お客さんから依頼された資料を持って、お客さんの家を訪ねた。すると関係役員も来てもらって話をするということで、別に二人役員さんが集まった。たいした資料ではなかったので、説明もほどほどに雑談となった。まず、業務にかかわることの質問がいくつか。その後はまさに雑談。民俗調査に携わるようになって、人にいろいろ聞くことは得意になった。こうした時間を費やすのは嫌いではないし、仕事で来ているのに、雑談をいつまでも続けたくなる。そしてそこから民俗にかかわることが聞ければラッキーということになるのだが、いつもそういうわけにはいかない。
水利権の話が話題になった。現状は他の施設で利用している水を分けてもらってかんがい用水に利用しているが、その「他の施設」が使われなくなって、水が来なくなったという。すると独自に水利権を取らなくてはならないが、お上に申し出たら「簡単ではない」ようだ。どうしたものだろう、という話だ。この世の中の河川を流れる水の多くは「かんがい用」である。ところが水利権を正式に取得していないものは多い。いわゆる慣行であったりする。もしかしたらその慣行水利権の台帳にも記載されていないものもある。これらを正規に水利権取得するとなると、まさに簡単ではない。何より川の水は限られている。川の水が一滴もなくなるような状況は好ましくないため、維持流量としての最低流量を、申請側が資料を作成して説明しなくてはならない。ひとつの河川からいくつか取水していて、最初に水利権を取得したかんがい用水は、おそらく容易に申請できるかもしれないが、取水水量が正規に蓄積されていくと、後で水利権を取得しようとすると、川の水が無くなってしまうというわけだ。これでは申請そのものがたちゆかない。場合によっては断念せざるを得ず、こうした場合取水施設を公に直そうと思っても、「水利権の許可をとってください」という指導に添えず、それをも断念せざるをえなくなる。こうなると先行して取得しているかんがい用水との調整が必要になるし、おそらくそれは成り立たない筋書きとなる。これほど水田が減ってきても、既得権は「強い」というわけである。
まだまだ慣行水利権が多いため、今のところ申請可能だとしても、この後このような状況に陥って断念する例は多くなる可能性は十分に考えられる。そもそも数合わせをする、ということは、どこかで「合わなくなる」もの。許可側が計算していないので、申請側はもちろん有利になるように資料を作成する。ここに「早いもの勝ち」という論理が成立する。
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