先生との出会い(9)― ライフガード(4)「泳げます!」、「泳げません。」 ―(愚か者の回想四)
「先生との出会い」はファンタジーです。実在する団体及び個人とは一切関係ありません。
チーフがタワーから降りて来た。
「あなた泳げませんね。」
静かで穏やかな口調だが鋭かった。
「泳げるよ。なぁ、〇子(女性の名前)、泳げるよなぁ~。」
最初に口を開いたのはリーダー格らしき男だった。いかにも不満げにチーフを睨み言い返した。
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夏場だったのでライフガードはたくさんいる。集まって来たライフガードが入場者を威圧したと言われてはまずい。
チーフは私を除き、集まって来たライフガードをすべて排除した。そして再びこの女性に向かって言った。
「泳げますか。」
「泳げます。」
女性は堂々ときっぱり答えた。
「ほらみろ、泳げんだよ〇子は。もういいだろぉ~。」そういって男たちは立ち去ろうとした。
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ところが、その時、チーフはその女性に向かってとんでもないことを言った。
「すみませんが泳いでいただけますか。」と。
これは大変なことになった。万一、女性が泳げたら大事になる。頭を下げるだけでは収まらないだろう。しかし、チーフは穏やかながら毅然とした態度で応対をつづけた。男たちの中には熱くなり始めているものもいた。
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女性はチーフの意外な言葉に少し動揺したかに見えた。だが、すぐに立ち直り、「いいわよ。」と挑戦的な表情で言った。
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「あちらは公開中ですからこちらのプールで泳いでください。H君、ガード、頼むね。」
私が指名された。残されたのはこのためだった。
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あちらのプールとはダイビングプールである。ライフガードが休憩の時、自主トレをする水深5メールのプールである。
ダイビングプールも公開しているが、公開しているのは1メールと3メールだけで残りの5メール以上は公開してはいない。そこで、公開していない10メールの飛び板の下がライフガードの練習場となっている。
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私が先に水に入り少し泳ぎ10メートル程先で待機した。
「H君、そんなに離れなくていいよ。」とチーフ。少しプールサイド側に戻った。7メートルくらいの所で浮いていた。
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プールに向かう女性の足取りが心なしか変わった。少し離れた水面からもその表情が変わるのがはっきり分かった。
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「ここは水深5メートルです。どうぞ、ここからあのライフガードがいるあたりまで泳いでください。7メートルくらいです。」
プールは階段状に深くなる。片足を入れた時点で「ごめんなさい、私、泳げません。」と女性が言った。
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「分かりました。浅いところで泳いでくださいね。」チーフは全く表情を変えずに言った。男たちは無言でその場を離れた。
(つづく)
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