2019年に亡くなった眉村卓の絶筆エッセイ。病と老いから入院を繰り返し、亡くなるに至るまで書き続けた文章をまとめた一冊。役者で言えば「舞台の上で死にたい」、サラリーマンだと周りに迷惑がかかりそうだが、これは作家冥利に尽きるのではないかと思う。最期のエッセイになりそうな予感が本人にもあり、自分の作家としての出発点と、今でも思いつくアイデアを書き留めたいという執念である。
眉村卓といえば「なぞの転校生」シリーズかもしれないが、私が読んだ眉村卓といえば、「消滅の光輪」で、司政官が消滅する太陽という運命に立ち向かうストーリー。Amazonによれば以下のようなお話。「植民星ラクザーンでは、人類と瓜二つの穏和な先住民と、地球人入植者とが平和裡に共存し発展を謳歌していた。だがその恒星系の太陽が、遠からず新星化する。数年内に惑星のすべての住民を待避させよ――。新任司政官マセ・PPKA4・ユキオはロボット官僚を率い、この空前ともいえる任務に着手する」。
大阪に1934年に生まれた眉村は阪大を卒業、岡山のメーカーに就職。サラリーマンの傍ら当時で始めていたSF小説を書き始めた。出始めのSF同人誌に投稿しながら作家を目指す。暮らしていた社宅、第二室戸台風で瓦が飛んで天井から雨漏り、近所付き合いの面倒さ。そしてSF月刊誌への作品掲載から作家活動への体重移動が始まる。その経緯を大阪から東京への列車/新幹線移動とダブらせる。昔は急行で14時間かけて移動したのが、新幹線なら3時間。これも昔の駆け出し時代と現在がダブる。
大阪に暮らしながら東京のSF雑誌に作品を送りながら執筆を続ける生活。東阪間の往復のたびに国鉄列車での旅となる。東京につくと駅のサウナで汗を流し、渋谷や御茶ノ水の旅館に宿泊する。締切に追われるようになると東京の旅館に缶詰となり原稿を書き連ねる生活。渋谷の安旅館では留守番を任されるほど入り浸りとなる。
当時のSF書といえば早川書房、会社は木造2階建て、神田駅の傍にあったが火事で焼けてしまう。妄想と現実、記憶と想像が混在して定かではない。「フシギ系物書き」としての眉村は流れる時間についても、それは複数あると考える。人間にだけではなくすべての生き物にそれぞれの流れる時間があると。つまり、記憶も複数の流れからなると想像すると、神田の本社が焼けたことも、自分が物書きなのも定かではなくなるような....。
物書きとしてひとカドになると、宿泊する場所も安旅館から丘の上ホテルへと出世する。ルームサービスというものを取って部屋で食事もしてみる。そうこうするうちに、娘と一緒にイギリス旅行をした時のことへと記憶が移る。ロンドンの街、コベントガーデンにノッティングヒル。瞬間移動のことを転移が転じて「テンニィ」と呼び、娘はテンニィで旅先に現れたりもする。
作家は死ぬ直前まで書き続けるもの、それを本として残しておきたい。娘さんの意思を尊重した編集者の思い、出版社の判断。一人の読者として敬意を表したい。