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不毛地帯 (1)

山崎豊子 新潮文庫全5巻 2009年刊 (初出1976)

山本薩夫の自伝によれば、映画化した時、シベリアの描写が簡略すぎて山崎豊子が憤慨したそうなので、興味をいだき、この巻を読むことにした。

映画は大分前2回見たが、壹岐正(いきただし)役の仲代達也があまりに迫力があり、こんな人間が実在するものだろうかと疑った。

負けるとわかっている戦争を始め、相手もあろうにソ連に和平の仲介を頼るなんて、と今から見ると当時の軍部を批判したくなるが、小説を読むと、彼等の心理が、多少は理解できてくる。

今までに見聞きした戦争の話は、ほとんどが末端の兵士のもので、こういうエリート軍人のものはほぼ皆無。敗戦時に33歳だった主人公の経験は、びっくりするようなものだ。敗戦の4ヶ月前に本土決戦の作戦のために関東軍から大本営参謀本部に呼び返されたが8月15日のあと、関東軍を停戦させるため満州に帰る。ソ連に抑留され、拷問を含む厳しい取調べを受ける。(このあたり、一般的な抑留者と違い例外的なものなので、映画化の際省略したとのことである。)おまけに東京裁判ではソ連側証人として出廷させられる。

わたしの英語の先生がシベリア帰りだったが、文中の堀少尉より2,3歳年上で、厳しいけれど好きだったのを思い出した。

戦後、職もなく妻の働きに頼って暮らしている彼に、大阪の商社の社長が声をかける。

「私は彼の旧軍人としてのコネや顔などあてにしていない。それより今の貨幣価値に換算して何千万円もの国費をかけて養成された参謀の作戦力と組織力を、わが社に活かすために採用した」のだという言葉は印象的だった。

だが14歳で軍人への憧れから入った幼年学校の教育は語学と情操が中心で、そのまま純粋に軍人教育を受け陸軍士官学校・陸軍大学校を首席で卒業し、シベリアで11年過ごしたばかりの彼は、世間知らずで商売の基礎知識もなく、在庫調べを意味する「たなおろし(店卸し)」を「棚から何かを下すこと」と取り、ちぐはぐなやり取りになる。このあたりは落語のようで、吹き出した。商家に育った作者は楽しんで書いているなと思った。

→映画「暖簾」14-12-1

→「私の映画人生」21-9-27

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