バッテン長崎の人

長崎の良いところ発信、植物観察、旅日記、日々感じること、自分での新発見、写真付きで日記や趣味を書く

私はヘミンウェーの老人と海みたいな人生最後でありたい。

2015-08-30 22:49:17 | 人生




老人と海、老人が小舟で大海に釣りに出る、遊びで釣りに出かけたのか、最後を心に海に出たのかは、わからない

老人が釣りを生業にしてたかもわからない。

老人は大きい魚、小舟よりも大きな魚をかけたが、その魚がとてつもなく大きく、船ともどもに

魚に釣られたかのように、海底へ沈みゆく。

老人は釣り師、敢然と魚と戦う、自分が生きようと思へば、釣り糸を海中投げ込めばいいのだ。

老人は今まで何度も挑戦し、釣ることができなかったのだろう。

彼は夢を現実化して海中に去ってしまった。多分天国へ向かったのだろう、と私は思いたい

老人は今までの苦労が嘘のように海中に去ってしまった。海は静かに、穏やかであった。





今長崎は海外の人でごった返し

2015-08-29 03:01:04 | 長崎物語



浜の町へいくと、外国の人が目立つ、やはり世界遺産のおかげだろうか?

中国、フィリピンの人が多いようですが、世界中の人がこんなに、長崎に集まるのは珍しい。


中国も、韓国も日本が嫌いと言ってはいるが、その反対に日本を好きな人も多いのでしょう。

多分日本ほど安全で、お土産なども全てに安心できますからね。

少し怖さも感じますが。

彼らがジュアンジャンやってきて、日本を乗っ取る感じがする。ジョウタンですが。







A bird in the hand is worth two in the bush.

君に会いたくて

2015-08-28 03:24:51 | 思い出


この20年の間、前半10年間はロンドンへ旅中間5年は京都、最近は沖縄と近場の国へ。20年以前は世界の駆け巡り。



この花見て、また沖縄に行きたくなった。感覚的には沖縄は外国のようにも思へた。

食事、果物など沖縄のとても美味しかった。最初行った時は何を食べればいいのか見当がつかなかったので

1.5万円くらいのコース料理を食べてみた。全て私の胃を満足させてくれた。

ゴウヤチャプルーはなかなか、ありつけなかった。売り切れ、売り切ればかり。

中でも名護市でのかどや食堂の料理は素晴らしかった。特に島らっきょの天ぷらは最高で、その後食べる機会がない。

泡盛も最高な飲み方を教えてくれた。出てくる器はわたしを十分に満足させてくれた。

沖縄の城も良かった、今帰仁城は素晴らしかった、マツピチュのお城に似てるように思えたが。

首里城も行ったが、あまり感ずるものはなかった。

陶器の窯元も沢山行ったが、良い値がしてとても手が出なかった。

お酒は残波の白が一番美味しく飲めた。あと1度くらいは、行ってみたいと思ってますが、いかに。




我が陶争( 陶芸)

2015-08-27 04:01:26 | 陶芸


こんなに出来の悪い作品  花瓶


もっと変わった角度から。


手のリハビリで陶芸始めたのですが、こんなに苦労するとは思わなかった。

中学1年の時 図工の時間に作った作品、カナダの学校へなんとかと言う記念で送られた経験があったので

も少しまともな作品が出来ると思っていたのですが。

寂しい経験になりました。もっと頑張らんば!



幼稚園くらいの出来栄え、子供たちに怒られるかな?

我が闘争

2015-08-26 03:48:02 | 人生




おにやんまの突然の訪問、1日私の部屋で遊ばえて翌朝外へ放ってやる。


病気、治る病気と治らない病気がある。

薬を飲んで治癒するのは良いですね。

一寸、痛いかもしれないが手術して感知売るのは良い方

薬飲んでも、手術はできない この場合薬はきやすめの役目

何にも手のうちようのない病気がある。この世の中には、そんな病気が多くある。

薬も効かない、手術もできない 痛みをしびれをただ我慢して、死を待つ、それが長期に径と哀れである。

自殺と言う薬が一番効く病気。私のように勇気のないものには、尾の時が来るまで、痛み、しびれに怯えて

生きていくしかない。

我が闘争と書いたけど、闘争の価値のない病気 それが私の病気。

それでも、嬉しい時も、悲しい時もある。

でもその時がえ待ってきてるように思う。今まで生きてきたのも、神様のご加護があったから。