「満(ま)よひ子の志(し)るべ」とは東京都中央区の一石橋にある石標で、江戸時代の迷子さがしのための情報交換板のようなものである▼当時はそれほど迷子がよく出たらしい。迷子があれば親と近所の者が鉦(かね)と太鼓をたたいて捜し歩く。「迷子の迷子の○○やーい」。江戸川柳の<まよい子の親はしゃがれて礼を言ひ>。やっと、わが子を見つけだすことができたのだろう。一緒に捜してくれた人たちへの礼の言葉も、喜びで胸がつまってうまく出てこなかった。子を案じる親の心が伝わってくる▼迷子さがしよりも状況は深刻である。イスラエルの攻撃が続くパレスチナ自治区のガザ。人びとの間でこんな奇妙な「習慣」が生まれているそうだ。親がわが子のおなかや足にその名を書き記しているという▼体に名を書いておけば子どもの身になにが起きたとしても後で身元が特定できる。迷子防止というより最悪の場合を想定しての行為なのが悲しい▼ガザでの死者は既に5千人を超えた。空爆、機能を失いつつある医療体制。現地ではそれほど「死」が身近になってしまっている▼どんな思いで子の名を書いているのだろう。<まよひ子の太鼓きく夜の朧(おぼろ)かな>坂部壺中(こちゅう)。心配する親、心細かろう子。迷子さがしの寂しい太鼓の音が遠くから聞こえたようでうろたえる。停戦の道を何としても見つけたい。体に名なんぞ書かせてはならぬ。