先日の仕事帰りに映画を観てきた。
福士蒼汰主演のドラマ、“ちょっと今から仕事やめてくる”だ。
原作は北川恵海氏の同タイトルの小説。
監督は“八日目の蝉”,“ソロモンの偽証”の成島出氏。
3月の終わりにひるね姫を観て以降、映画館へ足を運んでおらず、
その間、公開前作品の予告編などもチェックしていなかったので、
現在、または近日公開される映画のほとんどがノーチェック。
この、ちょっと今から仕事やめてくるも、チラシはゲットしていたものの予告編は観ておらず、
チラシをじっくり読んだわけでもなく、その大まかな内容すら知らないままだった。
そんなとき、とあるテレビで出演者のひとり、工藤阿須加が出演し、この映画をPRしていた。
映画自体の映像が流れるわけでもなく、早口で簡単にPRしていただけだったが、
なんとなく興味を持ち観に行くことに決めた。
都内の広告制作会社で営業マンとして働く隆(工藤阿須加)。
就職活動がうまくいかず不採用が続き、ようやっと得た内定でこの会社に就職したものの、
いざ入社してみれば、とんでもないブラック企業。
厳しい営業ノルマに理不尽な就業規則、月150時間を超えるサービス残業、
そして・・・耐えがたい上司のパワハラ。
週末は疲れ果てて家に閉じこもり、月曜は出社するのが億劫になり、
過労とストレスで精神的に追い詰められた隆は、うつろな目をして駅のホームに立つ。
無意識のうちに、ホームに入って来た電車に倒れかかる・・・。
電車にはねられる寸前、すんでのところで体を引き戻される。
我に返った隆、助けてくれたのは同じ歳ほどのアロハシャツの男。
「久しぶりやな~!」
開口一番、隆に向かってそういう助けてくれた男。
隆の幼馴染だという、ヤマモト(福士蒼汰)と名乗る男。
記憶になかったが、関西弁で馴れなれしく、
且つ強引なヤマモトに、隆はなすがまま居酒屋へ―。
そのまま意気投合し、ふたりはちょくちょく合う仲に。
明るい性格のヤマモトと出会ってから、隆は少しばかり仕事に前向きになり、
ネクタイの色,ヘアスタイルなどが明るくなり、
それまで憂鬱気味で暗い顔だったのが、笑顔になった。
ヤマモトからの的確なアドバイスを実践していった隆。
それが功を奏して営業成績も向上。
長く折衝を重ねてきた大手との取引も決まり、明るい兆しが見えてきた。
一方で謎に満ちたヤマモト。
小学校の頃に転校していった山本君だと思っていたが、別人だと発覚。
けっきょくヤマモトの人違いで、隆とは幼馴染でもなんでもないことが判ったが、
「それでもいいやん!友達やろ?」と、ヤマモトはこれまでどおり隆と付き合う。
ところが・・・不審に思った隆が検索してみると、ヤマモトは3年前に自殺した人物だった!?
ブラック企業で追いつめられて、その社屋の屋上からの飛び降り自殺だった。
大口契約も取り付けて、順調に思えた隆だったが、
発注ミスを犯してしまい大口取引が水の泡になりかける・・・。
パワハラのひどい山上部長(吉田鋼太郎)から厳しく咎められ、
これまで折衝を重ねて、ようやく契約成立した企業の担当を外される。
営業部でもっとも成績のいい、五十嵐(黒木華)が隆の後を引き継ぎ担当することに。
しかしこの業務の引継での五十嵐の応対や、
今回のミスに対しての部長からの辛辣な仕打ちに、隆はまたも打ちひしがれる。
営業部の仲間,五十嵐先輩や山上部長,そして会社に多大な迷惑をかけてしまった・・・。
心身ともに限界まで追い詰められた隆は、会社ビルの屋上に居た。
腕を広げ風を受け、空を仰いで目をつむる。
仕事が辛い,皆に迷惑をかける,誰にも必要とされていない,
自分が死んでも誰も悲しみはしない・・・。
希望を失い夢もみえず、人生を、すべてを諦めようとしていた。
ヤマモトと同じように、自身も屋上から飛び降りようとしていた。
だが、そこへまた、ヤマモトが現れる!
