伴サッカークラブ

広島市で活動する4種伴サッカークラブ概要とスケジュール管理のブログです。「おまけ」で日々の活動等も載せてます。

伴サッカークラブへようこそ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
チーム指導方針
○大人に向けて、社会人として、努力できるように育てる。その準備となるように指導する。
 伸びていく選手に上を見させる事、また伸び悩んでいる選手には底上げを。
 子供たちにとって上を見させる事も必要な事ととらえ、勝負にこだわる部分も持つ。

伴サッカークラブ
監督 上野
保護者代表 荒槙

部員数
6年~1年40名
これから増加
選手紹介
練習日
○1~6年生
   土・日曜日
 9時~12時 伴小上グラ
○3~6年生
   火・木曜日
 17時~19時 伴小上グラ

  体験練習随時開催♪
 
クラブ会費
1~3年生  1000円/月
4~6年生  1500円/月
   スポーツ保険 800円/年
個人登録費  1500円/年(3年生以上)
水曜夜の練習会 照明代500円集金(高校生以下OB無料)

伴SCスタッフ紹介
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練習試合のお誘いは♪
tomo_sc12「@」yahoo.co.jp
こちらまでお願いします♪

熊本地震から1年

2017-04-17 19:38:59 | 熊本


今日は凄い雨ですね…
帰宅時に道路が川のようでした('ェ';)
携帯は避難指示で鳴りっぱなし。
ドコモが20分に鳴ったら、auは20分後の40分…。


1日遅れましたが熊本の地震から1年が経ちました。

ちょうど1年前、PTA理事会の日だったかな。帰宅後、最初の余震はお風呂に入っている時でした。
地震で揺れたので、慌てて上がると、ニュースの震源地は熊本!
すぐに長男に電話をしたが繋がらず。しばらくして全然大丈夫だったと電話があり安心しました。

翌日は普通に役員選考会。
長男は阿蘇大橋に行ったり、先輩とラーメン食べに行ったようです。

疲れて帰ったその日の夜。
本震は夜中に突然やってきました。
飛び起きて震源を見ると、また熊本。
今度は長男に電話も繋がらず、被害が尋常じゃないとニュースで見て焦る。

2時になり、突然知らない番号から電話が。
留守電に長男の声。
「家も崩れて大変だけど、生きてるから…とりあえず無事だから!」
それだけ喋ってすぐ切れる。
その後、何度電話しても繋がらず。

ニュース見ながら眠れない夜。
生きてるとは言ってくれたけど、どんな状況なのか…

夜が明けて、ニュースで見るヘリからの画像。
少し前に通った阿蘇大橋が無い。
これって長男の下宿の近所じゃん!
潰れた下宿も見覚えのある建物
どこで何をしてるのか…
学校も状況を把握できてないし、長男からの連絡もなし
友達の母には連絡があるようで、そこから状況を把握
どうも高森に移動?雨の予報も出てるのに?
何キロあるんだ?移動は安全なのか?
学校も把握できていない噂で右往左往

高森の避難所でやっと長男と電話が繋がる
自衛隊に連れてきてもらったと聞いて安心しました

ただ、迎えに行こうにも、現地の状況が分からない
高速は?どこまで行けるのか?PTAの資料を作ってる場合じゃない…

その頃、東海荘でできたばかりの1年生の友達がいて、兵庫からお父さんが空路で宮崎に入ったと情報が…
ありがたい事に、高森へ車で行かれ、宮崎まで連れて帰ってもらう事ができました

そこから空路で神戸へ脱出

新幹線に乗って長男が帰ってきました
逃げ出した時のままのパジャマに、借りたジャージ着て
ヨロヨロと改札を抜けてきました
リュックには先輩にもらった非常食も詰め込んで…
お互いに顔見て、安心して、大の男2人が泣きました(ToT)

生きて帰ってきてくれました
初めての1人暮らし
送りだした親としては不安でした
そんな矢先に起きた地震
先輩や仲間と助け合い、高森の人たちに助けてもらい
生きていてくれた


今は熊本市内のキャンパスに移動し勉強中です
当時の下宿は解体されて更地になったようです
昨日はセレモニーもあったようです
画像はボランティアで熊本の農家を手伝っている様子です
元気にやってます…


1年経って熊本地震のニュースもこちらでは減りました
現地ではニュースも多いみたいだけどね
普通の生活に戻ったイメージがあると思うけど、実際に仮設住宅に住んでる人は多いし、復旧が後回しになっている所も多くて、まだまだ元通りになるには年月が必要です
少しでも現地に行って状況を見て欲しいです
雄大な阿蘇の自然…とその脅威
観光客も戻ってきてはいるみたいだけど、熊本阿蘇の事を少しでも思っておいて欲しいです

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午後の紅茶

2016-12-10 18:23:58 | 熊本
午後の紅茶 「あいたいって、あたためたいだ。」篇 TVCMメイキング

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熊本地震の週末詳細

2016-04-20 11:36:14 | 熊本


熊本地震の事で、色々と書いてしまって申し訳ないです。
チームのブログなので遠慮しなきゃいけないのにね…。

色々と状況を聞かれるので、別のブログに書いた文章を貼り付けておきます。
14日の最初の地震から、18日に広島に帰ってくるまでです。

<以下>

阿蘇へ行ったのは下宿の準備など色々と。
4月の初めでした。あれから2週間か…まさかね…。

14日金曜21時の地震では阿蘇の被害は少なかったです。
長男はモンハンを5人でしてて、慌てて外に飛び出し、友達の車で車中泊。
被害も熊本方面に集中していたし、その翌日15日もラーメンを食べに出かけたらしい。
ちなみに、その際に阿蘇大橋にも立ち寄ったとか。
どうせなら夜に来ようと話もしてたとか・・・(ェ;)

