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意思による楽観のための読書日記

コンジュジ(cônjuge) 木崎光子 ***

せれなが9歳のとき、母は家を出ていった。あまり生活力のない父親と二人で生きることになった小学生のせれなを心配してくれたのは父の姉、つまり伯母だった。母のいない寂しさと、変わり者の父親、その寂しさの隙間を埋めてくれるのは、1970年代伝説のロックスターで、イギリス人のリアン。小学生だったせれなは図書館でリアンの伝記を借りて読んだ。リアンも父親と向き合い、その暴力に負けないために歌手になったという。

父親はブラジル人の女性ベラさんを新しいお母さんだと言いながら家に連れ込んだ。タイトルのcônjugeは配偶者の意味ではあるが、ベラさんと父親は本当の意味での配偶者同士にはならなかった。ベラさんは女の子を産んだが、その子を父親に会わせようとはせず、家を出ていってしまう。しかし、ベラさんは時々せれなだけがいるときを見計らって食事を作りに来てくれた。

せれなが14歳の頃から父親による性暴力が始まり、せれなに抵抗するすべはなかった。せれなは憧れのスーパースターであったリアンの幻想に逃げるように縋りながら、悲惨な現実から逃避し続けた。せれなが高校生になり、ある時、せれなの上にのしかかってきた父親を拒絶し、思いつくばかりの罵詈雑言を浴びせたが、父親は暴力で応えた。それを見つけたベラさんは、父と格闘し、屋外での乱闘騒ぎにもなり、父もベラさんも死んでしまう。警察沙汰になるが、事情を聞かれ、自身も大怪我をしていたせれなは伯母さんの家に引き取られた。

伯母さんはせれなから事情を聞くが、せれなとしてはなぜかこの伯母が好きになれない。高校をやめ、アルバイトをしながら18歳になるまで伯母さん宅に住まわせてもらった後、仕事を見つけて一人で暮らすことにする。それでも、死んだ父親の幻影は脳裏から離れない。現実逃避で憧れ続けていたリアンも、その伝記によれば、スターの現実は、結婚、薬物依存、離婚、再婚、離婚、スペインの路地裏で死亡、と不幸な末路をたどっていた。一人になったせれなが頼れる人はいない。明日も、せっかく見つけて収入を得られることになった仕事場に行く。物語はここまで。

父親による性暴力に苦しんだ少女は、思春期を通して、悲惨すぎる現実とロックスターに憧れることで逃避できる幻の世界を漂うように生きるしかなかった。その現実を背負ったままこれからの一生を生きていく。周囲の大人がもっと早くに気づいてあげられなかったのかと、考えてしまうが、中学生の少女が自分の意志で声を上げることはできなかった。伯母さん、担任の先生、近所の人、ベラさん・・・重いお話だ。すばる文学賞受賞作、芥川賞候補。
 

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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