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歌声にのった少年

2016-10-29 02:45:55 | 映画

先日、仕事帰りに映画を観に行った。

タウフィーク・バルホーム主演のドラマ、"歌声にのった少年"だ。

中東の紛争地域、パレスチナ映画。

半世紀ほど前、イスラエルによって占領されたパレスチナ。

今なお紛争が続くパレスチナのガザ地区から、

幼い頃から歌手になることを夢見た少年が、命がけで国境を越えて、

見事夢を叶え、アラブの人気スターになったサクセスストーリー。

実在するパレスチナ出身の歌手、ムハンマド・アッサーフを画いた事実を元にしたドラマ。

原題は"YA TAYR EL TAYER"(アラブ語で読み方が解らない。)

英題は"The Idol"。

キャッチコピーは、"姉さん、聴こえる?世界を変える僕の歌が。"

 

 

パレスチナ。

紅海に面した中東の北西部にある、旧世紀から紛争の絶えない地域。

旧約聖書で約束の地とされた場所で、域内にある都市エルサレムは、

ユダヤ教,キリスト教、そしてイスラム教において聖地とされている場所。

そのため聖地の争奪戦が果てなく繰り返されてきた。

 

近年では第一次世界大戦後から入植をはじめたユダヤ人によって、

広大な土地を占領して建国されたイスラエルと、

その地を追われた、アラブ人によって争いが絶えない。

争いは中東全域とアフリカ北部を巻き込み、中東戦争が勃発。

石油利権も絡んで、アメリカやソビエト、欧州諸国も介入し泥沼化。

その間も多くのパレスチナ難民が生まれた。

 

 

現在、わずかに残ったアラブ人によるパレスチナ自治区。

西側のヨルダン川西岸地区と、東側のガザ地区。

ヨルダン川西岸地区はイスラエルの規制統治によって細かく分断され、

パレスチナ人の居住活動区は虫食い状態に。

エジプトとの国境にあたるガザ地区も人々の生活は制限されている。

越境を厳しく制限され人も物資も移動が困難。

断続的に続くイスラエル軍の攻撃によって街は破壊され、

インフラの整備も産業の発達も滞ったまま。

 

 

そんな人々が絶望するような紛争地域において、

歌手になることを夢見た、ひとりの少年の実際にあった物語。

不自由かつ恵まれない環境のなか、幾多の困難を乗り越え命がけで越境し、

アラブ全域でテレビ放送される人気オーディション番組に出演し、

見事、スターダムに昇りつめるというサクセスストーリー。

予告編を観て、絶対に観に行こうと決めていた。

あまり長くは公開されないだろうと予想して、公開初日に仕事帰りに観に行った。

 

 

2005年、パレスチナ ガザ地区。

空爆によってできた がれきの山が連なる街を駆け巡る4人の少年少女。

男の子のように、わんぱくな姉、ヌール(ヒバ・アタッラー)と、

黄金の歌声を持つ、ねえちゃんっ子の弟、ムハンマド(カイス・アタッラー)。

その姉弟の友だち、アハマド(アハマド・カセィーム)とウマル(アブドルカリーム・アブバラカ)。

4人は様々なことをやって、こつこつとお金を貯め、

ギターにドラムセット、念願の楽器を購入。

バンドを組み、音楽の専門家に指導を請い、スターになることを夢見る。

 

 

ヌールの夢は、カイロのオペラハウスで演奏すること。

そして弟の美声で世界を変えること。

バックバンドの自分たちはどうでもいい。

かわいい弟、ムハンマドはきっとスターになれる。

その美声で世界中の人を魅了できる。

そう信じて、ムハンマドがスターになることを夢見て一緒に活動していた。

 

 

ところが、ある日ヌールは病に倒れる。

医者の診断は腎不全。

透析治療が始まる。

しかし病状は思うように回復せず、悪化する一方。

ヌールの命を救うには、1万5千ドルで腎臓を手に入れるしかない。

だが、厳しい生活を送る一家には、到底用意できる金額ではない。

ボクが歌でお金を稼いで腎臓を買って、姉さんを助ける!

