何だか、小泉の支持率が上がってきて、何でもいいから貫く姿勢が評価されているのではないかなどと、テレビのコメンテーターが無責任なことを言っている。支持率アップの原因が解散直後のニュースにあるのは明白ではないだろうか。ニュースで、解散までの流れを追う際、ほとんどの局が、「郵政民営化を旗印に総裁選に何度も立候補し、ようやく首相になった小泉が、断固として郵政民営化を貫く一環としての解散」という描きかたをしていた。あの映像を見れば、権力を批判的に見る習慣のない日本では、小泉支持に回る人も多いだろう。テレビ局がまず伝えるべきことは、小泉政権下で何が実現したのか、内政(景気、年金など)、外交(イラク派遣、対中国政策など)を客観的に描き出すことであった。そうであったならば、恐らく、支持率は下がっただろう。テレビ朝日椿発言問題
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/mamos/tv/tsubaki1.htmlを機に、政権によるテレビ局支配が進んだために、もはやテレビ局が報道機関として機能せず、公報機関となっていることの明白な弊害だ。
長くなるが、半藤一利「昭和史」(平凡社)が、参謀本部の満州占領計画について述べている部分を引用する。
「注目すべきはその(満州問題解決方策大綱の)終わりの方に、この大方針を実行に移すにはどう考えても内外の理解が必要であると述べていること。その「内」とはマスコミをさします。この辺から、マスコミが軍の政策に協力しないと、つまり国民にうまく宣伝してもらえなければ、成功しないということを軍部は意識しはじめます。張作霖爆殺事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B5%E4%BD%9C%E9%9C%96以降の、陸軍のもくろみが全部パーになったのは、反対に回ったマスコミにあおられた国民が「陸軍はけしからん」と思ってしまったのが原因だとたいへんに反省したからです。ゆえに今度何かをやる時はマスコミをうまく使おうじゃないか、というので、ここから先はマスコミ対策が参謀本部の大仕事となり、新聞社及び普及しつつあったラジオ、日本放送協会への働き掛けがいろんな形でどんどん強くなっていきます」(60頁)
そして、満州事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E5%A4%89を起こす。
「満州事変の本格的な報道は十月からはじまるのですが、それから約六か月間に、朝日も毎日も臨時費約百万円を使いました。ちなみに、当時の総理大臣の月給は八百円です。いかに新聞が金を使ってやったか-朝日の発表によりますと、飛行機の参加は八機、航空回数百八十九回、自社制作映画の公開場所千五百、公開回数四千二十二回、観衆約千万人、号外発行度数百三十一回、と大宣伝に大宣伝を重ねたんですね。すろと、毎日新聞が、負けるもんかと朝日以上の大宣伝をやりました」(81頁)
「新聞がわんわん煽るものんですから、日本じゅうが「さあさあ戦争戦争」と、子供まで戦争ごっこで、同時に庶民の間ではやたらに慰問袋ブームで、どんどん作っては戦場に送っていました。(中略)他方、裏側では、昭和四年のウォール街の暴落以降、不景気が国じゅうを覆っていました」(83頁)
小泉が支持されれば、政権党内にバランス機能が働きにくい小選挙区制度とあいまって、独裁的な政権になることは間違いない。
この解散について、「いつか来た道解散」だったといわれる時が来ないことを願っています。