韓国の国家公務員試験に何度も落ち続けているチャヨン31歳は、いまだ独身の一人暮らし。セフレから一方的に別れを告げられ、ショックで大切な受験もすっぽかしてしまう。教頭先生をしているおっかないオンマは社会的に自立できていないチャヨンに厳しくあたり、そんな母親の目を逃れて時折姉の様子を見に来る歳のはなれた妹は大のお姉ちゃんっ子だ。コンビニのビニール袋から落っこちたビール缶を拾ってくれたヒジョンの美しい肉体に見とれたチャヨンは一念発起、ボロボロの運動靴を物入から引っ張りだしジョギングを始めるのだった....
アメリカに留学しなければ決して勝ち組にはなれない韓国社会では、母親と子供の渡米費用を捻出するためスラムのようなアパートに住みながら複数の仕事をこなす父親が、最終的に自殺に追い込まれるケースが多発している。行き過ぎた競争社会が韓国の家庭を破壊しているのだ。名門大学出身のチャヨンが就職もせずプラプラしている状態が、教頭先生の職に就いている母親には歯がゆくてしょうがない。ゆえにチャヨンやその妹にも、自分と同じような安定した道を歩ませたいと強く願う、典型的な毒親だ。
終わりなき韓国の競争社会と決別し自由を得たチャヨンだが、何をするにも歳を食い過ぎていると思い込んでいるため、はじめの一歩がなかなか踏み出せない。そんな時、小説家デビューを目指している(多分自分と同じ境遇の)ヒジョンのジョギンググループに加わったチャヨンは、友人が勤める会社へのアルバイトも決まり、なんとなく人生が好転し始める。「酒を飲むためにジョギングしているのよ」先の見えない韓国競争社会で、安定した収入を得ていない女性が、一人で生きていくことの不安を垣間見せた台詞である。
ヒジョンのジョギング・ペースについていけず道端にへたりこんだチャヨンが思わず流した涙を見た瞬間、この娘は私と同じだとヒジョンは直感したに違いない。漠然とした生活を送ることへのいいようのない不安。ちゃんと就職して給料稼いで結婚して子供を作っている周囲の目線を気にすればするほど、その不安感はいやが上にも高まってしまう。(他人から生気をすいとるように)そんな不安を一時かき消してくれるのが多分、チャヨンやヒジョンにとっての“ジョギング”だったのであろう。
走れば走るほどに距離も延び、体重も落ちて身体も引き締まっていく。この世に彼女たちが生きた確かな証拠。女性にとってまるで“妊娠”のような目印をボディに刻んでくれるジョギングは、男とのSEX以上に彼女たちに安らぎを与えてくれたのだ。しかし....ジョギングによって放出されるドーパミンが不安による喪失感を充たさなくなった時、悲劇が起こるのである。会社を辞め、最後の晩餐?を家族にプレゼントしたチャヨンは一人高級ホテルのスイートに宿泊する。自分の身体に刻まれた努力の形跡(腹筋)をいとおしむようになぞりながら静かに果てたチャヨンが、窓辺でヒジョンの待つ天を見上げる。この後妹と約束したナイトランニングに出かけるのか、それとも.....それは誰にも分からない。
アワ・ボディ
監督 ハン・ガラム(2018年)
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