ザ・ピーナッツ「恋のフーガ75」
The Hooters - 500 Miles (Video Version)
LOVE IS THERE -愛を育てる-/NOVO 2012
言っちゃあなんだが、私はこれ読んで、見て、心が震えました。・・・・よかったら。(私が書いた訳じゃないけど)
〇一年半位前に書いたと思いますが、再掲です。
☟
「キスと煙草と夜露のブルース」
からく
ちょうど今頃の季節か。
先輩と最後に会ったのは。
先輩とは多分私と五つくらい年上だろう女性社員のことだ。
最初に遭遇(?)したのは私が三店めの店舗に移動した時か?
デスクで仕事をしていたときに電話が鳴った。
「本部の三橋です。・・・矢沢くん?あなた何をしたか分かってる?」
受話器をとって耳に当てると突然そんな言葉を、脅すように押し付けてきたのが先輩。
「あなたが上げた書類、ミスが三件。おかげであたしは残業予定。信じられない!」
それに私が言い返そうと思うやいなや「じゃ、二度とするんじゃないよ!」
がちゃんと切ってしまった。
最悪の遭遇である。
二度目は確か先輩が人事部にいたとき、会社創立70周年のパーティーでの出来事。
私が店舗の仲間とかたまって酒を口にしながら談笑しているとき、人の波を縫うようにこちらに向かってきた女性がいて、私のすぐ横で立ち止まった。
彼女はナミナミと入った赤ワインのグラスをいきなり私に差し出し、「三橋だ。飲め!」と強要した。
ああ三橋さんですか、いつぞやはお世話に・・・と言いかけたのだけれど、「あいさつはいらん。飲め!」
仕方がないのでグラスを受け取り一気飲みをしたのだが、彼女は「よし」と笑い、振り返ると背中を向けてさっさと元に戻っていった。
その背中を見ながら私はぽかんとしていて、それから、はっと「・・・綺麗な人だったな」と思った。
三度目は・・・・。
私が先輩のいる本部の部署へ移動した。
私が朝礼で前に立って新任の挨拶をしている最中に、部署の社員がコの字になって並んでいる端っこに先輩がいて、目が合うとその瞳がニタリと獲物を見つけた獣のように嗤ったような気がした。・・・・悪魔だ。
まあ最初がそんな感じでいろいろあったけど、それから二年の間、私は先輩の秘書のように彼女の命令には常に従うように躾けられた。
右を向けと言われたら右へ。左と言われたら左・・・。
そして、週一回、金曜日のアフター5のお付き合い。
その頃にはもう私にはカミさんがいて、先輩とはいえ、女性と二人っきりで飲みに行くのはさすがにまずいだろうと思ったけれど、美人だしその弟という立ち位置でいればいいかと思い、やはり「さあいくよ」と言われると少し嬉しさもあって毎回付いていったものだ。
そして三年目。
あれは季節はいつのことだったのだろうか・・・・。
上着を着てなかったような気がするので、夏だったか。
突然先輩は休暇を取り、十日間も不在になった。
それまで先輩は長い休暇を取ったことがなかったので不思議に思ったけれど、考えてみれば今まで取らなかった方が変だったことに気づいて特に心配もせずに私はその先輩がいない時間を淡々と過ごした。
来週の月曜から先輩が出社する予定の前の金曜日だったか、私が6時までには仕事を仕上げようとシャカリキになっていたとき、携帯が鳴った。
普段仕事中は鳴ることはなかったのでぴくっとなったが、デスクの左端に置いてあったそれを見ると「三橋」という文字が表示されていたのに気が付いてあわてて携帯を手に取り耳にあてた。
(返事しなくていいから聞いて)
いきなり飛び込んだその声は妙にしおらしく、憂いを秘めた声だった。
(・・柳町の寿司屋、7時)
先輩はそれだけのことを言って電話を切った。
せっかく早く帰ろうと思ったのにと少々の怒りが込み上げてきたけれど、心配の方が先に立った。
先輩は、それまでどんなときでも決して私の携帯には架けてこなかったし、ちゃんと彼女なりの一線を引いていた。
急用?休んでいるのに?