「遺された者の気持ちを考えろ!家族や友人が苦しむやろ!」
必死に説得し、隆の自殺を思いとどまらせる。
既に死んでいるはずの男、ヤマモト。
いったい何者なのか?
なぜ自分を助けてくれるのか?
そんなヤマモトの必死な言葉が痛いくらいに入ってくる。
隆の心の中で、ひとつの大きな枷が取れようとしていた。
なかなか面白かった。
今現在、社会問題になっている事象をうまく題材にしたドラマ。
主人公や周りの人間の心理描写などリアリティあるんだけど、
ヤマモトの存在がそれを台無しにしている感が否めない。
なんとなくファンタジー要素入ってきちゃって、ラストがああなっちゃうとは・・・。
いっそのこと、本当に幽霊ってことでSFチックにしてしまった方が良かったかもしれない。
これバヌアツのくだりとか、原作もそうなのかしら?
主人公、隆を演じた、工藤阿須加くん、素晴らしかった。
ツーッと一筋涙をこぼすシーンなんか、思わずつられて泣きそうになった。
恋妻家宮本で、阿部寛演じる陽平の若かりし頃を演じた若手俳優。
優柔不断な役柄を、おどおどと演じていたので、演技のウマヘタはあまり判らなかったが、
今作での、鬱になって疲弊していくさまの演技が素晴らしかった。
知らなかったが、ホークスの工藤監督の息子さんらしい。
くりっとした目の童顔で、確かに似てるわ。
ヤマモトを演じた福士蒼汰が主演となっているけれど、完全に工藤くんの方が主演。
隆を助ける謎の男、ヤマモトを演じた福士蒼汰。
名前はよく聞くんだけど初めて見た。
なるほど、これが女子に大人気の福士蒼汰か。
何かの番組でネタにされていたが、落合福嗣とは似ても似つかねえよ!
謎に満ちた役で、表じゃ関西弁で明るいけれど、
実際には辛い過去があり、終盤でその秘密が明かされる。
シリアスな場面もあり、その落差もファンには見どころだろう。
ひどいパワハラの山上部長を演じた、吉田鋼太郎。
実際に自分があんなことされたら間違いなくブン殴ると思う。
それくらい、腹立たしい酷い役だった。
演じていた当の本人も、連日いじめのような演技で、
「自分が病んでしまいそうだった。」と振り返っている。
どちらかというと、人のいいおっさんや、ひょうきんな役が多いので、
こんな役は新鮮に見えた。
あ、そういや真田丸で織田信長やって光秀を欄干に打ち付けていたな。
隆の憧れの先輩で、成績トップのエリート社員・五十嵐を演じた黒木華。
銀熊女優は、また凄い演技を見せてくれた。
しかし・・・この先輩が・・・最初から判ってたよ。
隆がそれを知らずにどこまでも関わってくるもんだから出た、
「消えろ・・バカ・・・。」だったんだろうな。
プレッシャーと罪悪感からくる、追いつめられたような演技がすばらしかった。
決して美人じゃないけれど、好きだなこの女優さん。
昨今、話題になっているブラック企業。
ここまでひどい会社って存在すんの?なんて思って観ていたが、
思い起こせば、昨年の某大手広告代理店の社員自殺事件、
某老舗出版社のいち社員への辛辣なパワハラ事件。
そしてタイムリーだった新潟での研修医の過労による自殺。
研修医の過労自殺だけは別として、
電通と青林堂に至っては、その社訓やらパワハラの録音テープなどで、
劇中に登場する企業と同じか、それ以上にひどい企業が実在しているんだと判る。
それにしても、ああまでされて会社に留まろうとする理由がまったく解らない。
給与が良いから?
