広島一敷居の低いインテリアコーディネーターのここ20年間の記録。

うっかり木工所に嫁いでから走り抜けた20年の記録。気づいたら、医療系から転身してインテリアのプロになってましたとさ。

ドイツ団との5日間を振り返って

2014-08-17 11:27:12 | ホッケー
8月入ってから怒涛の日々を送っておりました。
こんな経験なかなかできないよ、って貴重な経験のオンパレードだったので
もったいないので記録のためにふりかえって書いておきます。
まず、8月2日から6日まで。

今年で41回になる日独スポーツ少年団交流事業というのがありまして、
日本とドイツのスポーツ少年たちがスポーツやホームステイを通して
交流しよう!というものです。

その4泊5日で広島にドイツの青年たちが来られるのを
今年はなぜか広島ホッケースポーツ少年団が受け入れすることになりました。

全国大会の一週間前に!(なぜにこの日程!)

そこで私もお仕事休んで
少年団とドイツ人との工程に極力くっついて回ってみました。

●一日目
浴衣で着飾った低学年女子がお迎え部隊として島根までドイツ団一行を迎えに行きました。
なぜ、低学年が行くかというと・・・高学年は全国大会前で練習したいから。



そして、夜は少年団とその保護者勢ぞろいでウェルカムパーティ@バーベキュー!

豪雨の中で準備する父兄たち。
え、この雨なのにバーベキューやっちゃうの??という状況だったのに
ドイツ団が到着したら雨がやみ、パーティの間なんとか雨が落ちてこず
夜、宿に帰るドイツ団を見送ったらふたたび豪雨というミラクルな交流事業の幕開けでした。

●二日目
またまた雨。
降ったりやんだりで傘をさしたり閉じたりしながらみんなで宮島観光。


歩きすぎてくたくたの一日をすごしてからの、ホームステイ受け入れ。
わが家に来てくれたのは 18歳ブロンズ美人のコードゥラさん。

これが、かーーなりの偏食家で
「ミートNO フィシュNO ベジタブルNO~ ライスももちろんNO」
という、じゃ、何食って生きてるんや! と突っ込みたくなるわがままお姫さんでした。

夜ご飯は宮島帰りの疲れた体にムチ打ってお好み焼きを焼いてみました。
私の広島歴20年の華麗なコテさばきに「ワォ!素晴らしい腕前ね!」とほめてはもらいましたが
やっぱり、なかなか彼女の食べれるものはなく。
お好み焼きの中のそばと目玉焼きのみ食しておられました。

そんなわがままお姫様と意気投合したのは、わが家のアイドルニチャイジ。
ドイツネェネのことがすっかり大好きになり、
この後、数日間ずっとドイツネェネにくっついてまわっておりました。



わが家にステイしてくれたのはたった1泊だったけど
ドイツ語とカタコト英語で、身振り手振り交流するなんて
子どもたちにとって、忘れられない経験となったことでしょう。
せっかくの機会なので、翻訳アプリなど使わずなんとかのりきってみました。

2年間イギリスに住んでいた夫の英語力の低下具合も、忘れられないできごとでしたけど(笑)
ぜんぜん、しゃべれない!! あんなにペラペラだったのに、人って忘れる生き物なのね。

●三日目
予定では川遊びの予定でしたが
連日の雨続きで中止になり、ドイツ団一行は中学生と市内でショッピング。
小学生たちは市内でうろうろしても大変なだけなので、夕方、山口の山賊からの合流となりました。

せっかく、休みとってるので、数家族とともに下松のプールへ。
ここでまた、豪雨に見舞われました。

もう、雨に降られすぎて、ある意味へっちゃら。



●四日目
ドイツ団と少年団のキャプテン副キャプテンは市長訪問。
そして、その後みんなで原爆記念日前日の平和公園へ
市内観光を経てアストラムに乗って移動して我らがホームグランド広域公園へ。
ここで、練習を終えたホッケー部の高校生や大学生も交えてサヨナラパーティ。


少年団が普段おそろいで着ているHIROSHIMAと後ろに書いてある通称「赤ティ」を
ドイツの方々にもプレゼントしてみんなで記念撮影!
イェーイ!!


強化合宿と全国大会遠征の間のわずか一週間の隙間に
ねじ込まれたスーパーハードなドイツ団との日々。
ただの見守り隊としてくっついて歩いただけの私でさえ相当な疲労だったので
監督やコーチ、スポーツ協会の方々はさぞや大変だったと思いますが
終わってみれば Everything is OK! な楽しい5日間となりました。

関係者のみなさま。
ほんとにお疲れ様でした♪♪












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