私は気になったけれど、ともかく仕事をすましてからだと思い、再び手を動かした。
柳町の寿司屋には7時10分前には着いた。
まだ居ないかなと思いながら引き戸を開けたら、先輩はもうすでにカウンター席についていた。
「待ってた、遅いよ!」
彼女はこちらを振り返ると笑いながら手をあげた。
いつもの笑顔だ。
ほっと安心して彼女の左隣の席に座り、さてなにを頼もうかと彼女の前を見遣るとほとんど飲み干されている大ジョッキが置かれている。
「生!大ジョッキ二つね」
私がカウンター内の大将に注文し、「あと、刺身でも頼みますか?」と先輩にたずねると彼女は少し考える風にして「いいや」と答えた。
「まあ、あとに寿司がひかえてますからね」とおしぼりを取ると、彼女はそれを見て「おやじみたいに顔拭くんじゃないよ」と目尻を上げた。
私が「へいへい」と言って苦笑いしていると、さっそく生二つ来たので両手で受け取り、一つを先輩の前に、もう一つは一旦カウンターに置いてから取っ手に掴みなおし、ジョッキを上げて小さく「ごっそさん、です」と言うと先輩は少しだけ赤らめた顔を向け、「バカ」と小さく口を開いた。
それからは私の方でほぼ一方的に喋った。
最初は大丈夫と思ったが、どうやら今ひとつ先輩は気分が乗らないようだったからだ。
こちらが話し続けられず、話を途中で止めると、良くないなにかを言われそうな気がした。
つまらない話をした。
会社の誰々と誰々がついにくっついた、課長が椅子に寄りかかりデスクに脚を投げ出していたら上から常務が降りてきてこっぴどく叱られた、後輩が大切な書類をシュレッダーにかけてしまった・・・・。
どうでもいい話だ。
どうでもいい話だからそれほど続くはずもなく、30分もすると話も尽き、私は沈黙を覚悟した。
案の定沈黙が続いた。
野球かサッカーの話題でも持ちかけようか?
でもダメだ。
思い切ってファッション?
無理。
時間だけが沈黙とともに過ぎてゆく。
それで生ビールでも追加で注文しようかと先輩に声をかけようとしたら、突然彼女が小さく呟いた。
あたし死ぬみたいだな・・・。
私の方は見ていなかった。
それはあまりに脈絡がなく理解のできない言葉だったので、この人は今何を呟いたのか分かっているのだろうか?と思った。
それで、嘘だよな?自分の聞き違いだよなと思い直し、隣の先輩の顔を見つめた。
その私の様子に気が付いたのか先輩は小首をかしげ「ふふ」と含み笑いを浮かべ私の目をじっと見つめた。
「癌。肝臓がだめみたいね」
「・・・だめ?」
「そう。・・・あと半年だってさ」
「はぁ・・・」
間抜けな声を上げてしまったけれど、胸に鉄の矢がささったかのような衝撃を感じた。
それまで私は人の死に直面したことはあっても、その本人の口から「死」という言葉を聞いたことがなかった。
残酷・・・・、そう思った。
一方、先輩は落ち着いていた。まるで修学旅行で見た菩薩像のような穏やかな顔をし、恐らく心も落ち着いていただろうに、私の心の中は吹雪の中の迷い犬のように震えはじめていた。
「休んでいたのはそのため・・・?」
「そう。前の健康診断で引っかかってさ。大病院で精密検査」
「半年って、元気じゃないですか」
「それがね。おかしいんだ。怠いけど元気なのよ」
「でもこんなことしてる場合じゃ・・・」
「一応来週から入院生活。・・・お酒飲めるのも最後だからね。最後だからあんたを誘った」
それを聞いて嫌だと思った。この人との付き合いなんて大した年月を費やしたわけではない。でも私に自分の死を打ち明けてくれたこの人を失うのは嫌だ。瞬時にそう思った。
「入院するってことは、もしかしたら治る可能性があるんじゃぁ・・?」
「だめ」
「東京の大病院に行けば何とかなりますよ、きっと」
「だめ」
「何故ですか?」
「うちにはそんなお金はない。親いないし祖母一人だから」
「そんな・・・・・」
私は自分の無力さに腹が立った。
その寿司屋をあとにしてから朝まで四軒ほどハシゴをした。
行きつけのスナック、ショーパブ、ストリップ。・・・・最後にファミレスでビールを飲み夜を明かした。
