the brilliant green - I Just Can't Breathe...
Josienne Clarke - Sit Out (Official Video)
Hampstead Girl - The Dream Academy (Tokyo 2017)
millennium parade - U
(ちんちくりんNo,37)
「靖のうちは母子家庭だ。お父さんは靖が二歳のときに事故で亡くなったそうなんだが。その時お母さんは三十半ば過ぎていたのだけれど、結局補償の類ももらえず、元々が安アパート住まいでそれ程裕福とは言えないうちだったので、すぐに働かざるを得なかったらしい。仕事はすぐ見つかったそうだよ。でもね、それはよくある精密部品工場のパートで母子で生活するには少し心許ない収入しか得られない。それでもね、そこに決めたのはそれなりの企業の関連らしく、働く母親のための託児所みたいなものが併設されていたからだ。そこに勤務時間中は靖を預けてお母さんは働いた。靖が保育園に行くようになると、行き帰りの保育園バスがあったから工場の前で乗せてもらって、帰りもそこで降ろしてもらった。―ああ、工場には同じような境遇のお母さんたちがいたので、工場の前がバスの送迎の指定場所の一つになっていたんだね。で、・・・そういう母子の生活サイクルは不自由がないとは言わないが、まあまあ上手くいってたそうだ。だけどね、そういった生活のサイクルがいつまでも続くはずがない。靖が小学校に上がる頃にはよりお金がかかってくるし、靖の将来を考えればお金も貯めなきゃならない。そこでお母さんは夜の時間帯にも別の仕事をすることにした。
・・・・・・その仕事のこととそれに就いているお母さんのことがね、後々靖が小学校五年生のときに同級生に酷く侮蔑され、虐められ、最後には家に引きこもってしまう原因になってしまったんだ」
ふぅ、そこまで一気に喋ると横山先生は息を吐き、試合の様子を伺う。バッターボックスにいるのは靖ではなくなっていた。あれれ、っと目を移すと二塁ベースに靖は足を付け、何が可笑しいのか僕らに向かって手を振り笑っている。僕は右手を上げ振り返した。
「・・・お前の母ちゃん"売春宿"」
「え?」突然横山先生が意味不明なことを言い出したので、少しの驚きが僕の心を揺らした。
「靖はそう言われたそうだ。勿論、真実ではない。靖のお母さんは、モーテルで受付や雑用の仕事をしていただけなのだから」
モーテルが売春宿?小学校五年生ならモーテルの客が主にどういう目的で入ってくるのか、何となく想像つく子もいるだろう。しかし売春宿というのは「場所」を提供することだけが商売ではなく、むしろ非合法な「そのもの」を商売とするところだ。今の小学校五年生から簡単に口に出る言葉だろうか?
「恐らく親から聞いたのだろう。モーテルを侮蔑を込めて"売春宿みたいなもの"とでも言ったのかな」
横山先生の瞳には正体の見えない「悲しみの怒り」が宿っているような気がした。ただ赤く燃えている炎だけではなく、裏に冷たく真っ青な炎が密かに隠れているような。
「それで・・・、虐め、引きこもり・・・という」
「そう、五年生の二学期からはほぼそういう状態だったらしい」
「それを、どうやって元の状態に・・・」
「その時の担任だな。・・・ほら彼だ」
横山先生の視線の先にはこの試合ののアンパイアがいた。「あの人ですか」
「そう、彼。彼がね、まずはお母さんに靖としっかり向き合って話し合ってくださいと。自分は決して恥じる仕事はしていないと・・・。その上で彼は靖に交換日記しないかい、と話しかけた。そして徐々に交換日記をしていく中で、ここだ!と思った時に、このボランティアが企画している行事に誘ったそうだ。賭けだった。自分のやっていることは学校にもそれほど詳細には報告していなかったので、越権行為なんじゃないかと悩んだそうだ。結果、靖は君も知っている通り学校にも元気に明るく来てるし、今、あそこにい、・・・あれ?いないぞ。ん?」
二塁ベースに靖はいなかった。ああ、皆グラブを手にしてるところをみると、スリーアウト・チェンジ!ってことか。「先生」後ろから声がする。「なに横山先生と話してたのさ」靖がニタニタしながら突っ込んで来た。
「あ、いや、あー守らなきゃな。さて」
僕が慌ててグラブを取って立ち上がると、靖はへへっと笑いながら僕を見上げた。
「先生いいよ、クビだね、あんなんじゃ。横山先生とこうた~い、です」
へえええ、僕は力が入らなくなり、へなっとベンチにまた腰を下ろした。横山先生も笑っている。―こんちくしょうめ。