そんなムハンマドの想いもむなしく、

充分な治療を受けることができず、

ヌールは夢を叶えることができないまま、幼くして逝ってしまう。

 

 

2012年。

たび重なるイスラエルの攻撃で、さらに荒廃したパレスチナ ガザ地区。

エジプトとの国境も封鎖されていしまい、物資も高騰して困窮を極め、

人々の生活はより厳しくなり、夢もなく絶望の縁に立たされていた。

大学生となったムハンマド(タウフィーク・バルホーム)もまた、

遠い過去に夢もついえてしまい、希望を失い絶望のなかに居た。

 

 

姉を失ってから、抜けがらのようになっていたムハンマドだったが、

幼い頃に病院で出会った少女、アマル(ディーマ・アワウダ)と再会する。

アマルもまた腎不全で、ヌールと一緒に透析治療を行っていた。

それで、ムハンマドとも仲良くなっていたのだった。

懐かしい再会に喜ぶ二人だが、夢も希望も失くし、すっかり気力を失ったムハンマドにアマルは言う。

「この世は醜いけれど、あなたの歌声は美しい。世界中に聴かせるべきよ。」

 

 

国境に張られた物々しい有刺鉄線とバリケード。

紛争によって、体が不自由になった人々。

がれきの山でアクロバットする若者たち。

自分の住むパレスチナの悲惨な現状。

幼い頃、姉と語った夢。

ムハンマドは再び決心する。

カイロへ行って、スターになる!

姉の夢を、自身の夢を叶えるのだ。

 

 

だが、ビザも取れず、ガザから出ることすらできない。

スターになるには、どうしてもカイロへ行かなければならない。

そこで開催される、オーディション番組、"アラブ アイドル"に出演し、

見事優勝を掴んでスターになるのだ。

幼い頃のツテで偽造ビザを入手し、仲間や家族が協力してくれ、

ムハンマドは命がけで、エジプトとの国境へ向かう。

はたして、無事にカイロまで辿り着き、アラブアイドルで優勝し、

ムハンマドはスターになって、姉と自身の夢を叶えることができるのか?

 

 

よかった。

面白いとは言い難いけれど、いい映画だった。

子供時代と青年時代、ふたつのパートで構成されているが、

子供時代はとにかく、ヌールが可愛くて可愛そうで・・・。

荒廃したがれきのなかで、夢や希望を抱いて元気いっぱいに駆け巡る子どもたち。

反面、青年パートでは、夢も希望も失った主人公たち。

さらに荒廃した街並が現実を思い知らせてくれる。

 

 

サクセスストーリーで成功することが判っている物語では、

その成功するまでの過程が見物なのだが、

青年になってからは、とんとん拍子のように感じた。

越境のときなんか、もっとスリリングなのかと思ったら、

歌ったら、検問の職員が「OK!」って通してもらえるし、

オーディションのチケットが入手できなくても、

歌ったら、他の参加者が「OK!」ってチケット譲ってくれるし、

立ち塞がる壁も難なくクリアしているところが拍子抜けだった。

 

そして何よりも残念だったのが、この映画のメインである歌。

英語ならまだしも、まるで解らないアラブ語の歌。

その歌詞に日本語に翻訳した字幕がないのだ。

主人公が少年時代から、いくつもの歌を、ときに楽しく、時に悲しげに切々と歌いあげる。

少年時代は仲間たちと結婚祝いなど楽しげな歌を歌い、

青年になってからは、主人公の心境を反映しているかのように、

がれきや国境など、パレスチナの情景が映し出されながら、切々と歌われる。

歌詞の意味さえ解れば、もっと主人公に感情移入できたろうにと残念に思う。

 

 

後は、紛争地帯とはいえ、家庭にテレビもあるしマイカーもあるし、

大学に進学しようとしているし、スマートフォンも持ってるし、スカイプやツイッターもやってるし、

街じゅうに積み上げられたがれきや、脚を失った人などが映って、

紛争地域なのが判るのだけど、経済的にそれほど不自由しているように見えなかった。

ニュースなどで流れたり新聞に載ったりしているのは、もっと悲惨な部分だけなのかもしれない。

 

実際にパレスチナのガザ地区で撮影されており、

劇中に登場する街中のおびただしいがれきの山は、

セットでもCGでもなく、全て攻撃によって生じたリアルのもの。

この映画を通して、パレスチナの現状を世界に訴えたかったのだろう。

 

 

それにしても、この映画でパレスチナ情勢を考えさせられる。

今やアラブ国のみならず、世界各地でイスラム過激派が跋扈し、

連日テロ事件や、誘拐事件などが報道される。

様々な組織や団体が乱立し、その思惑も目的も一致していないが、

元をたどればおよそ70年前、ユダヤ人たちがパレスチナを占領し、

アメリカ等が後押しして、国連承認でイスラエルを建国したことがきっかけとなる。

厳密にたどっていけば、やっぱり旧世紀にまでさかのぼってしまうのだろうが、

現在活動しているイスラム過激派達の私怨は、

やっぱりイスラエルやアメリカに向けられているのだと思う。

標的がユダヤ教,キリスト教国、その同盟国や支援国へと拡大し、

今や世界各地でテロ事件が起こり、日本もその標的となって人質事件がたびたび起こる。

この歴史を知り現状を見ていると、この争いは向こう1000年は続くんじゃなかろうかと思う。

これを機会に、パレスチナ情勢、中東の情勢に関して、より知識を深めたいと思った。

 

 

 



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