先輩は酔っぱらって、いつのまにか椅子に横になってる私を「始発だ」と優しく揺り動かしてくれ、慌てて起き上がりレジに向かい支払いをしようとする私を制して「最後のおごり」と私に笑みを向け先にレジの前に立った。
それからファミレスを急いで出た。駅まで走ったはいいけれど、改札前に着いたときには始発はあと何十秒というところで出てしまっていた。
私は「こんちくしょう!」と腕を振り、それを見た先輩は腹を抱えてケセラセラと大笑いした。
「ねえ、先輩は好きな人いなかったの?」
「何故よ」
「だってそんなに美人さんなのに」
「いたけど最近別れた」
「ごめん」
「謝らなくてもいいよ。でも・・・・」
「でも?」
「どうしてあたしなんだろうね」
先輩は少しだけ残念、という風に下を向きそれから私と向き合った。
「ねえ」
「なに?」
「キスしていい?」
「いいんですか?俺で」
「今日、最後のキスはあんたって決めてたのよ!」
「それは光栄ですが・・・」
「あたしの最初で最後の願いが聞けないのか?」
「いや、でも、最後ですか・・・」
「そう、最後だよ、間違いなく」
そしてこのことを一生忘れないかのように私達は改札前で抱きしめ合い「最初で最後のキス」をした。
ねえ、みてみてみて。
カミさんがテレビの画面を指して私に観ろと強要する。
画面に映っているのはドラマかなんかで今売り出し中の男女の俳優の向かい合う姿。
「このこ好きなのよねぇ」
「男には興味はないぜ」
「あら、でも女優さんの方は好みでしょう?」
言われてじっと観てみた。
確かにそうなのだけれど、それよりも初めてみる女優なのにどこか懐かしい。
それにこのシュチエーション。
やがて抱き合う男女の姿を見て、やっとああそうかと思い出し、私はカミさんに「タバコ・・・」と告げて煙草とライターを握りしめ、二階のベランダに出た。
もう十年になるんだね。
私は煙草を一本取り出し、火を点けた。
煙が目にしみる。
少し感傷的にもなる。
私はあの時も今も好きなのはカミさん一人だけなのだけれど、あのキス、瞬間だけは本物だった。
それに「好き」とは違うけれど、決して同情なんかじゃなかった。
・・・からだをベランダから乗り出して夜空を見上げ、星々に想いを告げる。
一言、我慢できなくなり呟いた。
今はどこにいるんだい?・・・先輩。
煙草の煙がゆらゆらと夜空に流れ、何故か夜露が頬に落ちてきたような気がする。
どこかで「上を向いて歩こう」が聴こえた。
The Hooters - 500 Miles (Video Version)
LOVE IS THERE -愛を育てる-/NOVO 2012
言っちゃあなんだが、私はこれ読んで、見て、心が震えました。・・・・よかったら。(私が書いた訳じゃないけど)
〇一年半位前に書いたと思いますが、再掲です。
☟
「キスと煙草と夜露のブルース」
からく
ちょうど今頃の季節か。
先輩と最後に会ったのは。
先輩とは多分私と五つくらい年上だろう女性社員のことだ。
最初に遭遇(?)したのは私が三店めの店舗に移動した時か?
デスクで仕事をしていたときに電話が鳴った。
「本部の三橋です。・・・矢沢くん?あなた何をしたか分かってる?」
受話器をとって耳に当てると突然そんな言葉を、脅すように押し付けてきたのが先輩。
「あなたが上げた書類、ミスが三件。おかげであたしは残業予定。信じられない!」
それに私が言い返そうと思うやいなや「じゃ、二度とするんじゃないよ!」
がちゃんと切ってしまった。
最悪の遭遇である。
二度目は確か先輩が人事部にいたとき、会社創立70周年のパーティーでの出来事。
私が店舗の仲間とかたまって酒を口にしながら談笑しているとき、人の波を縫うようにこちらに向かってきた女性がいて、私のすぐ横で立ち止まった。
彼女はナミナミと入った赤ワインのグラスをいきなり私に差し出し、「三橋だ。飲め!」と強要した。
ああ三橋さんですか、いつぞやはお世話に・・・と言いかけたのだけれど、「あいさつはいらん。飲め!」
仕方がないのでグラスを受け取り一気飲みをしたのだが、彼女は「よし」と笑い、振り返ると背中を向けてさっさと元に戻っていった。