Josienne Clarke - Sit Out (Official Video)
Hampstead Girl - The Dream Academy (Tokyo 2017)
millennium parade - U
(ちんちくりんNo,37)
「靖のうちは母子家庭だ。お父さんは靖が二歳のときに事故で亡くなったそうなんだが。その時お母さんは三十半ば過ぎていたのだけれど、結局補償の類ももらえず、元々が安アパート住まいでそれ程裕福とは言えないうちだったので、すぐに働かざるを得なかったらしい。仕事はすぐ見つかったそうだよ。でもね、それはよくある精密部品工場のパートで母子で生活するには少し心許ない収入しか得られない。それでもね、そこに決めたのはそれなりの企業の関連らしく、働く母親のための託児所みたいなものが併設されていたからだ。そこに勤務時間中は靖を預けてお母さんは働いた。靖が保育園に行くようになると、行き帰りの保育園バスがあったから工場の前で乗せてもらって、帰りもそこで降ろしてもらった。―ああ、工場には同じような境遇のお母さんたちがいたので、工場の前がバスの送迎の指定場所の一つになっていたんだね。で、・・・そういう母子の生活サイクルは不自由がないとは言わないが、まあまあ上手くいってたそうだ。だけどね、そういった生活のサイクルがいつまでも続くはずがない。靖が小学校に上がる頃にはよりお金がかかってくるし、靖の将来を考えればお金も貯めなきゃならない。そこでお母さんは夜の時間帯にも別の仕事をすることにした。
・・・・・・その仕事のこととそれに就いているお母さんのことがね、後々靖が小学校五年生のときに同級生に酷く侮蔑され、虐められ、最後には家に引きこもってしまう原因になってしまったんだ」
ふぅ、そこまで一気に喋ると横山先生は息を吐き、試合の様子を伺う。バッターボックスにいるのは靖ではなくなっていた。あれれ、っと目を移すと二塁ベースに靖は足を付け、何が可笑しいのか僕らに向かって手を振り笑っている。僕は右手を上げ振り返した。
「・・・お前の母ちゃん"売春宿"」
「え?」突然横山先生が意味不明なことを言い出したので、少しの驚きが僕の心を揺らした。
「靖はそう言われたそうだ。勿論、真実ではない。靖のお母さんは、モーテルで受付や雑用の仕事をしていただけなのだから」
モーテルが売春宿?小学校五年生ならモーテルの客が主にどういう目的で入ってくるのか、何となく想像つく子もいるだろう。しかし売春宿というのは「場所」を提供することだけが商売ではなく、むしろ非合法な「そのもの」を商売とするところだ。今の小学校五年生から簡単に口に出る言葉だろうか?
「恐らく親から聞いたのだろう。モーテルを侮蔑を込めて"売春宿みたいなもの"とでも言ったのかな」
横山先生の瞳には正体の見えない「悲しみの怒り」が宿っているような気がした。ただ赤く燃えている炎だけではなく、裏に冷たく真っ青な炎が密かに隠れているような。
「それで・・・、虐め、引きこもり・・・という」
「そう、五年生の二学期からはほぼそういう状態だったらしい」
「それを、どうやって元の状態に・・・」
「その時の担任だな。・・・ほら彼だ」
横山先生の視線の先にはこの試合ののアンパイアがいた。「あの人ですか」
「そう、彼。彼がね、まずはお母さんに靖としっかり向き合って話し合ってくださいと。自分は決して恥じる仕事はしていないと・・・。その上で彼は靖に交換日記しないかい、と話しかけた。そして徐々に交換日記をしていく中で、ここだ!と思った時に、このボランティアが企画している行事に誘ったそうだ。賭けだった。自分のやっていることは学校にもそれほど詳細には報告していなかったので、越権行為なんじゃないかと悩んだそうだ。結果、靖は君も知っている通り学校にも元気に明るく来てるし、今、あそこにい、・・・あれ?いないぞ。ん?」
二塁ベースに靖はいなかった。ああ、皆グラブを手にしてるところをみると、スリーアウト・チェンジ!ってことか。「先生」後ろから声がする。「なに横山先生と話してたのさ」靖がニタニタしながら突っ込んで来た。
「あ、いや、あー守らなきゃな。さて」
僕が慌ててグラブを取って立ち上がると、靖はへへっと笑いながら僕を見上げた。
「先生いいよ、クビだね、あんなんじゃ。横山先生とこうた~い、です」
へえええ、僕は力が入らなくなり、へなっとベンチにまた腰を下ろした。横山先生も笑っている。―こんちくしょうめ。