きょう8月15日は大東亜戦争終結から75年の節目の年、ということで、先の戦争にちなんだお話を。
弊ページでたまに姿をのぞかせる、死んだうちの父方のじいさん。
その兵隊生活は捕虜時代も含めると実に8年にも亘り、それで五体満足であった!というだけで驚愕の一語なのですが…いや、ありました。兵隊生活でたった1か所悪くなったところが。
それは、歯。
ワタクシが知る限り、うちのじいさんに限らず、兵隊を経験したじいさん連中のほとんどが総入れ歯、あるいはガタガタの歯の保有者でした。
まあ、極悪な衛生環境・精神的ストレス・まともな飲み水なし・煮炊きもろくにしていない食べ物を常食する・その合間にタール100%の紙巻きタバコをスパスパ吸う…そんな野戦生活のなかに、オーラルケアのメリットとなるものは何ひとつ存在しないですよね(;^ω^)。
こんにちのワタクシたちとは比べ物にならないほどの強靭な肉体と精神を持っていた旧軍の兵隊さんといえども、歯だけは軍人精神で鍛えることが不可能であり、それぞれに悩みを抱えていたようです。
作家・火野葦平が遺したチョー名作戦記文学「花と兵隊」のなかには、当時の兵隊さんの口腔状態を知ることができる、実に秀逸な一文があります。
「私たちはたいていどう したものか歯をいためている。はげしい戦闘中や行軍中は、むやみに甘いものがほしかっ た。
私たちは進軍中はたびたび、ぜんざいなどをこしらえて食べ、羊羹 などは一人で五 本ぐらいは平気で食った。いまごろは一本もなかなか食えないが、その上、進軍中の食事はあんまりていねいでなかった。そのようなことが原因かどうか知らないが、 兵隊は多く歯をいため、私も弱っていた。」(「花と兵隊」Kindle 版〔火野葦平・社会批評社〕より転載.)
これに加え、じいさんたちは戦後~高度成長期直前における、「食うだけで精いっぱい」という衛生状態のよくない日々が続いたわけですから、その口腔内がどういう末路を辿るかは自明の理。
うちのじいさんの話をしますと、じいさんが65歳で自分の機帆船を手放して隠居生活に入ったときには、前歯が上下1本ずつ、しかも缶ピースで燻されすぎてまっ茶色になったものしか残っていませんでした。なので当時のじいさんは、オジヤやうどんといった、歯がなくても食えるようなものをよく食べていたと記憶しています(その後入れ歯をあつらえてからは、普通のメシが食えるようになってましたが(;^ω^))。
そんな爺さんがたまに孫どもに言う「歯はよう磨けよ」という言葉には、大変な重みがありましたっけか(;^ω^)。
わが国で「オーラルケア」なるものが人口に膾炙したのは、おそらく東日本大震災のとき。
偏りがあるうえ不規則な栄養摂取状態、食糧や水に比して、全く行き渡らない歯ブラシや歯磨き粉、東北の寒冷気候といった悪条件が重なり、虫歯や口内炎に苦しむ避難者が多数出現。これによって多くの人が初めて「ヒトは食うだけではなく、ちゃんと歯磨きをして口腔内を清潔にしないと、思いがけない不健康を招く」ということを知ったように記憶していますが、じいさんから戦地と歯の話を聞いていたワタクシとしては「遅きに失しているなあ」としか思えませんでした。
「人間、入るところと出るところの病気が一番怖い」などと申しますが、そうした観点から見てもやはり日ごろのオーラルケアは重要であり、ワタクシもちゃんと歯を磨き、必要があればマウスウォッシュをするよう心がけております。
付近にいる人に不快な思いをさせないという、一般常識的エチケットの観点もあるのですが、やはりなにより自分のため…きょうもちゃんと仕事ができて、運動ができて、本を読めてというなんちゃーない日常を送れるようにするためにも、オーラルケアは大事にしようと思っています。
弊ページでたまに姿をのぞかせる、死んだうちの父方のじいさん。
その兵隊生活は捕虜時代も含めると実に8年にも亘り、それで五体満足であった!というだけで驚愕の一語なのですが…いや、ありました。兵隊生活でたった1か所悪くなったところが。
それは、歯。
ワタクシが知る限り、うちのじいさんに限らず、兵隊を経験したじいさん連中のほとんどが総入れ歯、あるいはガタガタの歯の保有者でした。