将来が約束されているから?
それに耐えることが成長・昇進につながると信じているから?
それとも別の理由か?
首都圏では再就職は難しいのかしら?
中途採用なんてないのかしら?
だからといって、あれには耐えられんわ・・・。
独り身じゃなく、家族が居たとして、今失業したら家族が路頭に迷う・・・。
そんな状態ならば、もしかしたら耐え忍ぶかもしれないけれど。
いや、それでも、あんなん絶対に耐えられんわ。
耐えるというより、許せん。
まずは不正・不当を訴える。
その報復で理不尽な措置を被ったら、即座に労働基準監督署行くわ。
自分も経験済みだけど、ちょっとやそっとのことじゃ動いてくれないが、
あれだけのことされりゃ、さすがに動くはず。
というか・・・もう入社して数日で上司ブン殴るかもしれん・・・。
これはこれでいかんけどな。
まあ自分のような気性の人間なんて、そうそう居ないだろうし、
やはり多くは限界まで耐えて、病んでいってしまうのだろう。
しかし、この劇中の会社、同僚も皆冷たい。
誰も励ましてはくれず、助け舟も出してくれない。
汚い言葉で罵倒されようが、物を投げつけられたり、鞄で殴られたり、
土下座強要されたりしても、それを止めようともせずに見て見ぬふり。
部長以上に、周りの同僚どもに腹を立てていたのは自分だけだろうか?
あんな企業で働いていて、何が楽しいのやら。
本作の主人公、隆のように、あんなブラック企業で、
ズタボロになりながら働いているひとも実際居るのは確か。
辞めたいけれど他に雇ってくれるような会社がない。
辞めたいけれど辞めたら同僚たちに迷惑がかかる。
辞めたいけれど家族や友人に軽蔑される。
色んな憂いごとがあって、辞めることができずに居るのではなかろうか?
でも、精神的に病んでしまって、
仕事はおろか、ふだんの生活すらままならない状態に陥ってしまっては元も子もない。
これが自殺までしてしまうと、もう本末転倒。
生きる糧、すなわち生活資本を得るために仕事をする。
だが、その仕事が原因で最終的に自ら命を断つなんて、こんなバカげたことはない。
深く自問自答せず、苦しみから解放されたいのなら、死じゃなく、辞を選ぶべき。
パッと辞めちゃって、少し休んで、また仕事を探したらいい。
仕事柄、多くの死を見てきた。
もちろん自殺も。
遺族から遺書を見せてもらえるわけでもないし、その理由を聞かせてくれたりもしない。
だが、一件だけ、仕事が理由の自殺に遭遇した。
一緒に仕事をしたことのある、元請け業者の社員だった。
当時、まだ大学卒業して数年の二十代半ばで、地元へ帰ってきて親の縁故で就職したようだった。
なんだか、ボーっとした男で、ミスしても周りが焦ってフォローしているにも関わらず、
当の本人は、ミスなど何食わぬ顔、相変わらずボーっとしていて、
下請けと言えど、「オメエのミスだろうがよ!」と内心、怒りを覚えることもあった。
そんな彼が、さすがにヘコんでいたことがあった。
理由を訊くと、どうにも防ぎようのないことだった。
だがクレームが来るのは当然で、担当だった彼にそれが来てしまうのは避けられない。
「そりゃ**さんが悪いわけじゃない、
けど、お客さんからしたら怒るのは当然やし、仕方ないくさ、あまり落ち込まんことよ。」
そんな声をかけていたのを覚えている。
実家の納屋で首を吊って亡くなっているのが見つかったのは、それから一週間後くらいだった・・・。
後から彼の同僚などの話を聞くと、ミスが多かった彼はよく事務所で専務から咎められていたという。
それがとても辛辣なもので、皆の前で見せびらかせのように罵倒されていたと。
この専務というのが、強力な権力を持ったジジイで、傍若無人で下請けイジメが酷く、
