験をするという。勇んでお邪魔した。
 足踏みの脱穀機と千歯扱きを使って、わいわいと稲をこぐ子どもたち。こうやってコメになっていくのかぁ。アラフォー隊員は、パチパチと写真を撮りながら勉強。指導していた顔見知りの農家さんに、「この道具、今度貸してもらえませんか」とお願いすると、すぐに快諾してくれた。ありがたい。大事に使わせてもらおう。
 
 そして今日、別の農家さんたちが田んぼにコンバインを運んできてくれた。手作業の脱穀だけでは日が暮れてしまうので、明日は機械も併用して進めるのだ。
 「もう2年は使うとらんけえ、試運転せにゃいけん」。農家さんがコンバインに乗り込みながら大声で言う。コンバインを路肩から田んぼに降ろそうとした瞬間、ドスンという衝撃音とともに、つんのめったコンバインがびくとも動かなくなった。
 「ありゃ、動かんで」。げっ、脱穀のもくろみはいきなり暗礁乗り上げか! と思うや否や、農家さんたちはチェーンでコンバインを路肩に引き上げ、レバーをがちゃがちゃやっているうちに再びウイーンと動き出した。さすが、ほんとなんでもできる農家さんたち。まったく無力なアラフォー隊員は、ひたすら尊敬のまなざしを送る。
 飲み物などの準備も終え、今夜は地元の人からもらったイノシシ肉の煮込みで夕飯。これが絶品だった。臭みは全くなく、シンプルな味付けもうまい。野生の肉で体も暖まった。

make your work

2019-11-20 23:13:09 | 日記
 最近、友人2人から相次いで電話やメールをもらった。お互いに近況を報告する中で、こんなぼやきを聞いた。「家族が一番大切なのに、仕事にばかり時間をかけてきちゃった」「趣味や飲みの時間まで、会社の人と一緒に過ごしたくない」―。

 隊員はちょうど、同僚隊員が貸してくれた「自分の仕事をつくる」という本を読み終えたところだった。一家言ある働き方、暮らし方をしている人や企業を筆者が訪ね、そのうんちくを聞く内容。そのラインナップにはかなり偏りもあったが、二つのケースに共感した。
 どちらも超有名な事例だが、一つは、アメリカ西海岸にあるアウトドアウェアメーカー「パタゴニア」社。ここでは、社員が希望すれば、経験の有無を問わず、他の部署の仕事に移ることができる。さらに、会社の仕事を一時的に離れ、環境保護団体などで働ける。しかも、会社でのポジションや給料は保留したまま。さらに、アウトドアに出かけるために、4カ月仕事を離れられる。「アウトドアに熱中する時間は、私たちの仕事にとってあらゆる意味で重要なこと」「私たちは人を雇用するけど、その人の人生まで雇い上げているわけでじゃない」という会社の考えかららしい。
 社員の大半は1年のうち10カ月を仕事に、残り2カ月をアウトドア・ライフに充てている。例えばカヤックやスキーの旅をしたら、社内で報告会を開いて「楽しみ」を共有する。それはウエアの開発、改良にもつながる。とにかく個人への投資がハンパない。だから、「働きたい」人が集まる。なるほどー。

 もう一つ共感したのは、パン屋「ルヴァン」の創業者甲田幹夫さんの「この仕事には矛盾がなかった」という言葉だった。
 学校の先生や会社勤めなどをしてきた甲田さん。やりがいを感じても、働いているうちに「僕が売っているものを飲み続けたら、体を悪くするんだろうな」などと、どこかで矛盾が出てきたという。
 しかし、ごく気軽に始めたパン屋では、矛盾が感じられなかった。作っていて気持ちいい。人に喜んでもらえる。素材も体にいい―。その「矛盾のなさ」で続けられた。
 確かに、たとえ仕事の「苦労」は大きくても、「矛盾」がない仕事をしている人の表情は、会うだけでこちらが気持ち良くなる。それは、事業規模や職種の華々しさとは関係ない。

 冒頭の友人2人の言葉の背景には、それぞれたくさんの事情があり、価値観がある。単純に白黒付けられるもんじゃない。ただ、隊員はどちらの気持ちも、とてもよく分かる。そして、そんな気持ちを抱えながら、「矛盾」を感じながらもがいて働く2人も好きだなぁと思う。

山里のえびす講

2019-11-19 20:37:25 | 日記
 先週末、福富町の家のすぐそばで「えびす講」祭りがあった。広島市育ちのアラフォー隊員。幼い頃から、えびす講といえば「特攻(ぶっこみ)の拓」そのまんまの特攻服姿の兄ちゃん姉ちゃんが、広島市中心部をブイブイいわす祭りのイメージだ。
 一方、初参加した福富のえびす講は、きわめてほのぼのムードだった。早朝からみんなで竹の幟を立て、小さなほこらの前に畑で取れた白菜などのお供えを並べる。集会所の中では女性たちがせっせと餅つきの準備を進めている。
 神事を始める時刻の30分以上前に準備万端。暇つぶしに、年季の入った太鼓をみんなでポコポコと叩いていると、軽ワゴンがのそのそとやって来た。宮司さんの到着。軽ワゴンには、祭事道具と趣味の釣り竿がぎっしりと積んである。
 のんびりした神事を終えると、餅つきスタート。完全に不慣れな隊員だが、周りはお年寄りばかり。「体験独占」ばかり、張り切って杵を振るう。

 「変わってみぃ」。すぐに御年80うん歳のおじいちゃんが、隊員のへっぴり腰にギラリと厳しい視線を送り、杵を奪う。「力任せにやるんじゃない。臼を叩いて、杵のくずが出るぞ」と的確な指摘。マエケンのような力の抜けたなめらかなフォームを繰り出した。「へい!了解です!」
 餅は甘さ控えめのぜんざいで食う。おかわりをしていると、御神酒でほろい酔いの地区の長が寄ってきた。「子どもさんは来んかったんね?」。上の子は将棋の大会に参加。下の子を連れてくるつもりだったがが、体調が優れず断念したことを伝えた。「わぁ、ほんま残念じゃわぁ。餅をつかしてあげたかった」。ひどい落胆ぶりに、ひたすら「すんませんっ」と繰り返した。
 しかし、周りを見て、ふと考える。30人ほどいた参加者の8割は高齢者。残りも50代以上。子どもはかろうじて、移住組家庭の小学6年生が1人いただけだ。うーん、もしここに保育園児のわが息子がいたら、遊び相手がいなくて困ったかもなぁ。山里の祭りの現実。
 この日、すぐ隣の地区でもえびす講があった。「今年を最後にやめるから、写真撮りに来て」と言われ、こちらもはしごでお邪魔した。なるほど、こちらはかなりこじんまり。つかの間の滞在だけど、住民たちの話を聞いたり準備の段取りを見たりしていると、「こんな小さな町の小さな地区ごとでも、カラーが違うなぁ」と感じる。お供えする鯛の大きさもだいぶ違ってて、おもしろい。
 宮司も地域を「はしご」中のようだ。釣り竿付き軽ワゴンで、のそのそと農道を走り去っていった。