からくの一人遊び

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The Velvet Underground - After Hours

2020-05-03 | 音楽
The Velvet Underground - After Hours



しなの椰惠『16歳』リリックビデオ


久しぶりに聴いた。

気怠さという名の粘着テープから、皮膚が剥がれようとも必死に逃げようとする若者の悲鳴を。

現在進行形なのだろうか・・・。

想いは現在進行形で描くと陳腐になり易い。

大抵は10年、20年を経て過去を総括してから描くほうがよりリアルに想いは聴く者に伝わるのだと私は思う。

でも彼女の場合は現在進行形で描けている。

尾崎豊を思い出した。

尾崎もまた現在進行形のシンガーであった。

尾崎との共通点。・・・・これは天性の物といえるのかもしれない。

しかも底知れぬ彼女のこれまでの人生が創ってきたバックボーンもありそうだ。

大切に育ててほしいな。

業界に遊ばれないように。

尾崎のようにならないように・・・・・。





幻想の風景

       五

おのみちさん、ねえ、尾道さん?
ん?
沈黙、だね
ああ、少し昔を思い出していた
バンドをやっていたときのこと?
そう
プロを目指していた?
うん
すごいね
うん、そうかな
ボーカルが奥さんだったことは聞いたわ
うん、そうだね。確かに言った
相槌ばかり・・・
そうかな、結構要らぬことを一方的に喋った気がする
私は自分に繋がることを一切明かしていないのにね
確かにそうだ
聞きたい?
いや、いいよ。君はなんだかそうすることを望んでいない気がする
ずるいけど、そうかも、ね
それにね、僕は君が何処の誰であろうと、僕のくだらない話に付き合ってくれるだけで満足なんだ。君を利用しているという点において、やはりそれはそれでずるいかもしれないね
お互い様かしら
うん、お互い様さ

ここ数ヶ月の間に、僕はかなりの情報を「さびしんぼう」に与えてしまっていた。年齢も当の昔にばらしていた。勿論ネット世界での過剰な露出は、ストーカー等犯罪に利用される恐れがあるので、所在地や直接本人に繋がるような情報は控えてはいたが、それでも見る人が見たら、容易に僕や周辺の人物を特定できたであろう。だから匿名性のあるネット世界であっても、やはりある程度のお互いの信頼関係が必須となってくるし、そうでなくてはならないと思う。ただ僕が素性の知らぬ彼女に相当のことを話してしまっていたのには、彼女を信頼してのことだけではなく、非常に聞き上手だったことが挙げられる。彼女はホスピスの看護師のごとく冷静に、そして穏やかに僕に接してくれていた。

シムラさんとのことは、どうなのかしら?

突然「シムラ」という固有名詞を投げかけられて、ドキッとした。少々喋り過ぎたのかもしれない。

シムラのことって?
バンドやろうって誘われたのでしょう?と彼女はタイピングしてきた。
そこまで喋っていたんだ
記憶がない?
うん、ない
突然電話が架かってきて、バンドやろうって・・・、あなたはそう言ったわ
そうか

志村からの電話の話をした記憶はなかったが、僕が明かさなければ彼女は知りようがない。恐らく何かの拍子に喋ってしまったのだろう。

迷ってるんだ
迷う?
彼とバンドを組んでいたのは二十五年も前のこと、今更なんでなんだろう?、てさ
今はそういう気分になれないのかしら?
というより、バンドを解散した時点で終わりにしたはずなのに、って感じかな
一瞬過去の苦い思いが頭を過った。
・・・裏切ったのは、お前だろってことかしら?
えっ?
裏切ったのは、シムラさん。あなたは今もそれに拘ってる。どう?違うかしら?
何故?どうして?
テレパシー、っていいたいところだけど、本当はただの当てずっぽう、何故ってことは当たっちゃったのかな
 
 裏切りというキーワードが、ただの当てずっぽうで割り出せるのかどうか分からない。
ただ、今まで話した経緯だけで、今の僕の心情を言い当てるなんて、賞讃に値することではある。ネットの向こう側、キーボードで文字を打ち込んでいる彼女も、きっと同じような経験をしたことがあるのではないかと思いつき、それについて訊ねようとしたときには、タイム・リミットとなっていた。