ちょうどトランプ大統領のような喋り方で、たたずまいもなんとなく似てる。
そんな奴に皆の前で罵倒されるのだから、そりゃたまらんだろう。
自殺の理由は明らかにされていないが、仕事が理由であることは濃厚だ。
その年のお盆。
自殺した彼の実家へ初盆のお花を届けた。
ここで、遺族の両親に、彼との最後のやり取りや、
あのときクレームでヘコんでいたことなどを話した。
帰っては来ないひとり息子。
彼の年齢からみたら、ちょっと高齢なご両親は力なく祭壇を見ていた。
涙をすするお母さん、必死にせつせつと息子のことを語るお父さん。
いたたまれない気持ちいっぱいで、花をセッティングして自宅を後にした。
自殺して子どもに先立たれた遺族。
悲しみに暮れているはずなのだが、なぜか涙をあまり見せない。
諦め顔でいたり、苦笑というかうっすら笑みを浮かべていたり、
まったくバカな子で・・・とか、やれやれ・・・といった感じなのだ。
これが事故死とか病死だと、もうずっと悲しみに暮れている。
自殺は遺族の空気がどこか異なる。
気付いてあげられなかった、助けてあげられなかった、
そんな悔しさや、情けなさでいっぱいなのかもしれない。
自殺なんてバカな真似は本当にやめるべき。
借金苦,闘病苦,介護苦など、
絶望的でどうにもなんないように思える場面もある。
だがといって希望を捨ててしまい、自ら命を断つことなんてやるべきではない。
この映画のように、仕事のストレスが理由だったりも、イジメが原因だったりも当然だ。
とはいえ、精神を病んでしまえば、それを止めることが難しくなってしまう。
厄介なことに、そうなってしまうひとは周りに相談したりしない。
そうなる前に、先に周りが異変に気付き、ケアすることが大事。
会社や学校での異変には、家族は気付きにくい。
大切な家族を組織で孤立させぬよう、ふだんからコミュニケーションを大事にしておきたい。
どんなにつらくても、生きてさえいれば、ささやかでも幸せを感じることもある。
映画を観終わって、帰路に就く。
運転しながら事前に買っておいたパンを頬張る。
美味そうだった、半熟卵入り焼きカレーパン。
半分ほど食べたところで、前の車がウインカーも出さずに急に減速して左折する。
慌ててブレーキを踏んで、パンを持っていた手もハンドルにやると、
半熟卵があっ!!!
ひとくちも食べてなかった。
メインの半熟卵がまるごとパン生地からすっぽ抜け、むなしく運転席フロアを転がる。
生きていりゃ、こんな不幸も感じるさ・・・。
立ち食いうどん店に寄る。
半熟卵を食い損ねたので、ここで月見うどんを注文。
近所に大手うどんチェーン店ができ、めっきり客の減った小さなうどん店。
高齢のおばあちゃんが、ひとりで深夜まで店番している。
夜遅くなったとき、このうどん店に寄って、おばあちゃんのうどんを食べる。
さして美味しいわけじゃあないけれど、素朴で好きなのよ。
うどんを注文したら、おでんがあるのに気付く。
セルフなので、好きな種を皿にとる。
夏に食べるおでんも、オツで美味いものだ。
熱ッ!
大根,厚揚げ,こんにゃく・・・おでんをハフハフやって食べる。
おぎゃー!!
餅入り巾着で舌を火傷する。
明日は休み、月見うどんをすすりつつ、おでんをハフハフ。
なんて幸せなひとときだろうか・・・。
生きてさえいれば、ちっぽけだけど、こんな幸せを感じることができるのだぞ。
だから、自殺なんてアホらしいことはやめちまえ。
ささやかな幸せを噛みしめている自分をよそに、
おばあちゃん、でっかい音量でなんか洋画を真剣に観ていた。
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