蒲公英の絮

四季折々の花や空の写真と、自己流俳句で日々を綴ります。

庭の花と、季語のこと

2024-03-17 01:34:00 | 日記


















       端正に 咲いて嬉しき 八重椿





















       仏花に剪る 庭の白と 黄水仙
























暖かな一日だった。
真っ青な空に、薄い雲がたなびく長閑な土曜日。

夕飯は、孫娘と二人、簡単にというか、手抜き料理で済ます。
孫娘はそれでも、大満足で嬉しそう。
「美味しい!みんな大好きなものばかり。」

今夜は、久しぶりに夫が飲み会。
ここしばらくの土曜は、いつもじいじが居て、孫娘はすこしばかり気詰まりだった様子。

女子どうし(笑)は気兼ねがいらない。お喋りして、時に大笑いしながらの、食事は私とて楽しい。

食後は、それぞれ、アイスやスイーツをたべながら、自由に過ごす。

暖かな夜、暖房もホットカーペットのみ。
孫娘は、明日の友達とのお出かけの支度などに余念がない。

私は、ちょっと気になってたことを、調べでみた。

(少し長くなります。季語のことなど、書いてみます。興味のない方はスルーしてください。🙇‍♀️)

〈日本俳句研究会のサイトと、ウィキペディアを参考にしました。〉

鎌倉時代、連歌の発句には、季節を示す言葉を入れないといけないという決まりがあり、それを整理した季語集が「白髪集」という。

時代が遡り、芭蕉の師匠筋の、北村季吟が「山の井」という「気寄」(季寄だろうか?)を編集している。
芭蕉のころにはすでに、歳時記的な書物は、一般的だったようだ、


鎌倉時代から、明治時代にかけ、
連歌→俳諧→俳句 と発展していくにつれ、季語はより多く、より重要となっていく。

季語は、当時の歳時記の作者が決めた とも言えるし、世俗を意識した人々が、決めたとも言える。

故に、季語認定協会のような組織は、存在しない。

時代にそぐわない季語は、消えていくし、新しい季語も勿論生まれる訳だが。

いつだったか、「プレバト」で中田嘉子さんが、詠んだ俳句に、ご自分が作った季語を使い、大絶賛されていたけど、その時夏井いつき先生も言われていた、新しい季語は、その句の出来が良く、より沢山の人が使うことに(皆が認める優秀な句を作る)よって、季語になりうる。
ということらしい。


(連歌は、五七五の発句と、七七の脇句の、長短句を、交互に複数人で、詠み一つの歌にしていく。)高貴な、貴族の遊びを、時代の流れで、発句のみを、高尚 風情だけでなく、滑稽な部分を入れることにより庶民にも広まっていったという。







コメント (2)
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