まあ、極悪な衛生環境・精神的ストレス・まともな飲み水なし・煮炊きもろくにしていない食べ物を常食する・その合間にタール100%の紙巻きタバコをスパスパ吸う…そんな野戦生活のなかに、オーラルケアのメリットとなるものは何ひとつ存在しないですよね(;^ω^)。
こんにちのワタクシたちとは比べ物にならないほどの強靭な肉体と精神を持っていた旧軍の兵隊さんといえども、歯だけは軍人精神で鍛えることが不可能であり、それぞれに悩みを抱えていたようです。
作家・火野葦平が遺したチョー名作戦記文学「花と兵隊」のなかには、当時の兵隊さんの口腔状態を知ることができる、実に秀逸な一文があります。
「私たちはたいていどう したものか歯をいためている。はげしい戦闘中や行軍中は、むやみに甘いものがほしかっ た。
私たちは進軍中はたびたび、ぜんざいなどをこしらえて食べ、羊羹 などは一人で五 本ぐらいは平気で食った。いまごろは一本もなかなか食えないが、その上、進軍中の食事はあんまりていねいでなかった。そのようなことが原因かどうか知らないが、 兵隊は多く歯をいため、私も弱っていた。」(「花と兵隊」Kindle 版〔火野葦平・社会批評社〕より転載.)
これに加え、じいさんたちは戦後~高度成長期直前における、「食うだけで精いっぱい」という衛生状態のよくない日々が続いたわけですから、その口腔内がどういう末路を辿るかは自明の理。
うちのじいさんの話をしますと、じいさんが65歳で自分の機帆船を手放して隠居生活に入ったときには、前歯が上下1本ずつ、しかも缶ピースで燻されすぎてまっ茶色になったものしか残っていませんでした。なので当時のじいさんは、オジヤやうどんといった、歯がなくても食えるようなものをよく食べていたと記憶しています(その後入れ歯をあつらえてからは、普通のメシが食えるようになってましたが(;^ω^))。
そんな爺さんがたまに孫どもに言う「歯はよう磨けよ」という言葉には、大変な重みがありましたっけか(;^ω^)。
わが国で「オーラルケア」なるものが人口に膾炙したのは、おそらく東日本大震災のとき。
偏りがあるうえ不規則な栄養摂取状態、食糧や水に比して、全く行き渡らない歯ブラシや歯磨き粉、東北の寒冷気候といった悪条件が重なり、虫歯や口内炎に苦しむ避難者が多数出現。これによって多くの人が初めて「ヒトは食うだけではなく、ちゃんと歯磨きをして口腔内を清潔にしないと、思いがけない不健康を招く」ということを知ったように記憶していますが、じいさんから戦地と歯の話を聞いていたワタクシとしては「遅きに失しているなあ」としか思えませんでした。
「人間、入るところと出るところの病気が一番怖い」などと申しますが、そうした観点から見てもやはり日ごろのオーラルケアは重要であり、ワタクシもちゃんと歯を磨き、必要があればマウスウォッシュをするよう心がけております。
付近にいる人に不快な思いをさせないという、一般常識的エチケットの観点もあるのですが、やはりなにより自分のため…きょうもちゃんと仕事ができて、運動ができて、本を読めてというなんちゃーない日常を送れるようにするためにも、オーラルケアは大事にしようと思っています。
タモン様、初めまして。弊ブログ管理人・周防平民珍山でございますm(__)m。純正純粋の変人であるワタクシのページに、よくぞお越しくださいましたm(__)m。
歯と痔はほんとうに処置を誤ると大変なことになりますよねえ…
尾籠なお話で恐縮ですが、ワタクシもいわゆる「怒責」的な負荷が加わる運動を続けていたところ、軽度のイボ痔が出来たことがあり、たまたま近所に名医がいたため即座に感知しましたが、往生いたしました。
老骨武道オヤジさま、ワタクシも「人間もサメの如く歯がジャンジャカ生えてくれば」と思ったこと、一度や二度ではありませぬ(;^ω^)。
歯と痔の痛みは別格ですね。
両方とも痛みを感じる位悪化したら自然治癒はまず無理なのですが、どちらもあまり他人にはお見せしたくない部位なので治療が遅れがちです。
私も歯の治療に関してはいろいろ後悔がありました。