ボクシングの元世界チャンピオン輪島功一さんは旧樺太に生まれた。10代で上京し、新聞配達、牛乳店、土木作業員などの職を経て偶然見かけたジムで競技にひかれ25歳でデビュー。肉体が盛りを過ぎたはずの30代で世界王者の座を2度奪い返した▼遅咲き。ノンフィクション作家佐瀬稔さんは成功より逆境でのたうつ姿が印象に残ると書いている。乱打でボロ切れのようになっても倒れない。致命傷のパンチにも幽鬼の形相で立ち上がる▼「望みは絶対に捨てない、必ずもう一度這(は)い上がってみせるという、決意ないしは人生観をあれほど強く表現してみせたボクサーも珍しい」▼望みを捨てなかったから迎えられた節目だろう。昨日、輪島さんらボクシング界が支援してきた元ボクサー袴田巌さんの再審が始まった。57年前の強盗殺人事件で死刑判決を受けたが、裁判をやり直す以上は無罪の公算が大きい▼輪島さんらは集会などで世に冤罪(えんざい)を訴え、裁判所にも足を運んで巌さんの姉ひで子さんを支えた。当局の犯人視は経験者を「ボクサー崩れ」と呼ぶなど当時の世の偏見が一因とされるが、ボクサーが力を添えたから再審の重い扉も開いたのだろう▼佐瀬さんは老いてなお闘った現役時の輪島さんを「歳月に反逆を企てた男」と称した。長い歳月に屈せず、絶望の淵から這い上がってきた仲間との共闘は恐らく、じきに終わる。