【山崎まさよし】『One more time, One more chance』東京文化会館ライブ映像到着!
Carly Simon - You're So Vain
アンジェラ・アキ 『心の戦士』
Ferry Aid - Let It Be (1987)
月に吠える
我が家の柴犬コロくんは狂暴である。
なにが狂暴だというと、吠えるのである。
自分のテリトリー内は勿論のこと、動くものを確認すると道行く人にさえ吠える。
私はそのたびに彼に「ダメ!!」と叱るのであるが、一時的に収まるだけで私がその場を離れるとまた行き交う人たちに吠える。機嫌が悪い時なんかは飼い主である私にさえ吠える時がある。
まったくどうしようもない奴である。
多分小さなころ、私たちの彼に対する”教育”が至らなかったことが原因であると思われるが、後の祭りで、今では立派な我がまま犬に育ってしまった。
悩みの種の一つである。
そんなコロくんであるが、何故か家族の中で次男にだけは一度も吠えたことがない。
一般的に(?)いくら飼い主であろうと、犬は食事中に近づくと敵意をむき出しにして吠えるものと認識しているが、次男にだけは近づいても吠えたことはない。
それどころか、食事を放り出して尻尾をふりふり次男の来訪を歓迎するのである。
私たちはその様子を眺めながら「何故なんだろう?」と首を傾げているのであるが、理由は今だに分からない。
ただ、一つだけいえることは次男はコロのことを理解しているんだろうなあ、ということだけだ。
彼はコロのなにをどのように理解しているのか謎ではあるが、きっと感覚的なものであろう。
そういえば、次男がまだ中学生のころこんなことがあった。
夜中、夜深い時間帯にコロくんなにを思ったのか、突然遠吠えを始めた。
私はもう寝床に入っていたし、まあ遠吠えなんかすぐ止むだろうとたかをくくっていたのだが、なかなか止まない。
五分、十分と我慢していたのだがやはり止まないため、近所迷惑になることを恐れてコロの様子を見にいった。
暗闇の中、廊下を伝い、サッシを開けて、「コロ!」と呼びかけようとしたそのとき、私は一瞬躊躇した。
コロの傍に次男が立っているのを認めたからだ。
彼はコロが遠吠えをしている方向、夜空の何かを見ていた。
何故次男が?なにやってるんだ?
私がそう思って見ている姿に気付いたのだろう、次男はゆっくり唇に人差し指をあて、それから私に庭に下りてくるよう指示した。
私は彼の指示通り、庭に下り、彼らに近づく。
私が近寄り、次男に言葉をかけようとすると彼はそれを制し、夜空に浮かぶ月を指さした。
「大丈夫、もうすぐコロも大人しくなるよ」
彼は低くとおる声で囁いた。
「コロはあれに向かって吠えてるのか?」
「そう、もうすぐ雲に隠れる。そうすれば鳴きやむさ」
「何故、月なんかに・・・」
「分かんない、・・・でも今日は満月だからな」
「満月?」
「満月は故郷を思い出させる。そう思わない?」
そう言われて私はコロを見た。
コロは満月に向かって愁いを帯びた顔を上げ、まるで誰かに訴えかけるようにウォーン、ウォーンと鳴いている。
その姿に”伝えたくても伝えられない思い”を感じた。
「でも、満月なんて今日だけじゃないだろ?なんで今日に限って・・・」
「犬だって時にはセンチになるときがあるさ。特に今日の満月はきれいなまんまるお月さんだしね」
「・・・そうか」
「そうさ」
それから私たちはしばらくの間、夜空に浮かぶ満月を眺めていた。
そしてその満月が次第に雲に隠れていき、完全に姿を消すころにはコロの遠吠えも止んでいた。
コロはこれでもう十分だというばかりにそそくさと寝床に戻り、体を丸めて目を閉じてしまった。
「さてと・・」
コロのその様子を見届け、私たちも解散することにした。
「もう、コロも気が済んだってさ」
次男は片目を瞑り、私に笑いかけた。
コロの”遠吠え”はその後続くことなくその時一回のみであった。これで、のべつ幕無し吠えることさえなくなれば良いのだが一向に直る気配はない。
先日次男が帰省したときにコロと仲良くなる”こつ”を伝授願おうと聞いてみたのだが、「俺にも分からない」とのこと。
聞いた私がバカだった。
これを書いている今、例によってコロは道行く人に吠えている。
そのたびに私はコロのもとに駆け寄り、”ダメ!”を連発している。
”ダメ”を出されたコロはしゅんとした面持ちでいったんは大人しくなる。
しかしもう大丈夫と思って私が離れるとまた吠えだす。
さきほどからその繰り返しだ。
いい加減疲れた私はコロの瞳をじっとみつめ、彼の心に訴えかける。
なあ、コロくん。いい加減にしましょ・・
お前ももういい大人なんだからさあ。