その背中を見ながら私はぽかんとしていて、それから、はっと「・・・綺麗な人だったな」と思った。
三度目は・・・・。
私が先輩のいる本部の部署へ移動した。
私が朝礼で前に立って新任の挨拶をしている最中に、部署の社員がコの字になって並んでいる端っこに先輩がいて、目が合うとその瞳がニタリと獲物を見つけた獣のように嗤ったような気がした。・・・・悪魔だ。
まあ最初がそんな感じでいろいろあったけど、それから二年の間、私は先輩の秘書のように彼女の命令には常に従うように躾けられた。
右を向けと言われたら右へ。左と言われたら左・・・。
そして、週一回、金曜日のアフター5のお付き合い。
その頃にはもう私にはカミさんがいて、先輩とはいえ、女性と二人っきりで飲みに行くのはさすがにまずいだろうと思ったけれど、美人だしその弟という立ち位置でいればいいかと思い、やはり「さあいくよ」と言われると少し嬉しさもあって毎回付いていったものだ。
そして三年目。
あれは季節はいつのことだったのだろうか・・・・。
上着を着てなかったような気がするので、夏だったか。
突然先輩は休暇を取り、十日間も不在になった。
それまで先輩は長い休暇を取ったことがなかったので不思議に思ったけれど、考えてみれば今まで取らなかった方が変だったことに気づいて特に心配もせずに私はその先輩がいない時間を淡々と過ごした。
来週の月曜から先輩が出社する予定の前の金曜日だったか、私が6時までには仕事を仕上げようとシャカリキになっていたとき、携帯が鳴った。
普段仕事中は鳴ることはなかったのでぴくっとなったが、デスクの左端に置いてあったそれを見ると「三橋」という文字が表示されていたのに気が付いてあわてて携帯を手に取り耳にあてた。
(返事しなくていいから聞いて)
いきなり飛び込んだその声は妙にしおらしく、憂いを秘めた声だった。
(・・柳町の寿司屋、7時)
先輩はそれだけのことを言って電話を切った。
せっかく早く帰ろうと思ったのにと少々の怒りが込み上げてきたけれど、心配の方が先に立った。
先輩は、それまでどんなときでも決して私の携帯には架けてこなかったし、ちゃんと彼女なりの一線を引いていた。
急用?休んでいるのに?
私は気になったけれど、ともかく仕事をすましてからだと思い、再び手を動かした。
柳町の寿司屋には7時10分前には着いた。
まだ居ないかなと思いながら引き戸を開けたら、先輩はもうすでにカウンター席についていた。
「待ってた、遅いよ!」
彼女はこちらを振り返ると笑いながら手をあげた。
いつもの笑顔だ。
ほっと安心して彼女の左隣の席に座り、さてなにを頼もうかと彼女の前を見遣るとほとんど飲み干されている大ジョッキが置かれている。
「生!大ジョッキ二つね」
私がカウンター内の大将に注文し、「あと、刺身でも頼みますか?」と先輩にたずねると彼女は少し考える風にして「いいや」と答えた。
「まあ、あとに寿司がひかえてますからね」とおしぼりを取ると、彼女はそれを見て「おやじみたいに顔拭くんじゃないよ」と目尻を上げた。
私が「へいへい」と言って苦笑いしていると、さっそく生二つ来たので両手で受け取り、一つを先輩の前に、もう一つは一旦カウンターに置いてから取っ手に掴みなおし、ジョッキを上げて小さく「ごっそさん、です」と言うと先輩は少しだけ赤らめた顔を向け、「バカ」と小さく口を開いた。
それからは私の方でほぼ一方的に喋った。
最初は大丈夫と思ったが、どうやら今ひとつ先輩は気分が乗らないようだったからだ。
こちらが話し続けられず、話を途中で止めると、良くないなにかを言われそうな気がした。
つまらない話をした。
会社の誰々と誰々がついにくっついた、課長が椅子に寄りかかりデスクに脚を投げ出していたら上から常務が降りてきてこっぴどく叱られた、後輩が大切な書類をシュレッダーにかけてしまった・・・・。
どうでもいい話だ。
どうでもいい話だからそれほど続くはずもなく、30分もすると話も尽き、私は沈黙を覚悟した。
案の定沈黙が続いた。
野球かサッカーの話題でも持ちかけようか?
でもダメだ。
思い切ってファッション?