その15日の夜。
友達の部屋で下宿生5人一緒に寝る事になったらしく、騒ぎながら過ごしていたようです。
そのうちに1人眠くなったので、そのまま部屋でゴロ寝。

日が変わり翌16日深夜1時。
大きな揺れと音で目が覚めたようです。
天井は落ちそうだし物は倒れてくるし、必死になって5人で耐えて、揺れが治まってから外に飛び出したとか…駐車場はアスファルトは割れてるし、窓ガラスが落ちて飛び散ってるし、悲惨な状況でした。
他の下宿生たちも駐車場に集まり、小さなグループをそれぞれ作り、身を寄せ合って夜を過ごしたらしいです。パジャマだし寒かったでしょうね…。車のライトや携帯でしか明かりもなく、真っ暗な中で何度も襲う余震。きっと心細かったと思います。

長男の小さなグループは「歌」を歌って元気を出したらしいです♪
地震直後の深夜2時に携帯から、「大丈夫だから」と連絡がありました。


翌朝…近所の小学校に少しの荷物を持って下宿生集合。

目の前には大きく崩れた山。阿蘇大橋は無くなってるし、近所のアパートでは崩れた1階の捜索活動。前夜から寝れなかったのでそのままウトウトしてたんだけど、取材のヘリでここでも寝れなかったとか。よく飛んでましたもんね取材ヘリ…。
こっちでも中継見ながら、どこかいるかな?と探してました。下宿の様子を見たかったけど、ちょうどカメラから切れる場所。


その後、全学生は体育館に集合となり、移動。
大学では水と非常食をもらったようです。
ずっと寝れなかったので、体育館でも眠くてウトウトしていると招集がかかり、下宿生はまとめて移動。
今度は30人で高森中に行く事に。
ここまで電波も悪く、連絡とれず。

移動途中に「無事だから」と連絡有りで一安心。
ただ、天候も悪化する中で、歩いて移動とか聞いて、酷く心配しました。阿蘇から高森まで17キロもあるんですから・・・。
実際は、少し歩いたあと、自衛隊の車で移動したようですけどね(ェ;)

避難所の高森中ではおにぎりと味噌汁と頂いたようです。
体育館で身を寄せ合い、過ごしたようです。学生が60人ほど。
地元の人に感謝です。


翌日、携帯の電源を節約しつつ、仲間の一人が兵庫の父に連絡。
ここまで前日夕方から、ウチには連絡なし(-_-;)
この頃が『心配』のピークでしたね…。歩いて移動って言ったのが最後でしたからね。
どこで何をしているのか、誰といるのか、無事に避難所に着いたのか???

友達伝えにやっと連絡がとれたのが14時。
どこで何をしているか把握。どうも友達のお父さんが現地に向かっている?合流してもらえる?そんな話を聞きました。 

その頃、兵庫で電話を受けた友達のお父さん。
すでに伊丹空港から宮崎空港へ移動。
そこでレンタカーを借りて阿蘇に向かっていたとか。かなり渋滞しつつ高森に到着。
そこから子供たちを乗せて宮崎に脱出。

安心しホテルで1泊。

そして18日宮崎空港から伊丹空港へ…。
新神戸から新幹線で帰ってきました。


改札口で待っていると
見慣れない服を着て、少しよろけながら
顔を見つけて照れながら
苦笑いしながら帰ってきました。
思わず背中をポンポンと♪
「よく頑張ったのぉ」と言うと泣きながら「うん」と言いました。
私も涙が止まりません。人もたくさんいたけれど我慢できませんね…。

あの状態から生きて帰ってきてくれただけで嬉しいです。
我が子の死を今まで感じる事もなかったですから。
同じように4月に入学した1年生は亡くなってました。
この4月から遠く離れた場所に行き、知らない土地で1人で暮らし、震災を体験。
自分だったらどうだったのだろうと考えますね。

今回の件では下宿の友達、先輩、自衛隊、避難所の方々、迎えに行かれた友達のお父さんなど、たくさんの方々に感謝です。
もう少し落ち着いて、作業が開始するようになったら恩返しに熊本に行きます。

こちらでできる事を探していきたいです…。

<以上>


少し補足。
帰ってきた時は、初日に着ていた上下パジャマと友達に借りた上着だけでした。
カバンの中には下宿の先輩たちが集めた缶詰。
高森中の避難所ではおにぎりと羊羹を食べたとか…。
衣食住の当たり前の事が、当たり前じゃない状況だったんですね…。
生きていてくれてよかったです。

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命あっての・・・

2016-04-18 15:52:41 | 熊本


トーイが帰ってきました。


改札でお互いに思わず泣いてしまいました。
よく生きて帰ってきてくれた…。

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熊本地震

2016-04-16 06:57:37 | 熊本
14日夜の地震では、阿蘇に大きな被害がなかったのですが、16日未明の地震では大きな被害が出ています。
南阿蘇村では土砂崩れもあり、阿蘇大橋も見えません。土砂に流されています。

トーイは午前2時に電話があり、怪我もなく無事との事。
住んでる下宿は、大きく1階部分が崩れているアパート群から、200メートルほどの距離です。
これから雨も降るらしいので心配しています。

メールやラインで心配してくださってるみなさん。
トーイは怪我もなく無事です。

沼田高校から東海大に行った3名は無事です。


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