 十二時だわ、じゃあ、ね

 彼女は少しの余裕も僕に与えずルームから退出していった。
 机の上のノートパソコンを前にして、ふうっと溜息をつき、僕は画面を閉じた。軽く首を解すような仕草で廻りを見回したが、書斎兼寝室の、二階にあるこの部屋の家具といったら、ベッドと目の前にあるパソコン用のデスクしかない。床には幾らかの単行本と雑誌が平積みされているが、それ以外は至ってシンプルな部屋だ。ここ十年、僕は一人この部屋で寝起きをしていた。
すでに昨日になってしまった柱の日捲りに気づき、椅子から立ち上がろうとしたとき、タンタンタンと二階に上がってくる足音がする。美奈子だ。
 美奈子の足音は、二階に上りきると僕の部屋を通り過ぎ、奥の浩樹の部屋へと向かって行った。
トントンというノックの音の後に、カチャリとドアの開く音。ねえ、下でお茶にしない?と美奈子の声。するとうるせえ、と怒鳴るような返事を返す浩樹。いつものパターンだった。美奈子は少しの間無言だったが、そんなに余裕がないんじゃ、落ちるわねと言い放ち、今度はわざとドンドンと足を鳴らして、階段を下りて行ってしまった。
 この秋、十八歳を迎える息子の浩樹は受験生である。大抵の受験生がそうであるように、浩樹もまた必要以上にナーバスになっていた。彼は合格圏内レベルの大学を受験することを頑なに拒否しており、「最低でも旧帝国大学レベル」を目指していた。どうやら、何かをやりたいから大学に進学するのではなく、一種のステイタスを求めて進学するようだ。時にはその高慢ちきな鼻をへし折ってやる、と思ったりもしたが、私立の無名大学出で、今や登校拒否の児童のようになってしまった僕にはその権利すらなさそうだ。結果、高校出で進学など望むべくもない環境に育ってきた美奈子が出しゃばることになるのだが、それもまた浩樹には気に入らないらしい。取りつく島もない。来年の春までは放っておくしかないのかもしれない。
 少し喉が渇いたので、僕は階下へと出向くことにした。
 キッチンを覗くと、テーブルの上で美奈子は何やらパソコンと格闘していた。どうやら家計簿ソフトを上手く操れないらしい。うーんと唸り、僕が冷蔵庫のドアを開け、麦茶のボトルを取り出しコップに注ぎこみ、彼女の向かい側の席に腰を落ち着けると、やめたやめた、と最後にはパソコンを放り出すような大袈裟な仕草をして、作業を中断してしまった。その様子がどういう訳か僕の笑いのツボに嵌り、へっ、と思わず吹き出しそうになると、笑いやがったなという顔を美奈子が向ける。そして、だってさあ、と言い訳しそうになる僕の口を手で押さえつけると、彼女は笑うな、と言いながら、自分は満面の笑顔を浮かべていた。ずるいぜ、と僕は思う。
 彼女は僕の口からゆっくりと手を離すと、
笑える余裕ができたんだね、と言った。
「うん」
「向かいの佐藤さんがね、お宅のご主人最近いらっしゃるようですね、だって」
「日中、回覧板受け取ったりしたからな」
「ほっといて、って言いたくなる」
「仕方がないさ」
「・・・そうね・・・仕方がないのよね」
 此処のところの僕は、朝も昼も定時に寝起き出来るようになっていた。時々酷く落ち込むこともあったが、それを、引きずるのをやめようという意志が働いた。仕方がないと笑い、切り捨てる余裕が出来たのだ。僕は着実に回復に向かっていた。
 美奈子は、両指を絡ませ、大きく伸びをすると、今度はほっとしたような顔をした。
「笑う門には福きたる、ってね。こうやって笑い合えるようになっただけでも、幸せだよね。一時期この家には笑いの一欠けらもなかったのだもの」
 僕はコップの麦茶に口を付けた。冷蔵庫はブーンと大きな唸り音をあげていた。考えてみれば、この冷蔵庫ももう十年近く使っている。キッチンの壁も、ところどころ色が剥げかけているのもご愛嬌といったところか。
 前の住まいに四年、この家を建てて十六年が経過していた。結婚して、二十年になるんだなと思った。ふと、僕は結婚式を挙げていないことに思い至り、そういえば、式、挙げてなかったよな、と言った。
「そうね、結婚式挙げてなかったし、旅行にも行かなかった」
