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大宮熱田神社例祭の獅子舞⑫

2019-09-20 23:10:25 | 民俗学

大宮熱田神社例祭の獅子舞⑪より

 既存の報告資料を鵜呑みにして地区ごとの獅子舞について聞き直すと、その違いに気づく。同じようで、それぞれの地区で異なる部分も多い。下記は、大久保で聞いた話である。

 

 大宮熱田神社の氏子範囲の総称はない。梓川村梓のうちの一部。神社を通して関わる地域である。

 氏子総代は、上立田8名、下立田5名、丸田5名、大久保3名、南北条2名、北北条2名、計25名。氏子人数割(上納金)で決められている。大久保は戸数80戸ほど。隣組は6組ある。

 若連は、16~30歳だったが、今は人が足りなくて40歳くらいまでやる。昔は長男のみだった。若連が祭りを仕切ったが、今はブテン飾りは町会で行っており、若連は獅子舞とヤグラを担うくらい。対外的なことは若連が行う。昔は幟立てやダシを曳くのは区民に頼んだが、ほかのことは若連が行った。若連の人数が減っており、今は10数人くらいでないか。若連の頭を若長(ジャクチョウという)いう。次年長をやると若長となる。次年長は本祭りの際に神事に加わり玉串奉奠を担う。

 

 丸田のブテンは公民館を午後8時に出発。ヤナギ坂を上ったところで、大久保が出迎える。公民館では丸田が来る前(午後8時から)に獅子舞が行われる。舞い始めの舞にとくに呼び名はない。丸田が大久保公民館のある四辻まで来ると、挨拶が行われる。

 北北条の南外れにある消防詰所のところに北条のダシ庫がある。ここまで大久保・丸田のブテンが進むと、挨拶が行われる。昔は、若宮八幡社の入口まで北条が迎えに来た。雨天の場合は、ブテンの曳行はなく、挨拶もしない。獅子舞は雨天でも行う。このときヤグラも持っていくが、昔はヤグラは持って行かなかったのではないか。ブテンを引くのは区民で、誰でも良い。

 ブテンが移動する際には、獅子を入れる籠があった。背負い神楽という所以である。ヤグラにはハナと提灯をつけて飾り、天照皇太神宮の御札が載せられる。昔ヤグラに頭を納めて移動したこともあった。頭は公民館においてある。

 

 千日前の辻において先番が「こんばんは、おめでとう」と始める。昔は毎年大久保が先頭で入っていったとも聞く。丸田が先番だとゆっくり、大久保は早い。神仏混交時代には大久保にある「金松寺」という看板を持って行った。お宮の奥に幟を立てるのは大久保だったし、提灯も奥に吊るす。金松寺の檀家は800戸ほどあり、稲核にも檀家がある。

 大久保の提灯は、ほかの地区と異なり「神明社」と文字があり、赤字は社中、黒字は隣組など町会の人から選出された者が持つ。提灯を持つ者は、挨拶に加われる。

 

 獅子舞の奉納は年番制、山車(ダシ)は「大久保・丸田」(大久保か丸田が先頭、隔年、昔は大久保)「下・上立田」(隔年、元は下立田が先頭)「北条」の順となっている。

 獅子舞の出で立ちは、襦袢、足袋、わらじ(藁ぞうりを後ろで縛りわらじ風にして)。あやしに加わるのは「ヤッコ」と呼び、ササラと男根(名はない)を持つ。前座の舞のヤッコは「前座ヤッコ」という。前座ヤッコも昔はサルマタをはいた。中ヤッコは現在もサルマタをはき、オカメ、ヒョットコの面をつける。四方舞のことを「シホウマク」、幣束の舞を「スズマイ」、怒りの舞を「マイコミ」という。また、かつて舞われていたという鎌倉の舞は、オカメ、ヒョットコの2人が出てきて、寝ている獅子とやりとりをし、獅子が怒って起きるという所作。現在は舞わない。

 

 お囃子は笛、大太鼓1(5,6年生)、小太鼓2(3,4年生)、チャンチャン2(1,2年生)で行われる。

 ヤグラを煽って下ろすときのことを、「シャギル」という。このあと行われる囃子を「ヨサッコババサマ」といい、ヤグラを下ろしたときの曲として「チンチンクリンノタマゴ」もある。お宮へ入る際の曲は「テコテン」、大久保から出発する際の曲は「コンコンチキ」、帰るときは「帰り太鼓」のお囃子となる。昨年から女の子が加わるようになった。

 大久保には教本があって、本物はアカデミア館に保存されている。座元(太鼓)のこと、囃子について書かれている。

獅子頭を担う人を「カシラ」という。前座のヤッコは3人。地元で舞う際には全員で舞う。

 

 神事における玉串奉奠は、宵祭りで大久保が代表すると、本祭りでは下立田が代表するもという具合に大久保か下立田が担う。今年は、宵祭りは大久保、本祭りは下立田が務めた。

 

 最後のお手打ちでは、「シャンシャンシャン、オシャシャノシャン」と手打ちをする。終わると一斉に拝殿に走るのは次年長の役目。地元に帰ってから公民館で町会長の音頭で同じ手打ちをする。ブテンが帰る順は来る時と同じ。

 

続く

 


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