映画の感想など・・・基本的にネタばれです。
しづのをだまき
ファジェーエフ「若き親衛隊」
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1957年 創元社刊 世界少年少女文学全集(第2部)
著者 アレクサンドル・ファジェーエフ 訳 黒田辰男
手元にはないが、中学生時代の思い出の一冊である。
固い表紙の大きい重い本で、表紙の色は青かった。
早く登校し、短い休み時間も図書室に通っては読んだ。
物語:1941年6月、ソ連に独軍が突如侵攻して来た。ウクライナ東部の小さい炭鉱町クラスノドンの10代の少年少女が抵抗運動を行ったが、街が解放される直前にことごとく逮捕、処刑された。その数100人に上るとか。
子供向けの全集にしては異色な話が紛れ込んでいるという印象で、それだけでもインパクトがある。「アンネの日記」でナチスドイツの悪名は承知していたが。わずか10数年前にソ連でこんなことが起きたことに驚き、少年少女の勇敢さとその悲劇的最後に、心を打たれた。
ほどなくして1948年制作の同名の映画が鹿児島市中央公民館で上映された。制作年代が古いだけにやや型通りで、筋は知っているので新味が薄れたが、隊結成の誓いの荘厳さとか、処刑前の顔のクローズアップの気迫を良く憶えている。一緒に見た母(40代後半)の日記をたまたま見たら「共産党の宣伝映画だった」とつまらなそうに一行だけ書いてあり、こんなシニカルで無感動な大人にはなりたくないと心から思ったものだ。今思えば母の反応も判らないではない。当時は中国やソ連の社会主義国はほとんど無条件に認める知識・教育界の風潮があり、私が13~14歳の理想主義的で感激しやすい年頃であった事が、戦前の教職についていた母との間に壁を作っていたのかも。田辺聖子の「欲しがりません勝つまでは」でも、彼女や弟が軍国の思想にのぼせ上り、親たちのクールな常識的言動に憤慨している様子がユーモラスに描かれている。
アレクサンドル・ファジェーエフ(1901-1956)は、共産党の指導を十分に描いてないと批判されて書き直したりしたが、この作品でスターリン賞を受けている。自身の革命期の経験をもとにした「氾濫」「壊滅」が有名だ。ソ連文学の指導者的な立場にいたが、フルシチョフのスターリン批判直後に自殺した。
創元社の世界少年少女文学全集(1954-56刊)は初山滋装丁の赤い表紙で、家に50巻あった。このブログの「雪の女王」「なぞ物語」「脂肪の塊」で書いている。第2部(1956-58刊)は色違いの青い表紙だったが、もう家でとってくれなかった。子供らの学費がかさみ出して、ゆとりのない時代に入ったせいか。
小学館の少年少女世界の名作文庫や青木文庫にも収録されている。もう一度読んでみたい。「氾濫」「壊滅」と共に。
ただし現在、ファジェエーエフの評価は芳しくない。ある本では体制追従の気骨のない男と言われている。
独ソ戦における子供というテーマでは中国映画「レッド・チェリー」1995もがあり、こちらはベラルーシが舞台。
→「欲しがりません勝つまでは」7-6-23
社会主義国
→「タオチーの夏休み日記」8-8-7
ウクライナ
→「エーゲ海の誘惑」10-2-28
創元社の世界少年少女文学全集
→「なぞ物語」7-3-18
→「脂肪の塊」9-7-21
→「雪の女王」8-12-25
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