「結婚式はともかく、新婚旅行位は行くべきだったかも」と僕が言うと美奈子は、「別に、行きたいとも思ってなかったし」と返した。
 結婚式はともかく、新婚旅行に行けないほど、金がなかった訳ではない。当時僕は、今の会社に就職して四年が経過しており、それなりの貯えはあった。 
旅行に行く位の資金はあった訳だが、それでもそうしなかったのは、一刻も早く自分達の城を築きたかったし、特に美奈子がそれを熱望したからだった。僕は出来るだけ安い物件を探し回り、二十五年のローンを組み、都会の端にある小さな建売住宅を購入した。何故彼女が持家に固執したのかは、分らない。ただ、それまでの彼女の人生に於いて、温かい家庭というものは存在していなかった。母と子二人の生活だった。父親を早くに亡くし、母親は彼女が高校を卒業するまで、文字通り身を粉にして働いていたという。小さい頃から、一人で遊ぶのに慣れていた、とは美奈子の弁。きっと彼女が歌を歌うのを好きになったのは、そういった環境下にあったからなのだろうと思う。
「今でもあの頃のことを思い出すの」
と美奈子は言った。
「あの頃って?」
「私の唯一の青春時代」
「青春時代?」
「そう、好きなことを誰にも遠慮せずに好きなだけ出来たあの頃・・・」
 何だか謎掛けみたいだなと思ったが、好きなことといった辺りで合点がいった。
「バンドやってた頃かい?」
「うん」
「楽しかったな」
「楽しかったわ」
「君は二十歳だった」
「そう、まだ勤め始めて何年も経たない頃、変な大学生に誘われて、ね」
「変なって、まるでストーカーみたいな言われようだな」
「違った?」
「言われてみれば、似たようなことをした記憶がある」
「ほら、ね。そうでしょう?」
 あの頃僕は彼女をバンドに引き入れるのに執心していた。池袋の出来事のあと、彼女を家へと送る車中での僕の誘いを、彼女は頑として受け入れてくれなかった。それまで見も知らなかった正体不明の大学生からの誘いなのだからそれは当然なのだが、それでも僕は決して諦めなかった。彼女が母親と住んでいたアパートの前で待ち伏せをしたり、果ては勤め先のビルの陰で終了時刻前に待機し、五時ぴったりに偶然を装いながらも、何度も行ったり来たりして、やっと彼女の姿を見つけると、近くの喫茶店にあの手この手で誘い込み、そこで勧誘した。今なら一発でアウトだ。
「・・・でも嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
「うん、それまで人に必要とされることなんてなかったからね。勿論最初は私に何を言ってくるんだろうって、いやな感じがしたんだけどね、だんだん真剣に話しているあなたの目をみたら、ああこの人はこんなにも私を必要としてるんだって感じて、今を逃したらこんなチャンス二度と訪れることないぞって思い直したの」
「大好きな歌を歌えるって思ったんだろう?」
「・・・歌かあ、大好きだったけど、人前で歌うなんて微塵とも思っていなかったし、それよりきっとあなたに好かれたいって想いのほうが強かったんだと思う。あなたがいるから歌を歌うっていうか、そんな感じかな」
「それは光栄だね」
「今だから言える真実ってやつね」
今だからか・・・、ふと志村からの電話のことがよぎった。彼は、何故今、この時期になってバンドの再結成を呼びかけてきたのだろうか?一度だけの再結成だ、と言った。でも、もう僕らは若くはない。僕自身ギターをここ何年か触ってもいない。そんな僕の疑問に彼は、けじめをつけるんだ、とも言っていた。
一体何に対してのけじめなのだろう?
 そう考えていたとき、美奈子は大きく伸びをして僕に向き直り、見透かすように僕の目を見た。
「・・・・志村さんとのこと、あなたのしたいようにすれば良いわ。私はあなたについていくだけよ。今も昔もね」

 彼女の積極的とも言い難い突然の決断に僕はただただ戸惑うばかりであった。と同時に
(ギターは何処にしまったんだっけ)とその気になり始めている自分に気づき、自然と笑みがこぼれたのだった。
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