テレビと五輪

1965年2月「なかよししんぶん」で母（53歳）は語る。


　　　「この世にテレビがあってよかった」

オリンピックが無事すんだことをほんとによかったと、よろこんでいます。
九月末から十月末まで、私は、胃潰瘍の疑のため、床についていましたので、見ようと思えば、朝から晩までのテレビを見通すことも出来ました。そして世界中の人をお友達に持った様な気分で、たのしい二週間を送ることが出来ました。

　入場式のはなやかさ、荘厳さ、閉会式のたのしさとさびしさは、今もなお胸中に新しく、テレビの功をこの期間ほど痛切に感じたことはありませんでした。
　テレビは無い方がいい、ラヂオなどの無いころはよかった、という論がわが家の食卓で時々賑わいますが、オリンピックが済んだ時は、満場一致でテレビを認めたことでした。



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私の感想。

オリンピックに関しては、弟や父と比べ、母のこの文は見劣りする。

「開会式・閉会式がどうだのこうだの」という陳腐な表現や「テレビがあってよかった」などは「プレバト」の夏井先生なら凡人中の凡人と切って捨てそうである。ただ、母が一か月も床についていたことは今回初めて知った。医者の家族であるにもかかわらず、というか、それ故にというか、我が家族は自分の病気を大げさに取らない。ほかのうちなら大騒ぎになりそうな病気でも、黙って内々で処理する。

また「テレビ・ラヂオ無用論で賑わいます」で思い出すが、新製品に対する父と母の立場は正反対で、それは一生変わらなかった。ただ、財布のひもを握っているのは母なので、洗濯機・冷蔵庫・テレビ・コタツその他すべての家電は父の同意を得ず、母の決断ひとつで買われていたはずである。

また、普通の主婦なら買って、満足してにこにこしているところを、それですまさず、わざわざ「しんぶん」に書いて念を押すところが、母は「家庭内野党」であると日頃から私が思う所以である。母は常に、父に反対するために生きていたようである。「ほらごらんなさい、お父さん。私の言った通りでしょう？」と言って留飲を下げているのが彼女の限界を示している。ここには社会とか文明に関する批判、未来の地球への憂慮はなく「お父さん」が間違っていたということがこの世で母の唯一の関心事なのである。（そういう私自身「お母さんは良くない」が一番言いたいことだと思えば、似たもの同士かもしれないが）