無理。
時間だけが沈黙とともに過ぎてゆく。
それで生ビールでも追加で注文しようかと先輩に声をかけようとしたら、突然彼女が小さく呟いた。
あたし死ぬみたいだな・・・。
私の方は見ていなかった。
それはあまりに脈絡がなく理解のできない言葉だったので、この人は今何を呟いたのか分かっているのだろうか?と思った。
それで、嘘だよな?自分の聞き違いだよなと思い直し、隣の先輩の顔を見つめた。
その私の様子に気が付いたのか先輩は小首をかしげ「ふふ」と含み笑いを浮かべ私の目をじっと見つめた。
「癌。肝臓がだめみたいね」
「・・・だめ?」
「そう。・・・あと半年だってさ」
「はぁ・・・」
間抜けな声を上げてしまったけれど、胸に鉄の矢がささったかのような衝撃を感じた。
それまで私は人の死に直面したことはあっても、その本人の口から「死」という言葉を聞いたことがなかった。
残酷・・・・、そう思った。
一方、先輩は落ち着いていた。まるで修学旅行で見た菩薩像のような穏やかな顔をし、恐らく心も落ち着いていただろうに、私の心の中は吹雪の中の迷い犬のように震えはじめていた。
「休んでいたのはそのため・・・?」
「そう。前の健康診断で引っかかってさ。大病院で精密検査」
「半年って、元気じゃないですか」
「それがね。おかしいんだ。怠いけど元気なのよ」
「でもこんなことしてる場合じゃ・・・」
「一応来週から入院生活。・・・お酒飲めるのも最後だからね。最後だからあんたを誘った」
それを聞いて嫌だと思った。この人との付き合いなんて大した年月を費やしたわけではない。でも私に自分の死を打ち明けてくれたこの人を失うのは嫌だ。瞬時にそう思った。
「入院するってことは、もしかしたら治る可能性があるんじゃぁ・・?」
「だめ」
「東京の大病院に行けば何とかなりますよ、きっと」
「だめ」
「何故ですか?」
「うちにはそんなお金はない。親いないし祖母一人だから」
「そんな・・・・・」
私は自分の無力さに腹が立った。
その寿司屋をあとにしてから朝まで四軒ほどハシゴをした。
行きつけのスナック、ショーパブ、ストリップ。・・・・最後にファミレスでビールを飲み夜を明かした。
先輩は酔っぱらって、いつのまにか椅子に横になってる私を「始発だ」と優しく揺り動かしてくれ、慌てて起き上がりレジに向かい支払いをしようとする私を制して「最後のおごり」と私に笑みを向け先にレジの前に立った。
それからファミレスを急いで出た。駅まで走ったはいいけれど、改札前に着いたときには始発はあと何十秒というところで出てしまっていた。
私は「こんちくしょう!」と腕を振り、それを見た先輩は腹を抱えてケセラセラと大笑いした。
「ねえ、先輩は好きな人いなかったの?」
「何故よ」
「だってそんなに美人さんなのに」
「いたけど最近別れた」
「ごめん」
「謝らなくてもいいよ。でも・・・・」
「でも?」
「どうしてあたしなんだろうね」
先輩は少しだけ残念、という風に下を向きそれから私と向き合った。
「ねえ」
「なに?」
「キスしていい?」
「いいんですか?俺で」
「今日、最後のキスはあんたって決めてたのよ!」
「それは光栄ですが・・・」
「あたしの最初で最後の願いが聞けないのか?」
「いや、でも、最後ですか・・・」
「そう、最後だよ、間違いなく」
そしてこのことを一生忘れないかのように私達は改札前で抱きしめ合い「最初で最後のキス」をした。
ねえ、みてみてみて。
カミさんがテレビの画面を指して私に観ろと強要する。
画面に映っているのはドラマかなんかで今売り出し中の男女の俳優の向かい合う姿。
「このこ好きなのよねぇ」
「男には興味はないぜ」
「あら、でも女優さんの方は好みでしょう?」
言われてじっと観てみた。
確かにそうなのだけれど、それよりも初めてみる女優なのにどこか懐かしい。
それにこのシュチエーション。
やがて抱き合う男女の姿を見て、やっとああそうかと思い出し、私はカミさんに「タバコ・・・」と告げて煙草とライターを握りしめ、二階のベランダに出た。
もう十年になるんだね。
私は煙草を一本取り出し、火を点けた。
煙が目にしみる。
少し感傷的にもなる。
私はあの時も今も好きなのはカミさん一人だけなのだけれど、あのキス、瞬間だけは本物だった。
それに「好き」とは違うけれど、決して同情なんかじゃなかった。
・・・からだをベランダから乗り出して夜空を見上げ、星々に想いを告げる。
一言、我慢できなくなり呟いた。
今はどこにいるんだい?・・・先輩。
煙草の煙がゆらゆらと夜空に流れ、何故か夜露が頬に落ちてきたような気がする。
どこかで「上を向いて歩こう」が聴こえた。
了